第2話 彼の魔動人形
ケルニオンの冬は大陸中で一番冷え込む。だからこそ兵士の代替として魔動人形を使うのだろうが、俺のような強化人間もたまにいる。魔動人形と強化人間の違いは人が人形かの違いだ。強化人間は生まれた時から魔力の結晶…『魔石』を心臓に埋め込む。魔動人形は小型の魔石エンジンを内蔵している。これがケルニオンが最も矛盾している点だ。
魔術という才能の格差から解放されるために、魔術を捨てて技術を選んだ。だが、その技術の終着点は結局魔力だったというオチだ。まぁ、そんなことはどうでもいいが。
「ふぅ…間に合ったか」
ケルニオンと隣国ヒルデムンストを結ぶ唯一の鉄道。厳しく管理されており、一日に通る車両の数も少ない。故に、同じ汽車に乗らなければ相当のロスを生ませることができる。
———このままヒルデムンストまで行って、どこか適当な場所で魔術師登録を済ませる。あとは自由に暮らせばいい。誰かを師に着けて魔術を極めてもいい。むしろ、魔術界で生きていくならそうしなければ———
「うおっ…!なんだ…!?」
車両が何かにぶつかったかのように、いきなり横転して中の乗客や荷物がごった返しになった。窓も割れ、寒い外気が入り込む。車両は完全に停止した。
「チッ…襲撃か」
線路には炎上した車両が残されている。そこから推察できることは一つだけだ。
「姿を見せろ。俺が目的なんだろ?」
俺の声に応えるかのように、暗い空の中から女が降りてくる。ルナリアとは違い、最初から『タクティカルアーマー』を装備した戦闘形態の魔動人形だ。当然、見覚えしかない。
「目標捕捉。対象を無力化するわ」
「おっと、その声とツラはM8-012か」
「どうしてナタリアと呼んでくれないのかしら?」
「気にするな。ただの気まぐれだ。さて…俺の邪魔をする限りお前達は俺の敵だが、どうする?」
M8-012《ナタリア》はルナリアと同じくベリーヴォルクの隊員だ。ベリーヴォルクとは白き狼であり、その名の通り俺を含めて隊員は皆雪に紛れるほどの白い髪を持っている。そのため瞳の色や髪型、戦闘用の装備である『タクティカルアーマー』でそれぞれの隊員を区別している。
タクティカルアーマーは強化人間、魔動人形の両方に対応し、全ての環境に適応した魔術装甲で、魔石エンジンで生み出された圧縮魔力によるシールドを張るため、顔部や腹部などが露出している割には高い強度を誇る。
「いいえ。私達はあなたの味方よ。これまでも、これからも」
「御託はいい。言葉は不要だ。違うか?」
「ええ、そうね。始めましょうか。再生できるギリギリくらいに半殺しにしてあげる」
開戦の合図と言わんばかりのミサイルの斉射が俺を襲った。俺のタクティカルアーマーは知り合いに預けたので、付け焼き刃の魔術と護身用のナイフくらいしか武器が無い。どうしたものか。
「どうして私達を拒むの?私達があなたの期待に応えられないから?私達があなたより弱かったから?私達がただの生体パーツと魔石と鉄の塊だから?私達が人形だから?」
「追いかけられる恋は苦手でな。ま、恋なんてしたことないから分からないがな」
ナタリアの紫色の瞳が笑ってないのがよく分かる。彼女はいつも俺や他の隊員をからかってくるが、今ばかりはそうでないらしい。
「私には分からないわ。あなたが私達を拒む理由が。教えてよ。なんで私はあなたの側に居られないの?」
彼女はM8、つまり第8世代の魔動人形ということで、かなり後期に生まれたため戦闘面はもちろん演算能力にも優れる。そんな彼女ですら、俺の思考までは読めやしない。"読ませてなるものか"
「どうしようもない対立ってのは今まで散々見てきただろ。それが俺達にも回ってきた。それだけのことだ」
状況はかなりまずい。時間を稼いでいるようで、時間が経てば有利になるのは向こうだ。かと言って完全武装の魔動人形相手にはいくら俺でも骨が折れる。それがベリーヴォルクなら倒すのは不可能だ。
弾が尽きても、向こうは生成した魔力を弾の代わりにできる。魔石エンジンという半永久機関の為せる脅威の技術だ。長期戦は絶対に勝てない。いや、この状況には勝ちなど存在しない。車両に追いつかれた時点でゲームオーバーだった。
「御託はいい。そう言ったのはあなたよね。だから私も、あなたを捕まえた後でゆっくり聞かせてもらうわ」
「チッ…!」
猛スピードで急降下し、近接戦を仕掛けてきた。蹴り、ゼロ距離射撃、再び蹴り。受け止めた左手に激痛が走る。手術で痛覚は鈍くなっているが、それでも確かな痛みを感じる。
「紅石龍の毒か…。通りで痛いわけだ。調達するのにいくらした?20万トリウスくらいか?」
「そんなことを気にかけている余裕があるの?足元を見てみなさい」
「酷い出血だな。気付かなかったよ」
雪の上は俺の血で赤く染まり、薬莢が散らばっていた。
「けど、止まるわけにはいかないんだよ…!」
「っ…!魔術…!?」
使うのは初めてだ。だが、体内に魔石が埋め込まれているなら、理論上は俺でもできるはずだ。タクティカルアーマーの操作だって魔力の調整で行うのだから、要領は同じはず。
「——吹き飛べ!!」
ナタリアの蹴りでボロボロになった足を動かして、魔力を集中させて地面を踏みつけると同時に流し込む。舞い上がった大量の雪が煙幕の代わりになって、俺が逃げる隙を作った。
今のうちに———
「なっ…!?クソが…!」
一筋の閃光。右手の感覚が無くなった。俺の千切れた右手が空を舞うのが見えた。
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