第5話 タクティカルアーマーは踊らない
冷たい空気が肌を刺し、舞う吹雪は視界を遮る。
「クソ…ユビキタスに対応してないのかよこれ…!」
酷い欠陥品だ。本来であれば、タクティカルアーマーはUBIQUITOUSというAIがアシストしてくれるのだが、どうやらこれはそこまで性能が良くないらしい。
『聞こえ——か、俺———ハンダー地区——合流————!』
ウォルターからの通信も途切れ途切れだ。それだというのに、眼前にはもうドローンが迫ってきている。
「武器は…」
右手のブレードと左手のライフル、肩のオートタレットだけか…はっきり言って機動性も悪いし、かなり厳しいかもしれない。だが弱音は吐いてられない。
長年の経験と強化手術で得た戦闘技術は魔動人形すらも凌駕する。ドローンを一機、また一機と落としていった。
「チッ…いつの時代のライフルだよこれ…!」
魔力と弾の変換効率が悪く、すぐに弾切れを起こしてしまう。ブレードに頼るしか無い。
「はぁ…はぁ…粗方片付いたか?…うぉっ…危なかった…」
横切る閃光。実弾ではなく、圧縮した魔力の光線…となると…
「ルナ…」
第9世代の試作型、高性能万能機、ケルニオンの傑作——M9-000ルナリアのお出ましだ。右手はレーザーライフル、左手は複合格闘兵装『ダインスレイヴ』を用い、右肩は大型レールキャノン、左肩には自立型タレット射出装置。あらゆる局面に対応するための装備構成をしたタクティカルアーマーだ。カタログスペックだけならベリーヴォルクで最強だと断言できる。
「ねぇ…どうして逃げるの」
「…俺は止まれないんだよ」
アレと正面からやり合えるのはフル装備前提で俺とヘルミナだけだろう。他の面子は何かしらの点でボコボコにされる。
「どうして…どうして?どうして?どうして!?なんで私と一緒に居てくれないの!?」
———これは完全に狂ってるな…人間らしい感情を持ちすぎた弊害か、あるいは俺が彼女達に寄り添いすぎたか…どちらにせよ今のルナリアは危険過ぎる。全てを破壊する覚悟と、それをするだけの力を備えてしまっている。
「ルナ、いくら俺が強化人間だからと言って、いつかは別れが訪れるものだ」
「ならジンの意識を私の中に取り込む。そうすれば永遠に一緒だよね…?」
ダメだな…戦闘経験が浅いルナリアの心は脆かったか…小隊の中では一番新入りだが、他の部隊に所属していた経験や、訓練で他との交流のあった他の魔動人形の隊員と違って、彼女はベリーヴォルク以外の世界を知らない。だからこそ拠り所が他にないのだろう。
「ルナ。お前の戦争は終わったんだ。これからは姉妹で仲良く暮らす。それでいいじゃないか…俺と一緒にいると碌なことがない」
彼女達を突き放す真の理由。それはこれから俺が歩む道があまりに過酷な道になるからだ。より多くを助けるために、少ない方を切り捨て続ける。その選択に終わりはない。もしかしたら、バグゴロドなんて比じゃない量の人間を殺し続けるかもしれない。…それでも、一度踏み出してしまった以上、もう戻ることはできない。彼女達を巻き込むことも許されない。いや、俺が許さない。
「分からないよ…!ベリーヴォルクにはジンが必要なんだよ!?」
とうとうルナリアは右肩のレールキャノンを発射した。恐ろしい速さの弾丸が頬を掠めた。———このタクティカルアーマー、バリアも機能していないようだ。
…ライフルを撃ち続けるが、こちらの弾は彼女に命中する前に魔力のバリアに防がれた。
「…もうベリーヴォルクそのものが必要ないんだよ、ルナ。これからは自由に生きていいんだ。ケルニオンはもう魔術師に負けたんだから、無理して戦う必要はない」
「私には…私には戦場が全てなの!!ジン、君といる戦場が!!」
俺も日頃から杞憂に思っていたことだった。——魔術国家対ケルニオンという戦争が終わった時、戦争兵器として生まれた俺や彼女達はどうなるのかと。俺は魔術師になるという答えを出そうとしているが、彼女達はどうだろうか。
「分かってくれ、ルナ…俺はお前達を殺戮兵器にしたくないんだ」
「…もういい。何を言っても無駄なら実力で黙らせる」
ルナリアの魔力の放出量が急激に上昇した。捕縛ではなく撃破するつもりだと分かった。射撃を避けるために上昇しつつ左右に振り、『ダインスレイヴ』の間合いに入らないように距離を取らなければならなかった。
ダインスレイヴは複合格闘兵装の名の通り、実体剣とレーザーブレード、二門のパイルバンカーを備えた破壊力に特化した兵装だ。バリアの無いタクティカルアーマーならその全てが致命傷になるだろう。
雲を突き抜け、後を追って上昇してきた所にライフルの弾を浴びせつつ、次の逃げ場を探す。
「絶対に逃がさない…!堕としてでも君を連れ帰る!」
「っ…!アレをやる気か!」
本来なら想定されていなかった、タクティカルアーマーのバリアを応用した攻撃手段。バリアを作る魔力を広範囲に拡張し爆発させる必殺の一撃…『アサルトバリア』…それを初めて見せたのはかのヘルミナだが、一度バリアを無効化するため、防御を捨てることとなる。
…だが威力はお墨付きだ。魔動人形ですらない安価な戦闘用ロボットなら一撃で吹き飛ぶ。…つまり、バリアを持たない俺もだ。
「…避けさせないよ」
「チッ…!ドローンが…!?」
ドローンの攻撃による誘導——一撃必殺の間合い…もう防御も回避もできない。…なら残された手段は一つ。追いついてきたのはルナリアだけ…ならば、最悪相打ちでもいい。
「さぁ…帰ろう?みんなのところに」
魔力の共振が始まる。…タイミングを間違えれば終わりだ。アサルトバリアに巻き込まれて使用不可になるのを防ぐため、一度ライフルを魔力に変換してデバイスに格納した。
「くっ……!」
次の瞬間、魔力の黒ずんだ紫色の波が俺を襲った。焼けるような痛みに意識が飛びそうになった。もう少し近かったら、死を覚悟していただろう。
——だが、耐えてしまえばこちらのもの。
「…勝負はお前の勝ちだよ、ルナ。けど…ここで止まるわけにはいかない」
今にもショートしそうな意識をなんとか保って、ライフルをもう一度顕現させた。残った魔力を全て注ぎ込んで発射した。閃光がルナリアの首筋を貫いて、人工血液を散らした。
「そんな…!ジン……」
ルナリアは手を伸ばすが、無念にも瞳を閉じながら落ちていく。ユビキタスが自動操縦で帰還させるだろう。それより自分の心配を…
「ぐっ…クソ…本気でやったなアイツ…」
どんな怪我だろうか。それを確認することもできない。視界がだんだん乱れてきて、再生の追いつかない肌に寒気が突き刺さる。
———ああクソ…こうなるならやめとけばよかった……
心で悪態をつきながら、俺もゆっくりと落ちていく。なるべくルナリアから離れるようにブースターを噴かしながら落ちる。それだけで精一杯だ…
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