タロウ
「ではこちらにどうぞ」
受付に続いてカウンターの奥にある扉を開けるとそこは屋外でちょっとした広場になっていた。そしてその広場に小さな狼が1匹だけいた。
「タクさんの選んだフェンリルの子供になります」
広場に入ってしゃがみ込むと一目散に自分に向かってきてそのまま抱きついてきた。
めちゃくちゃ可愛いな。茶系の体毛だがところどころに白が混じっている。顔つきをみると間違いなく狼だ。しかもモフモフ。
「名前をつけるとより絆が深まりますよ」
モフモフしていると受付嬢が教えてくれる。名前か…
「太郎。お前はタロウだ」
犬みたいな名前だがいいだろう。横文字で格好良い名前よりも呼びやすいし。
「タクさんの従魔をタロウで登録しました」
タロウは名前をつけられて嬉しいのか顔を擦り付けてくる。まるで子犬、いや子狼だがめちゃくちゃ可愛い。撫でていると受付嬢が色々と教えてくれた。
従魔を連れて始まりの街の中を歩くことができないらしい。プレイヤーが街にいる間、従魔はこの広場で休んでいると言うことになっているという。他の街では大丈夫なのかと聞くと行った先の街で確認してくれという。
フィールドに出て指輪に触れながらペットの名前を呼べばそこに現れるシステムで、街に入る時はゲートの近くで消えてこのギルド内の広場に戻る様になっている。指輪に触れてリターンと言っても戻るらしい。
「どの街にもテイマーギルドはあるってことかな?」
「ほぼその通りです」
ほぼと言うのが気になるが他の街でもテイマーギルドでは無償で預かってくれるらしい。しかもギルドに預けると従魔の状態が100%に回復するのだという。
おおよそのシステムは理解した。とりあえずフィールドでタロウを育てよう。
テイマーギルドの受付でお礼を言ってギルドを出た。説明の通りにフェンリルのタロウはそばにいない。テイマーギルドを出ると冒険者ギルドに戻ってマップ作成の報酬をもらう。
ありがとうございましたと逆にお礼を言われちゃったよ。よっぽど困っていた様だ。
冒険者ギルドを出るとその足で武器屋に言って刀を2本買った。1種類しかなくどこで買っても値段は同じだ。両手に刀を差してようやく冒険者になったなと実感が湧いてくる。防具は初期装備のままだが。
武器を手に入れたので再び冒険者ギルドに顔を出して薬草取りのクエストを受ける。
さっきもそうだったが時間が中途半端だったせいかギルドの中にはほとんど冒険者の姿がなかった。皆外で魔獣退治をしているのだろう。
受付嬢が採ってきた薬草の数や状態によって報酬が変わるらしいがだいたい2〜3,000ベニーは貰えるって言っていたな。片手刀を2本買って金欠気味だから助かる。
PWLは初期に1.5万人分の販売をした後、2度目の販売予定は今のところ未定だ。つまりほとんどのブレイヤーが2ヶ月前に販売してすぐにゲームを開始しているだろうから薬草取りのクエストをこのタイミングでやる奴はない。つまり空いているんじゃないかな。
ギルドの近くにあった門を抜けて始まりの街から始めて外に出た。
ビジュアルがすごい。目の前に石畳の街道が伸びていてその左右は草原になっている。風に草原の草が靡いているのまで再現されていた。その草原の先には森が見えている。風が頬にあたる感覚まである。超リアル。
今までのゲームとは比べ物にならない綺麗な風景が目の前にあった。
感動してしばらくは門の近くで周囲を見ていたが、タロウを呼び出すのを忘れていたのを思い出して門から離れたところで左手にはめた指輪に右手の指先を触れながら脳内でタロウと呼ぶと足元が一瞬光ったと思うとフェンリルの子供のタロウが現れた。嬉しいのか俺の足に自分の体を押し付けてくる。しゃがんでタロウの背中を撫でながら言う。
「よしよし、いいかタロウ。これから薬草取りに行くが俺のそばを離れるんじゃないぞ」
「ウォン、ウォン」
と鳴きながら頷く。鳴き声は確かに狼だ。ここでワンとか鳴かれたら引いちゃうよ。
草原を歩き出すと自分の周りをグルグルと回りながら一緒に進んでいくタロウ。仕草はまるで子犬と同じだ。見た目はしっかりオオカミの子供だが。
草原を歩きながら両手に刀を持って振り回してみる。選んだジョブの動きを脳内から指示を出しているのか最初は自分の体を使われている様な感覚だったが何度か素振りをしているとその感覚を自分の物にすることができた。刀は長さ的には片手剣よりは短く短剣よりは長い。片手剣と短剣の中間から片手剣寄りの長さになっている。片手剣の長さの8割くらいの長さかな。振りやすい。
しばらく素振りをして忍者の刀の使い方、二刀流の使い方や身体の動きを自分の物にした頃にちょうど薬草が生えているエリアに着いた。
「タロウ、遠くに行くんじゃないぞ」
分かったと頭を大きく上下に振る。えらいぞと頭を撫でまわしてから薬草取りを始めた。薬草は根から抜くともう生えてこないので土から出ている部分を刃物で切り取って袋に入れる。そうすると根が残っていてそこからまた薬草が生えてくるのだ。
