セーフゾーン

 北に進んで山裾についた俺たちは今度はそこから山裾に沿って西に進みながら坑道、洞窟を探していく。馬車が走れるということから高い場所にはないだろうとあたりをつけて周囲を警戒しながら進んでいった。時々魔獣に遭遇するが数が多いこともあり問題なく倒していき、俺には相変わらずいくばくかの経験値が入ってきていた。まるで寄生だよ。


 陽が暮れかけてきたなと思っていたらスタンリーの言葉で全員が歩いてきた道を引き返して山道の方に戻っていく。あれ?戻るの?と思いながらもついていくと山道の入り口を過ぎて更に東に進んだところに膝丈くらいの柵で囲まれている場所があった。草原の中に柵があって周囲を囲んでいるのだがその柵の中には何もない。何だこれは?


 きょとんとしている俺を見たのだろう、クラリアが近づいてきて教えてくれた。


「セーフゾーンよ。フィールドには何ヶ所かセーフゾーンがあるの。そこなら魔獣に襲われないし回復もできるの。見つけない限り地図には載らないのだけど、一度見つけると地図に乗るから次から楽よ。私たちはここで休んで山道の攻略を繰り返していたの」


 確かにいちいち山裾の街に戻っていたら非効率だ。こんな仕掛けもあるんだと感心する。クラリアによるとセーフゾーンは場所によって形や広さが異なっているらしい。この第2エリアに来て登場したというから最初のエリアでは無いのだろう。逆に言えばそれだけ第2エリアは広いということだ。従魔も回復できるというので俺とタロウ、リンネは柵の内側に入ると邪魔にならない隅の方に腰を下ろした。


「主、すごいのです。この中にいると元気になってくるのです」


 柵の中に入った途端にリンネが言った。

 タロウもゴロンと地面に横になって尻尾を振っているので同じなのだろう。


「この中は安全らしいからしっかりと休むんだぞ」


「分かったのです。主もしっかりと休むのです」


 俺はただ歩いてただけだよ、とも言えずそうだなと相槌を打つ。ここのセーフゾーンは10名と俺たち3人が入ってもまだ十分に余裕がある広さだ。皆がテントを張り出したので俺も収納から取り出したテントを張る。そう言えば従魔と一緒に夜を過ごすのは初めてだな。テントは本来セーフゾーンでは使わなくても体力を回復することができるが、テントを張ることでプライバシーが保てる。最初は女性プレイヤーが使っていたそうだがそれが男性プレイヤーにも広まっていったらしい。


 テントの中に入っていくだろうなと思っていたら予想通りテントを張り終えると同時に俺よりも先にまずタロウが中に入り、続いてリンネが中に入っていった。大きめのテントを用意しておいてよかった。従魔が満足してくれればいいと俺はテントの入り口に座って持ってきた夕食を口にする。満腹度を回復しておかないといけないからね。中を見るとテントの中でタロウとリンネが戯れあっていた。うん、仲が良いのはいいことだぞ。


「タク、ちょっとこっちに来られる?」


 テントの前で食事をしているとクラリアの声がした。俺が立ち上がるとなぜか今まで戯れあっていたタロウとリンネもテントから出てきた。


「主、出撃なのです?」


 なんだそのウルウルとした目は。戦闘狂か?隣を見るとタロウも同じ目をしていた。今日1日は2体ともほとんど何もしていなかったから不完全燃焼なのか?こんな日もあるんだぞ。俺はテントから出てきた2体を撫でながら言った。


「違うよ。打ち合わせだよ。日が暮れたから今日はこの柵から外には出ないぞ」


「リンネもタロウも主と一緒に行くのです」


「ガウガウ」


 俺の頭の上にリンネ、隣にタロウを連れて近づくと攻略組の幹部と情報クランの幹部とが打ち合わせをしていた。その周りには他のメンバーがいる。要は俺以外のメンバーが集まって打ち合わせをしていた所だったということだ。


