第2話 想起

 月の写真を見つめていたら、なぜだがわからないけれど、急に懐かしい人の言葉を思い出した。


「昨日の夜、流星群を絶対見たかったんです。それでずっと見上げる姿勢してて。そのお陰で、今日首がめっちゃ痛いんです」


「それで、結局流星群は見れたのですか?」

メインスピーカーが彼にたずねた。


「いえ、全然ダメでした。次回がんばります!」

彼は元気いっぱいにそう答えていた。


 それは、とあるラジオ番組で流れてきたトークの一部だ。普通だったら気にも止めないコメントだと思う。


 でも、私はそれをよく覚えていた。その話を聞いてからしばらくの間、私のマイブームは天体観測だったのだ。好きな人の真似をしたいという単純な動機だったけれど、お陰様で少しだけ星に詳しくなれた。


 そのラジオ番組にゲスト出演していたのは古瀬楓ふるせかえでだ。『ミステイカーズ』という十代後半の男性四人グループのバンドのボーカルだった。


 私は中学生の時、ミステイカーズの楓に夢中だった。


 彼らを知ったきっかけはやっぱりラジオだった。ラジオを聴きながらテスト勉強をしていた時に、たまたま彼らが出演していて、歌が流れたのだ。


 彼らのラジオトークを聴いた第一印象は、どこにでもいそうな騒がしい男子達というものだった。慣れていない様子でノリと勢いだけで乗り切っているような感じは否めなかったけれど、純粋にその場を楽しんでいる雰囲気が伝わってきて、元気をもらえたし好感が持てた。


 その後、彼らの歌が流れた時、私は心臓をギュッと使われたような衝撃を受けた。簡単に言うと声に惚れた。それから、どんな人が歌っているのだろう、とすぐに調べて、彼らのファンになった。


 ミステイカーズは、ラジオ界隈では人気だったものの、テレビにはそんなに出ていなかったし、そこまで売れたわけでもなかったと思う。


 当時まだ中学生で、情報の取り方もよくわからなかった私は、ファンクラブに入るという発想もなかったし、ライブにも一度も行ったことがなかった。


 ただただ、CD ショップに足繁く通い、少ないお小遣いとにらめっこしながら、CDを買ったり、迷ったあげく買わなかったりしていた。


 ミステイカーズは、二、三年だけ活動してあっけなく解散した。初めて夢中になったバンドだっただけに、解散のニュースで相当落ち込んだように思う。


その後、楓はソロで活動を始めた。ちょうど、私が高校受験の年だったと思う。受験の励みにとCDを一枚だけ買ったものの、高校に入学してからは、学校やバイトや友達付き合いが忙しくなり、すっかり楓のことを忘れてしまったのだった。


いつの間にか表舞台から消えていた楓。

今、どうしているのだろう?

まだ音楽をやっているのだろうか?



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