第3話 ベリーヴォルクの主
「狙撃かよ…!」
『誘導に感謝します。ナタリア』
通信機越しに聞こえる声。やはりベリーヴォルクの隊員だ。時間をかけ過ぎた。ゲームオーバーのようだ。
「ほら暴れないの、優しくしてあげるから」
「ハァ…ハァ…!ぐっ…この怪我で優しくもクソもあるかよ…?」
『感染症の危険性を鑑みれば、応急手当だけでもしておくべきかと』
俺の右手を奪った女…M8-045《クラーラ》は狙撃特化型タクティカルアーマーを装着していて、魔動人形の手にかかればどんな距離でも確実に命中させられる。
「…ヘルミナとイェレナとリーリャは…どうした?三人だけで…止めようとしたのか?」
『お姉様方の事情は後ほど説明いたします。…お声が聞けて嬉しいです、隊長。もっと喋ってください』
「意識が飛びそうなんだよっ…!誰かさんのせいでな…!」
ナタリアの毒が回ってきているし、出血も酷い…だんだんと意識が朦朧としてきた。右手の再生はこの状況では厳しい。まずい…どうにかして隙を突いて逃げなければ…
「…確保したんだ。私が捕まえたかったな」
「ルナリア…!」
「ねぇジン。なんで逃げたの?私のことが嫌いになったの?」
———面倒くさっ!なんだこの女!魔動人形がメンタル病むことなんてあるのか…第9世代だからか?
「あ、そういえば私も結局答えらしい答えはもらえなかったわ。答えてくれないかしら」
『私も気になります。あなたが私達を捨てるだけの理由は何なのか。空中都市バグゴロドを堕とすだけの理由が何なのか。私達がこんなにもあなたを思っているのに、どうしてあなたは逃げるのか』
——世代とか関係なかった……
「……気を失ったみたい」
「運びましょうか。後でたーっぷり聞かせてもらうわ」
『隊長はタクティカルアーマーを装備していないので、低体温症に注意を』
「分かってるわよ」
————————————————————
——目が覚めると、牢屋の中だった。牢屋にしては清潔で、随分と居心地の良さそうな場所だ。…気を失う前の会話からして、監禁部屋と言ったところか…
「目が覚めたか」
「リーリャ…」
檻の向こうに女がいた。橙色の瞳、第7世代魔動人形M7-062《リーリャ》。白兵戦特化型で、他の人形達の姉御的な存在だ。
「久しぶりだな。ジン」
「…ああ、1ヶ月ぶりくらいか?」
「正確には34日と5時間32分ぶりだ」
「なんで覚えてるんだよ…」
こいつも病んでるのか?前はどっちかと言うとドライな方だったが…
「…どれくらい寝てた?」
「今が2月18日午後8時47分だ。作戦終了の報告は……ちょうど一日前だ」
「いちいち細かいじゃないか。どうした?数字が好きになったか?」
「お前と居られない日々が忘れられないだけだ。まぁ、こうして再会できたんだ。今日中にこの記録は消去しておくさ」
リーリャを見ると、彼女達が本当は人間なのではという錯覚に今でも陥る。少なくとも、俺よりはよっぽど人間らしいからだ。
「……ここ、どこなんだ?前の拠点じゃないだろ」
「仮の活動拠点だ。前の拠点は都市の墜落で壊れたよ」
「それは失礼。みんな無事か?」
「…お前が言うか?」
「ケルニオンは裏切ったが、誰彼構わず大量に殺したかったわけじゃないからな。救える命があるなら救ったさ」
リーリャは呆れたようにため息をつくと、紙パックのジュースを檻の間から投げて寄越した。
「アタシの時間はここまでだ。…飲んでおけ。『大佐』とはもっと長く話すことになるだろうからな」
「……生きてるのかよ」
大佐…一応の上司になる女だ。ベリーヴォルクの存在を知る限られた人物でもある。てっきり墜落事件で死んだと思っていたが…
とりあえず、言われた通りに投げられた飲料を飲んだ。粉末感の残る冷たいココアだ。甘いものは随分長い間口にしていなかった気がする。…そういえば結局ウォルターのところで酒は飲めなかった。冷凍保存されていた期間を含めれば、俺はとうに200歳は越えているだろうが、一応起きている時間なら未成年だ。
「———思っていたより早い再会だな。強化人間P4-404」
薄いブロンドの髪に、蒼い瞳。右目には眼帯を着けた女がやってきた。彼女こそが大佐だ。
「誰のことだ?その番号」
「おっと悪い。リーリャは話さなかったのか。君が気絶している間に、治療も兼ねて強化手術を更新したんだ」
「おい勝手に———」
「必要なことだ」
強化人間の研究は魔動人形の出現によってあまり注目されなくなり、第4世代が最新のものになる。
「どうだ?気に入ってくれるといいが」
「…え?誰これ…」
大佐が見せてくれた鏡には、全く知らない男が映っていた。いや、顔の輪郭や髪型はよく知っている。髪と瞳の色が変わっていた。元はベリーヴォルクの白い髪と、血のような赤い瞳だったのに、今は黒髪に青色の瞳になっていた。
「彼女達の作戦により、バグゴロド撃墜事件の犯人は死亡した。表ではそういう扱いになる」
「偽装ってことね…まぁ、イメチェンだと思えばそれでいいか…」
まぁ、生き残ったケルニオン人からしたら、俺が生きているのは気に食わないだろう。妥当と言えば妥当か。
「…君を知る者からすれば一発で分かるが…元から目撃者はほとんどいない小隊だ。ベリーヴォルクの者以外は分からないだろう」
「そういえば3回目くらいの手術まではこんな色だったな…でも眼の色は気に食わないな」
「どうしてだ?海のようで美しいと思うぞ」
「研究所にいた頃を思い出すんだよ。碌なことが無かったからな。まぁ、面倒だからこのままでいいさ」
随分と昔のことだが、思い出したくないことや思い出せないことばかりだ。
「そうか。なら私は失礼するぞ。彼女達も順番待ちなのでな」
「待ってくれ」
大佐は去ろうとしたが、俺は彼女を呼び止めた。
「なんだ?」
「ヘルミナはどうした?真っ先に追いかけてくるのはあいつだと思っていたが…」
大佐は軍帽を被り直して、少し躊躇うような素振りを見せた。そして、ため息の後に口を開いた。
「離反した。あの日からな」
「っ…!それは予想外だったよ…」
「……すまない。私の至らなさ故だ。君はただ命令に従っただけだと言うのに…」
「いいや…手を下したのは俺だ。アンタのせいじゃない、気にするな」
「そうか……」
大佐は今度こそ、もの寂しい背中を向けて去っていった。
「……まさかあいつがな……」
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