主のお友達がいっぱいいるのです

 またあとでねという挨拶で皆と別れた俺は1人で山裾の街の中を歩きながら店屋や公園をのぞいていく。街全体が坂道になってるんだけどゲームだから坂を歩いても疲れないのが良いね。


 イベントの最終日ということで街の外はもちろん、市内にもプレイヤーの数が多い。

通りを歩いていると山の方から数名のプレイヤーが降りてくるのが見えた。鉱山でもあって採掘をしているのだろう。そう言えば最近合成をしてないな。イベントが終わったら久しぶりに工房に行ってみようかな。


 そんな事を考えながら歩いていると公園にいくつか屋台が並んでいるのを見つける。丁度昼時だしと屋台が並んでいる場所に近づいていった。第3の街とは違う物が売っている。野菜のスープが美味しそうだったので買って口にすると想像以上に美味かった。


「美味しいな」


 思わず口にすると、それを聞いていた屋台のおっちゃん。


「そうかい?じゃあ足してやるよ。サービスだ。カップをこっちに貸しな」


 お礼を言ってカップをおっちゃんに差し出すと大きなスープスプーンにたっぷりと野菜と汁を入れて足してくれた。


「あんたプレイヤーだろう?しっかり食べて体力を付けないとな」


 おっちゃんの言う通りだ。


「いつもここで売ってるのかい?」


 お礼を言ってから聞いた。


「今はイベント中だからな。普段はこの街のレストランで出してるスープだ。良かったら店にも来てくれよ」


 場所を教えて貰った俺は必ず顔を出すよと言っておっちゃんの店から離れて公園にあるベンチに座ってゆっくりと食事を楽しんだ。おかげで満腹度が100%に戻った。これで大丈夫だろう。


 食事を終えて公園でのんびりしていると集合時間が近づいてきたので立ち上がって坂道を降りて行き情報クランのオフィスの建物に近づくと既に攻略クランのメンバーらしき人達が数名集まっていた。その中にはリーダーのスタンリーとサブリーダーのマリアの姿もある。向こうもこちらを見つけた様でスタンリーが手を振ってきた。


「こんにちは。今日はよろしく頼みますよ」


 近づいてきたスタンリーが言った。


「いや、こっちこそだろう。俺はトリガーを提供するだけになるだろうし」


「そうでもないんじゃないか?タクの忍者のスキルと優秀な従魔2体、十分に戦力になるだろう」


 いやいやレベル差がありすぎでしょう。攻略クランのリーダーが俺を高評価する理由が分からない。これはたぶん大人たちがよく使うお世辞という奴だ、間違いない。


 オフィスの中にある会議室に入ると人数分の椅子が用意されていた。情報クランは手回しがいいな。座っているとルリとリサをはじめ今回のNM戦に参加するプレイヤー21名が揃った。枠は25名だが4枠は俺の従魔2体とルリとリサのそれぞれの従魔枠なんだよね。俺たち3人以外のプレイヤーは皆情報クランと攻略クランの人ばかりだ。


 情報クランのクランマスターであるクラリアの司会で打ち合わせが始まった。


「皆さんお疲れ様。これからのNM戦ですが忍者のタクさんが持っている黒翡翠の欠片というトリガーを使います。人数制限は25名、時間は4時間。今までのNM戦とはけた違いの強さであろうと思われます」


 攻略クランのプレイヤーは事前に話を聞いていたのだろう。今のクラリアの説明を聞いても声を出す人はいない。現われるのが獣人か魔獣か予想がつかないが基本は盾が受け止めて周囲から攻撃していくというオーソドックスな戦術を組む。まずは基本の隊形で対峙してあとは臨機応変に対応するんだろうな。ここにいるメンバーならそれが出来るだろうし。


 ルリは他の戦士たちと一緒に攻撃陣に組み込まれ、リサは僧侶グループに入って担当者の体力回復をすることになった。俺とタロウ、リンネは遊軍らしい。攻撃開始と聞いたら好きに動いて構わないと言われる。


「リンネは回復魔法が使えるし、タクは空蝉の術で分身を作ることができる。タロウも素早いし即死パターンにはならないでしょう」


 と言うのが俺を遊軍にしたクラリアの説明だった。スタンリーもマリアも何も言わないところを見ると彼らも納得しているのだろう。好きにやってと言われた方が俺も楽だ。何せこのゲームの中でパーティ組んだって言ったらルリとリサのパーティだけで所謂パーティ、前衛と後衛と言ったきちんとしたパーティは経験がない。