薬草はある程度は固まっていてそれを刈り取ると場所を変えて違う群生場所に移動する。草原と森との境目あたりにあるいくつかの群生をまわって刀の刃で薬草を切り取っては袋に入れていると。タロウが低い唸り声を上げた。
顔をあげると草原をスライムがぴょんぴょんと跳ねながらこちらに向かって近づいてきていた。PWL初モンスターだ。
(スライム。LV1です)
俺と同じか。左右の腰から刀を抜いて構える。タロウは自分の背後に下がって唸り声を上げ続けている。小さくても恐れずに戦闘態勢を取る。うん、立派な狼だ。
1メートルほどに近づくとビヨーンと体を伸ばして飛びかかってきた。それを交わして刀を横に払って伸びている身体を切る様にするとスライムが綺麗に2つに分かれて地面に落ちたかと思うと光の粒になって消えた。
スライムなら弱いと言われている忍者でもワンキルできるんだな。正直忍者は弱いと聞いていたからちょっとビビったよ。
スライムを倒すとタロウがよくやったと言わんばかりに足に体を擦り寄せてきた。
「お前が周囲を警戒してくれていたから倒せたぞ」
背中を撫でながら言うとこちらの言葉がわかるのかその場で飛び跳ねて喜びを表してくれる。一つ一つの仕草がものすごく可愛い。
その後も薬草取りの合間にスライムが襲ってきたがいずれも刀一振りで倒し、袋もいっぱいになったので始まりの街に戻ることにした。タロウは外を走り回るのが楽しいのか前に行ったり後ろに行ったりと俺の周りを行ったり来たりしていた。
「タロウ。街に入るから一旦お別れだ」
「ウォン」
「そんな悲しい顔をしてくれるなよ。また外に出たら呼ぶからさ」
「ウォン!」
本当だよ!という表情になったタロウを指輪を使ってリターンさせて1人になると袋をかついで街に入る城門を潜ってギルドに顔を出した。
「お疲れ様でした。薬草の状態が良いので報酬は2,800ベニーとなります」
これは助かる。とは言ってもこの街では忍者の防具は売っていないんだよなと思ってカードをかざすと忍者のレベルが3に上がっていた。
気が付かない内に上がっていた様だ。20匹近く倒したからかな。
入金を確認するとギルドの隅に移動してミントに聞いてみる。
(次の街へ行くとして適正レベルはわかるかい?)
(次の街の情報を持ち合わせていませんので回答できません)
う〜ん、情報をどうやって取るか。他のプレイヤーに聞くしかないのかな。
(タク。ギルドの2階にある資料室には情報が集まっています)
資料室?そんなのあるんだ。
ミントとの会話を終えると受付に聞いて俺は2階の資料室に顔を出した。そこは小さな図書室と言った感じの部屋で、壁の棚に様々な資料や本が並べられている。
なるほど。これを読めばミントの知識も増えるんだな。
(はい。読むだけで同じ知識を私と共有することができます)
とりあえず本棚からモンスターについて書かれた資料を手に取ってテーブルに座って読み始める。なるほど同じモンスターでもレベルが違うのがいるんだな。スライムはLV1とLV2がいるのか。資料を見ていると始まりの街の周辺で最もレベルが高いのモンスがLV15らしい。ソロだとLV18、いや俺は忍者だし、安全マージンを考えるとLV20くらいまで上げないとまずいのかな。そこまで上げるのが当面の目標だ。
そんな調子でモンスター、魔獣について最低限の知識を入れると今度はこの大陸に関する資料を手に取る。そこには街の周辺の大雑把な地図書かれていた。大陸全土の地図はここにはない。
その大雑把な地図を見ると、始まりの街は大陸の南西に位置しており、南と西は大きな山に遮られていてそこから先には行けそうにない。東方面は草原と森、そして山が描かれていた。三方を山に囲まれていてひらけているのは北方面だけ、その北東方面に伸びている道がある。その道の先には街が描かれていた。ただ次の街への距離がわからない。野営道具を準備する必要があるかもしれないな。
ちなみにこのゲームではプレイヤーはデフォルトでアイテムボックスを持っている設定になっている。なので野営道具や食事を買っても鞄などに入れる必要がない。カードをかざして収納、カードを手に持って取り出したいアイテムの名前を言えば良い。便利だよね。ウィンドウで持ち物リストを見たりソートしたりもできる様になっていた。
ギルドの資料室である程度の資料を読み終えたところでミントにどうだと聞いてみた。
(資料を読み込みました。知識が増えました)
脳内アナウンスを聞いて一安心する。
資料を見て分かったことは、LV15のモンスをソロで倒せるまでこの街で地道にレベル上げをする必要があるということだ。忍者が弱いのはおそらく初期装備のままでLV18近くまで上げるのが厳しいからだろうがそれは短期間でレベルを上げるという前提の話だ。こっちはまったりプレイヤー。時間はいくらでもあるぞ。
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