山裾書店

 さっきの分岐まで戻ってきた俺たちは今度は右の下り坂の方に入っていく。しばらくはケイブバットというさっきも倒した単体の蝙蝠で、倒しながら洞窟の奥に進んでいくと敵が変わった。


(オレンジモグラ LV60です)


 広場でテイムしていたのはこれだ。広場で見たモグラと同じ外観をしている。ただ洞窟にいるモグラは敵対心丸出しでこちらに襲いかかってきた。鋭い前足の爪を突き立ててくるがタロウはそれを交わしながら大きな体をもぐらにぶつける。横に飛んで壁にぶつかったところにリンネの精霊魔法と俺の刀が振り下ろされてモグラが光の粒となって消えた。


 同じLV60でも左の坑道にいた三連バットよりも倒しやすい。しばらくここでやろうと洞窟を進んでいくがこっちはやけにプレイヤーが多い。考える事は皆同じなのだろう。さらにテイム狙いもいてあちこちでモグラの取り合いになっていた。遭遇すれば倒し易いのだが取り合いに近いほどプレイヤーの数が多いくて効率が悪すぎる。


 結局30分で倒したモグラは2体しかないという結果になった俺たちはダンジョンを後にして広場に戻ってきた。ダンジョンはモグラ人気が落ち着くまでは混雑しているだろう。しばらくの間はフィールドで経験値を稼ごう。今の時点でどうしてもモグラをティムしたいとも思っていないし。経験値ならフィールドで十分に稼げる。


 タロウとリンネをリターンさせた俺は坑道で2つほど鉄鉱石を手に入れて山裾の街に戻るとそのまま鍛治ギルドの工房を使って鉄鉱石を鉄のインゴットに合成した。おかげで鍛治スキルがまた1つ上がった。こうやって合成を上げるのはストレスがなくていい。


 この山裾の街も広い、街の中をうろうろするだけでも時間が過ぎていく。まだまだ知らない店が多いなとあちこち顔を出してみる。武器屋や防具屋を見てようとまずは武器屋に顔をだした。片手剣や短剣、弓を中心にして陳列してあるが価格は自分が買った刀よりも安いのが多い。俺が買った刀は高級品なのか、それとも大量生産ができないから高くなっているのか。それにしても片手剣などは種類が豊富で羨ましい。予算に合わせた武器を揃えることができる。


 武器屋を出た俺は次は防具屋でも見るかと左右をきょろきょろしながら通りを歩いていると大通りから中に伸びているいる路地を入った2軒目のところにある店の看板が目に入ってきた。


『山裾書店』


 本屋さんだ。へぇ、ゲームで本屋さんがあるのか。それにこんな場所にあるなんてな。この通りは何度か歩いているけど気がつかなったよ。


 この世界の本屋さんはリアルと違ってオープンスペースになっていない。店の扉を開けるとこじんまりとした店の中の棚に色んな本が並んでいた。


「いらっしゃい」


 奥から人族の若い女性が出てきた。20代かな?シャツにズボンと言ったNPCの格好をしている。


「あら、プレイヤーさんなの?珍しいわね」

 

 俺を見るなりそう言ってきた。そりゃプレイヤーがゲームの中で本屋に寄ることはまずないだろうな。


「こんにちは。通りを歩いていたら本屋の看板が見えたので寄らせてもらいました」


「そうなんだ。ゆっくりと見ていってね。欲しい本があったら声をかけてね」


 お礼を言って棚にある本を見ていく。並べ方はリアルの書店と同じで背表紙が並んでいてタイトルがそこに書かれていた。


「鉱山品の基礎知識」とか「採掘の基礎知識」「鉱山で取れる鉱産品目録」など場所柄か鉱山関係の書籍が多い。別の棚に目を移すと料理の本や子供用の絵本なども並んでいた。


 一通り本棚を見た俺は結局この街の地図と「この町と鉱山の歴史」という本を買った。どれを買おうかなと迷っていたら奥から出てきた店のお姉さんが勧めてきたのだ。


「迷っているのなら、「この町と鉱山の歴史」という本を買ってみたら?結構面白いわよ」


 その一言で買うことにして、お金を払って店を出た。ログアウトする前に宿の部屋で目を通してみよう。そうすればAIのミントも同じ知識を得ることができる。


 この街で借りている宿の部屋に戻って本を読み始めたがこれが意外と面白い。この第2エリアの北側と東側に連なっている山の多くは過去から鉱山として開発されてきた歴史がある。当初はエリアの北側にある山々を開発していたが、北側にある山は鉱山の中に魔獣が生息しだして危険度が上がってきた。一方東側は鉱山とダンジョンが綺麗に区別されており鉱山での採掘の危険度が低いということで採掘の主体が北から東に移り、それに伴って人が住み出したのがこの山裾の町の始まりになっていると書かれていた。


