第4話 大脱走

強化人間として手術を重ねる度に、識別番号も更新される。最後に受けた手術が第4世代だったために、俺はP4-404となった。


だが、当然初めはそうじゃなかった。俺の本当の識別番号はP0-000…最初の強化人間だ。そして、たった一人だけ、同じ試作世代の強化人間がいた。


それがP0-001《ヘルミナ》だ。見方を変えれば俺とヘルミナは兄妹のようなもので、昔からの生き残りということに加えて親交が深かった。バグゴロド撃墜事件で、俺は全ての隊員から憎まれることを覚悟した。だが、結果は違った。彼女達はどちらかというと、黙って祖国を裏切ったことに怒っているように見える。


だからこそ、ヘルミナの離反は予想していなかった。ベリーヴォルクの魔動人形が許したのだから、彼女も気にしないだろうと。何より、俺を真っ先に捕まえにくるのは彼女だというのが俺の予想だったのだ。むしろ、魔動人形に捕まるとは思っていなかった。


「どうするかな…」


撃墜事件の犯人は死んだことになった。おまけに変装もしているし、外に出ても見つかることはない。ここに居ても何もないが、タクティカルアーマー無しで脱出できるかと聞かれれば…


「少し寝るか……」


———————————————————


「隊長の様子は?」

「休息をとるようです。目立った動きはありません」


簡素な指令室ではクラーラとルナリアがジンを監視していた。一見どちらも見分けがつかないが、クラーラの方が髪が長く蒼い瞳をしている。


「……ねぇクラーラ。私、隊長がどうしてバグゴロドを堕としたのか、未だに分からないの」


モニターに映る男は胎児のように背を丸めて横になっている。表情は険しいままに、瞳を閉じていた。


「…あなたは最後に入隊したのでしたね」

「マウント?」


それを挑発だと受け取ったルナリアは喰ってかかったが、クラーラは顔色一つ変えない。


「とんでもない。第9世代のあなたには勝てませんよ」

「そう…それで、あなたは何を知っているというの?」

「あの人はいつも多くを語ってはくださらない。嘘はつかない人ですが、全てを話す人でもありません。ですのでこれは私の推測になりますが…隊長はおそらく、バグゴロドが存在しない方が世界のためだと判断したのではと…」


ルナリアは立ち上がって、クラーラに詰め寄った。


「…どういうこと?」

「あなたが着任していない頃の任務のことです。予想外の事態で作戦領域内に火の手が迫ってきたことがありましてね。その時彼の前には同じ作戦に参加していた強化人間と、無関係とは言え敵国の魔術師の親子がいました。…どちらを助けたと思いますか?」

「私なら強化人間を助ける」


ルナリアは即答した。だが、クラーラは首を横に振った。


「あなたならそうするでしょう。私もそうしますし、軍の規定に従えばそれが最善の選択です。…ですが隊長は魔術師の親子を助けた」

「……どうして?」

「彼にとって答えは簡単。より多くの命のために行動したまでです」

「…私は納得できない」


ルナリアは訝しんだ。ジンの命令に対する忠実さや、冷酷さは身を持って体感したはずだったが、より多くのためと何もかも切り捨てられる人間がこの世にいるのか、と。


「ヘルミナ副隊長殿が離反したのはそれが理由なのだと思います。……私だって、彼に必要とされたかったです。なのに、誰にも頼らず一人で———待ってください、こちらに近づく物体が…!」


ふとレーダーに目を落としたクラーラの目には、赤いポイントが基地の近くに迫ってきている様子が映し出されていた。


「っ!敵襲!迎撃するよ!」

「ベリーヴォルク各員に伝達、敵襲です。迎撃態勢に移ってください!」


————————————————————


———俺はゴゴゴ、と大きく揺れ、机の上にあった雑多なコップやら皿やらが床に落ちて砕け散る音で目が覚めた。


「…なんだ?ケルニオンじゃ地震なんて滅多にないぞ…」


それは地震ではなかった。目を擦ってあくびをした瞬間、大きな爆発音が鳴り響き、背後の壁が吹き飛んだ。俺も一緒に吹き飛ばされた。


「イテテ…こっちはまだ右手が治ったばっかりだってのに…」


悪態をつきながら立ち上がった。土煙と寒気が入り込んでくる。外はまだ暗く、月が冷たく雪を照らしていた。そして、プロペラの音が響いていた。


『乗りな!』

「その声…ウォルターか!」


勝ち気な男の声が拡声器越しに響き、ヘリからロープが落とされた。


『ぐずぐずすんじゃねぇ!』

「よっと…!助かったよ、ウォルター」


ロープすら必要とせず、ナタリアとの戦闘で習得した魔術モドキで地面を蹴り、大きく跳躍してデッキに乗った。


「ほら、しっかり掴まりやがれ!」

「いつにも増して操縦が荒いな…!何とかならないのかよ!」

「ご老体なんだから仕方ないでしょ」


隣の座席から声が聞こえた。知らない魔動人形が下半身をロープで固定して、扉から身を乗り出して狙撃銃を構えていた。


「…誰?」

「そいつはアリーナだ。民間用の魔動人形を改造してやったのさ」

「元民間用だからって舐めないで。第7世代くらいならボコボコにしてやる」

「あまり第7世代を舐めない方がいい。ウチの第7世代はまだ現役のエースだ」

「アリーナ、喋ってねぇで迎撃しろ!」


外からは手のひらサイズの球体に銃身が付けられた大量のドローンが飛んできていた。普段は部屋に篭っているM8-011《イェレナ》が出動しているようだ。


「ちょこまかと…!」

「ウォルター!狙いは俺だが、アイツらはお前を殺してでも捕まえる気だぞ!予備のでもいい、タクティカルアーマーは無いのか!」


イェレナの攻撃型ドローンはそう易々と堕とすことはできない。


「座席の下に…!旧式だが…無いよりはマシだろ!捕まるなよ、助けに来た意味が無くなる」


座席の下を覗くと、首輪型のデバイスが雑に置かれていた。それが展開していないタクティカルアーマーだ。


「タクティカルアーマー起動。識別コード更新…出るぞ!」

「行け!要塞都市を堕とした実力を見せてこい!」


魔力で封じられていた装備が展開し、手脚にブースター付きの装甲が現れ、背中の方からは機械の翼が展開した。


俺は深く息を吸い、吹雪の中に飛び出した。









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