 

 足を引っ張るくらいなら好き勝手にやらせて貰った方がずっといいよ。そう思っているとスタンリーが俺を見て言った。


「さっきNM戦をやったんだろう?その時にタクの空蝉の術を見た情報クランの面々が驚いていたらしいんだよ。敵の攻撃を複数回完全にノーダメージで回避していたらしいじゃないか」


 そう言う事か。確かに空蝉の術であればどんな強い攻撃でも分身があればノーダメージとなる。俺はスタンリーに聞かれるままに空蝉の術1は分身が2体、リキャストは10分であることを言った。


「それでも大きいな。NMの攻撃を2回避けられるのは大きい。戦闘開始前に術を掛けて置けば最初のリキャストは10分かからないだろうし」


「それはそうだけど連続攻撃なんかしてきたら終わりだからね。分身2体なんてあっという間になくなって3発目を食らって終わりだよ」


「そうならない様に盾ジョブが頑張ってくれるよ」


 戦闘時間が4時間ということで長期戦を想定し特に盾ジョブについてはチームを2つ作ってメインとサブで交互にNMのタゲを取る事にする。この辺りの段どりも戦闘に慣れているクラン同士でやるから話が早い。薬品なんかもしっかりと準備している様だ。


 大まかな作戦が決まるといよいよ出陣だ。


 フィールドに出ると俺達3人がそれぞれの従魔を呼び出した。例によってタロウが俺の足に大きな体をぐいぐいと押し付けてくるし、リンネはあっという間に俺の頭の上に乗ってきた。


「主のお友達がいっぱいいるのです」


 俺の頭の上で周囲をきょろきょろと見たのだろう。


「そうだ。今回は強い敵だからな。大勢で倒すんだ。タロウもリンネも頼むぞ」


 俺はタロウを撫でながら言う。


「タロウとリンネに任せるのです。主はどんと構えていればいいのです」


「いや、そうはいかんだろう」


 俺と従魔達のやり取りを見ていた攻略クランのメンバー達。情報クランの連中はさっき見ているが攻略クランのメンバーの殆どが人の言葉を話しているリンネを見るのは初めてだ。


「いや、凄いな。完璧にコミュニケーションが取れてる」


「リンネちゃん、めちゃくちゃ可愛いね」


「フェンリルもでかいな。これでまだ子供なんだろう?相当な戦力だ」


 などなど俺達の従魔は注目の的だ。ルリとリサのフォックスも人気だった。彼らは仕草が可愛いのだ。お互いの首に巻き付いてマフラーの様になって尻尾を左右に振る仕草が良いらしい。愛想が良い従魔は可愛いよね。


「タク、タロウを撫でてもいい?」

 

 街の外を歩き始めると攻略クランのサブリーダーのマリアが近づいてきて言った。


「タロウ、いいよな」


「ガウガウ」


「いいみたいだよ」


「やったー」


 そう言って歩いているタロウの背中をモフモフねとか言いながら撫でている。それを見ていた他の女性プレイヤーも集まってきた。まるでタロウを囲むかの様にして撫でながら歩いている。タロウは人気者だ。リンネは俺の頭の上に乗っているが彼女もご機嫌なのは姿を見なくても分かる。


 20名以上、それも情報クランと攻略クランのトップ連中が揃って草原を歩くのは嫌でも目立つ。


「何だ、何だ?2大クランがそろい踏み、新しい街の探索か?」


「それともNM戦か?」


「トップ勢が集まっているのは壮観だな」


「あれ、噂のフェンリルじゃない」


「忍者さんの頭の上に乗っているのはおそらく九尾狐よ、可愛いわね」


 2大クランの巨頭が有名なのは分かるが、タロウとリンネもそこそこ有名になっているとは思っていなかったよ。


 草原のNM戦のポイントにやってきた。全員が揃っているのを確認するとクラリアがお願いねと言った。俺はリンネを頭に乗せたまま光っている場所に近くと端末をその光に向けた。


『黒翡翠の欠片を使って特殊戦闘を行いますか?人数は最大25名、時間は4時間となります。NM戦をする場合は端末を光に近づけてください。専用フィールドに移動してから10分後にNMがPOPします』


 そのあとウインドウに【はい】、【いいえ】が表示された。

 【はい】をタップすると全員が光に包まれた。


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