 今でも北側の鉱山は細々と採掘を続けているが主流は東の鉱山に移っているらしい。


 そう厚い本でもなかったし読みやすかったので一気に読んでしまった。


(ミント、鉱山の歴史については認識できたかな?)


(はい。新しい知識を入手しました)


 戦闘以外の知識も入れておけば役に立つこともあるかもしれない。


(そうだ。リンネはフェンリルのタロウの背中に俺が乗れると言っていたが問題ないのかい)


(今のタロウのレベル、体力、大きさであればタクとリンネを乗せて走ることは全く問題ありません。ただ背中にタクとリンネを乗せるため、タロウの疲れ方が通常時よりも早くなります。一方でリンネは走らない分疲れ方が通常時よりも遅くなります)


 なるほど。俺が乗るから疲れやすくなるってことか。


(タロウの疲れはサーバントポーションで回復可能だよね)


(その通りです。サーバントポーションを掛けてあげると疲労度が回復します)


 であれば問題ないな。一応テイマーギルドでサーバントポーションを多めに買って持っておこう。



 翌日、宿屋から出て市内をうろうろしているとお昼になったので昨日の店に食事に行くことにする。野菜スープの店に顔を出すとNPCの給仕が俺を覚えていてくれていらっしゃいと言って席に案内してくれる。一度会うと覚えてくれるのかな。客として行って顔を覚えられていると嬉しい。


「今日も野菜スープとパスタにしますか?」


 俺はメニューを見てから顔を上げた。


「今日はあまりお腹が空いていないので野菜スープとこの果物盛り合わせで」


 分かりましたと下がった給仕の女性がしばらくすると注文の品を持ってきた。相変わらず野菜スープは絶品だし、果物盛り合わせも美味しい。お腹が空いていないと言いながらもあっという間に完食しちゃったよ。


 食事を終えて立ち上がると今日も店の主人が挨拶に来てくれた。


「今日食べた果物も美味しかった。野菜も果物もすごく美味しいね」


「そりゃありがとうよ。開拓者の街から新鮮な野菜や果物を仕入れているからな。どちらも鮮度が命だろう?馬車でこの街まで運んでもらっているのさ」


 やっぱり開拓者の街では農業が行われているんだ。代金を払い、お礼を言って店を出た俺は市内の通りを歩きながらあの店の野菜が新鮮で美味い理由に納得していた。


 ん?ちょっと待てよ。山の向こうの開拓者の街から馬車で運んでる?


 通りの真ん中で立ち止まってしまったので後ろから歩いてきたプレイヤーがぶつかりそうになった。


 すみませんと謝った俺はそこから近くの公園に移動するとそのベンチに腰掛けて収納にしまったさっき買ったばかりの本を取り出して読んだ。


 やっぱりだ。北の鉱山も細々と採掘を続けていると書いてある。つまり北の山にも坑道があるということだ。その坑道はどこまで続いているのだろう?山の反対側まで続いていればそれが新しい街にいけるルートになっていないか?


(北の山の鉱山が山の反対側、開拓者の街がある盆地まで通じいるかどうかは知ってる?)


(すみません、その情報は持ち合わせていません)


 まぁ期待せずにミントに聞いてみたが予想通りの答えだった。


 気を取り直して公園のベンチに座ってじっと考える。確か攻略組は山道を攻略している最中だが、山にいる魔獣のレベルが高いのと道幅が狭いからと言っていたな。山の登り降り、そして狭い道幅。


 どう考えても馬車が通れるような道じゃない。他にルートがある。そしてそれが北の山のどこかにある坑道じゃないか。


 俺はベンチに座って端末のフレンドリストを見た。クラリアもトミーもインしているが今は山裾の街にはいない。おそらく外で活動をしているのだろう。


 2人に時間があったら連絡が欲しい。相談したい件があるとメッセージを送った。

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