 当然だよな、俺以外は皆高レベルだし、攻略に慣れてるし。ちょっと辛いけど。


「休んでたところ悪いわね」


 近づくとクラリアが言った。周囲もごめんねとか言ってくれる。そんな中マリアだけは俺よりもタロウに目線がいっていた。モフモフ好きだものな。


「全然大丈夫だよ」


 そう言って邪魔にならないところに座るともうちょっと前に来てくれとスタンリーが言う。いやいや、俺は幹部でも何でもないし。トミーもこっちに来てくれと言うので少し前に移動した。隣はタロウ、頭の上はリンネだ。マリアはちゃっかりとタロウの隣に移動してきてその背中を撫でまわしている。タロウも喜んでいるので問題ないな。


 俺が地面に座るとスタンリーが俺を見て話を始めた。車座になって座っている地面の上には手書きのこの辺りの地図が広がっている。情報クランのマッパーが作成したのかな。手書ながら精巧な地図だ。凄い。地図には山道も、ここセーフゾーンも書かれている。


 スタンリーが地図の上に指を置いて言った。


「今日はこのあたりまで探索をした。明日の攻略だがタクには先頭をお願いしたい。タロウの警戒は我々よりもずっとレベルが高い。敵を見つけたら教えてくれるかな」


「なるほど。いいよ、タロウに頑張ってもらおう」


「リンネも頑張るのです。主とタロウと一緒に先陣を切るのです」


 頭の上から声がした。どこでそんな言葉を覚えたんだよ。タロウもガウガウと気合いの入った声を出している。周囲のプレイヤーがリンネとタロウに頼むわよと声をかけた。


「任せるのです」


「この山裾はこの東のエリアは探索が済んでいるが山に沿って西側はまだ探索できていない場所なんだ。何があるか分からないので気をつけてくれよな」


 具体的には本体10名の先頭を歩いて異常を見つけたら背後に報告をするという役割だ。タロウもいるし空蝉の術もある。即死はないだろう。


「こういう場面で分身を2体出せる空蝉の術って有効よね。いきなり大ダメージを喰らわないんだもの」


「それが忍者の特性だしね、他は大したことないけどな」


 クラリアの言葉に軽く返した俺。ここにいる全員が俺の予想が当たっていると信じている様だ。それほどに山道の攻略は難航していたらしい。数名が死に戻ったりもしていたと聞いてびっくりした。


 俺はまだ死に戻りの経験はないが体力が0になると浮遊感に包まれ、次の瞬間には最後にログアウトした街の宿の部屋にもどるらしい。そしてしばらく衰弱状態が続く。


「リアルでは何もないとわかっていても気分が良いものじゃないんだよな」


 攻略クランのジャックスという狼人が言った。彼は盾を持って攻撃を受け止めるナイト職だ。体格もでかいしピッタリだよな。攻略クランにはヒューマンもいるが狼人や猫人も多い。モンクという肉体を鍛えて殴りや蹴りを武器とするジョブの人もいる。彼はダイゴと言いリアルでもキックボクシングをやっているのだそうだ。


「でかい奴を殴り倒すのは爽快だよ」


 外見に似合わず爽やかな声で言っている。


 猫人はシーフや狩人が多い。女性が多いのも猫人の特徴だ。サーチや罠を解除したり警戒のスキルも高い。ただそれでもタロウ程警戒の範囲が広くはないのだと言う。


 やっぱりタロウは優秀なんだな。そう思っていると俺の思いに気づいたのかリンネが頭から降りると膝の上に乗って甘えてきた。リンネも頑張ってるぞ。撫でてやると4本の尾がピクピクと動く。機嫌が良い証拠だ。


 打ち合わせと雑談が終わると各自テントに戻っていった。テントの中ではタロウが横になって、俺はそのお腹に上半身を預ける。リンネは俺の足元で蹲っている。今はこの場所の気分らしい。九尾狐は自由奔放だな。


 ゲームなので本当に寝ることはないがこうやってリラックスするのは大事だよね。

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