帝国特殊部隊の元隊長ですが、魔動人形達が辞めさせてくれません

Jack4l&芋ケンプ

第1話 帝国を滅ぼした男


エンジェリア暦1422年 1月16日 午後4時2分


この日この時は大陸で最も人が死んだ日として記録に残る日だ。ケルニオン帝国の空中要塞都市バグゴロドが『たった一人』の男によって堕とされ、100万人のケルニオン人の命を奪いケルニオン帝国の解体の直接の原因となった日である。


犯人の男は逃亡中。白髪赤眼の青年であり、ケルニオンの魔動人形を使った特殊部隊である『ベリーヴォルク』を率いた強化人間とされている。なお、犯人は特殊部隊に所属していた時点で記録できる限り1792人の魔術師を殺しており、今回の事件の被害者と合わせて歴史上最も多くの人命を奪った個人として記録されるだろう。


「—————だってさ、どう思う?」

「歴史上『同時に』最も多くの魔術師の命を奪った記録に、最も多くのケルニオン人と魔動人形を殺した記録が追加されたな。これでお前さんは人類史上最も多くの人間と人形を葬った男というわけだ」

「凄いだろ?魔術師を殺した人数が端数だ」


100万人と1792人。それに加えて数多の魔動人形。それをたった一人で葬ったのがこの俺——ジン・エーデルワイスだ。


「ふっ…人の心とか無ぇのかよ?」

「俺達の間じゃ褒め言葉だな」

「ハハっ、違ぇねぇ」


中年の酒場の主はたった一人の客である俺のためにグラスを拭き、肴を用意する。


「ウォルター、おすすめのカクテルを一杯くれ。大量殺人鬼に相応しいやつをな」

「まだ未成年だろうが」

「ケルニオンにはもう法律なんて無い。俺がぶっ壊したからな」

「それもそうだな。今作ってやるよ」


酒場の主ウォルターは酒とジュースを何本か取り出して、それをシェイカーに入れて気怠げにシェイクし始めた。


「…意外と平気そうだな。あの都市にはお前の弟も乗ってたんだろ?」

「セルゲイのことか。弟と言っても義理だ。…アイツは娘を失ってから狂っちまったよ。家と一緒に死ねて幸せなんじゃねぇのかな。ま、もう知ったこっちゃねぇが」

「ならお前の満足する死に様は?」

「そうさなぁ…愛する人間の手で殺されるなら満足だな」

「つまり当分死ぬ気は無いということか」

「へっ…よく分かってんじゃねぇか。そうさ、俺は誰も愛さないし、誰にも愛されねぇ。自分以外の人間のために涙を流したことなんざ一度もねぇ」


ウォルターは皮肉まじりに笑った。


「…俺はいつまで生きるんだ…いや、いつまで生きないといけないんだ…」

「…ケルニオンを出たらどうすんだ?」

「魔術師として生きるしかないな…」

「やめとけ、アイツらは未だに馬車なんて使ってやがる。不便で仕方がねぇ。それに、お前は既に魔術師も殺してるだろ」

「そうは言ってもケルニオンには居られないだろ。いいんだよ、ヒルデムンストかリヴィドにでも行って、誰かに魔術を教えてもらって、どこかの田舎でのんびり過ごすさ」

「お前が?想像できねぇな」


ウォルターは俺に真っ赤な液体が縁のギリギリまで注がれたグラスを出した。


「これは?」

「さぁ?適当に混ぜただけだ。お前みたいに行き当たりばったりな行動で不幸をばら撒く奴にぴったりだろ?」

「なら味は美味いということか。何故なら俺は幸せ者だからな」


グラスを慎重に持ち上げ、口につけようとした。その瞬間———


「バゴン!」という音が響き渡り、寒い外気が酒場に流れ込んだ。扉が蹴破られていた。


「目標を発見。確保する」


雪の降る闇夜に佇んでいたのは、俺と同じような、積もる雪すらも濁って見えるほど美しい純白の髪を持った女だった。瞳は赤く、その視線は俺に向けられていた。


「俺の部隊員はせっかちらしい。悪いなウォルター、この酒は自分で飲め」

「ったく、人の店で騒ぐんじゃねぇぞ」

「すぐに出ていくさ。もう戻らないかもしれないけどな」


銃を向けるその女は冷徹な眼差しで彼を見つめていた。一見、どこからどう見ても人間だが、俺はそれが魔動人形であることを知っている。何故なら、そいつは俺の率いたベリーヴォルクの隊員だからだ。


「…ジン・エーデルワイス隊長。貴殿を軍法違反により連行する」

「正直になれよ、ルナ。誰もいないだろ」


その女に両手を挙げながら近づく。その女は少女と大人の女性の間くらいだろうか、顔は若々しいが、背は平均よりやや高めだ。


「隊長…!ずっと会いたかった…!どうして私達を置いて逃げたの…!?魔術師側に寝返るにしても連絡くらい寄越してくれれば私達だって着いて行ったのに…!」


外に出て、ウォルターから見えない位置に来ると、魔動人形M9-000ことルナリアは俺に抱きついた。


「それは駄目だろ。どれだけ人のように振る舞っても、お前達は人形だ」

「嫌だ…!ジンと離れ離れなんてもう絶対に嫌だ!」


———困ったな。俺はてっきり、ケルニオンの残党が本当に俺を捕えようとして彼女を遣わせたのかと思っていた。だがこの様子だと、ルナリアは己の意思でここに来たらしい。


「…俺は自由にやらせてもらう。それが俺だからな」

「ッ…!」


抱きつくルナリアを押し出し、全速力で走って逃げる。俺はもうケルニオンの兵士ではない。これからは今まで敵対していた魔術師として隣国のヒルデムンストにでも行ってのんびり過ごすと決めている。たまに傭兵稼業で稼いで、休日は海の近くの店で爽やかな飲み物を啜る生活を送ると決めていたのだ。


『絶対に…逃がさないから』


———なんか聞こえた気がするが、まぁいいだろう。とりあえず今は逃げるだけだ。


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