「鈍色の祭典」 電咲響子

今回取り上げる小説のリンクです。ちょっと難易度が高いですね。

https://kakuyomu.jp/works/16818093075459841661


 レベル1 筆者も自覚している通り、ルビが多いです。ですが、この作品は10個くらいの短い段落に分けられており、文章も極めて簡略的な印象を受けます。読みやすくしようという意識が見られたので良しとします。


 レベル2 「地位ある研究者としての生活を奪われた主人公が、ロボット兵器を従える殺し屋として裏世界で活躍していくなかで、悲願であった [ココロ]を宿した機械の開発に成功して亡くなる。」

以上がストーリーの要約です。追放系とロボットメインのSFがミックスされていますね。


 レベル3 ここからは個人的に「おっ」と思った表現を2箇所抜き出して紹介します。


「ご主人様」

 E-0614が話しかけてくる。

「ご主人様、あの方はどのような」

「ただのケチな情報屋だ。気にするな」

「ご主人様」

 E-0614が話しかけてくる。

「私はあの方に善きものを感じません」

「当然だ。彼奴の頭にはカネしかないからな」

「ご主人様」

 E-0614が話しかけてくる。


E-0614の心が無い状態を示すために、『「ご主人様」 E-0614が話しかけてくる。』というまったく同じ記述を3度繰り返す。E-0614には、発言前に「ご主人様」という前置きをするプログラムが設定されているとすると、小説の最後の最後に「ご主人様」が「カエデ様!!」に置き換わることで、つまりプログラム通りの動作から逸れてしまうことで、E-0614に[ココロ] が発生していると考えられます。


さらに言うと、アヤの応答も「はい。ご主人様」というワンパターンになりがちである。ここには明らかにアヤに魂が無いことを描写しています。先程の宣言通り、もう1箇所引用してみましょう。


「ご主人様。状況は」

「よくやった。それだけだ」

「はい。そして私が負った傷は修復不可能。そういうことですね」

「その通り。そして私は次のきみを創る。何か不満が?」

「ありません、ご主人様」

「そうか」

 そうか。そうなのだな――

 だから私はE-0614を創ったのだろう。


これはアヤが破壊し尽くされて動作を停止する前のやりとりですが、「だから」の内実は何か、明確な記述がありませんよね。「そうか」を僅か2行のうちに2回繰り返すほど重要な情報に気付いているのに。こういう所が読者の解釈を入れるべき箇所です。


主人公の死亡シーンにおけるE-0614のセリフとこの場面を比較すると、アヤは不満があるかを聞かれて否定しているのに対し、E-0614は聞かれてもいない不満を主人公に対して打ち明けています。


「そうか。そうなのだな――アヤ、君は私に対して不満を打ち明けてくれることは無い。とうとう最期まで、君に魂が生じることはなかった。だから私はE-0614を創ったのだろう。」


ダッシュの後にはそういった言葉が省略されているとすると、この物語は機械と人間の違いを不満の有無と結びつけ、その関連を裏に意識しながら描かれた文学であると評価することが出来ます。素晴らしいです。いや、普通にこの点だけで★3に値すると心から思います。本当に素晴らしい。これを読み解くまでに2日間費やしたので、もう少しわかりやすく書いて欲しいとは思いましたが。


そしてここからは、批判になりますのでご注意ください。筆者のメンタル配慮のため、次の批判段階に入る前にワンクッションを置いています。


 レベル4 で、それらを使って何が表現したかったのか。というのは、ルビを使った文体を通じて、追放系の要素を取り入れたSFを通じて、不満という感情を巡る人間と機械の違いを通じて何を書きたかったのか。ということです。レベル1、2、3のテクニックを使って、総合的にどんな言葉の彫刻を創りたいのか。そこまで深読みしようと思いましたが、あまり成果はありませんでした。


レベル3で論じたような工夫があるため、読み応えは十分なのですが、それでも読み応え不十分です、私にとっては。例えば「地下街アンダグラウンド」と「地上うえ」といったルビの非対応性にはどんな意図があるのかとか。また、平仮名・片仮名・漢字のルビが入り交じっているのも気になります。一応筆者本人に何か特別が意図があるのかを聞いてみたのですが、「分かりやすくするため」という以上の回答は得られませんでした。


また、なぜ[主人公は政府の謀略によって地上世界から追放された]設定にしたのかという疑問もあります。わざわざ舞台を地下世界にせずとも、殺し屋業をしているのであれば世間の目を避けようとすることは自然なことです。そしてレベル3で書いたような、より人間側の性質である「不満」を強調するためであるとしても、友人が志半ばで死んでいるのであれば地下街を舞台に設定する必要はないと思いました。わざわざ舞台を地下街に設定した理由を考えるとするならば、最近流行の追放系的要素を取り入れてやろうか、くらいでそれ以上の意図は思いつきませんでした。


他にも、もっと意味を詰めて書いた方が良いなと思った場面はあるのですが、特にバトルシーンを批判させてください。


そもそも私は[読み仮名を書くため]ではなく、[説明をするため]に使用されるルビが嫌いです。「紅重奏衝撃波ブラッディショックウェーブ」とか見たときに虫唾が走りました。なんで?なんでバトルシーンでTCGのカードの名前を挙げるような、技名の記述で全部を終わらせるような真似をするのかな。「紅色をした可視性の衝撃波が連続して繰り出されている」のは分かるんですけど、臨場感が皆無。まるで自分にはスピード感とのあるバトルシーンを書くのは無理ですと宣言しているみたいで非常にもったいない。考えつく限り最悪のバトルシーンだと思っている。小説はカードゲームじゃ無い。


アヤの最期の戦闘に関しては、ほとんど戦闘の前と、敵との会話をしている小休止、そして戦闘後だけしか描写されていません。「ひどい光景だ。」の6文字で戦場の記述は終わり。バトルシーンの中途をもっと書くべきだったと思うのは、[ダメージを食らっても文句を言わないロボット]と[ダメージを食らって文句を言う人間]という対比を組み込んで、よりE-0614に魂が芽生える場面の意味が一層深く、そして分かりやすくなってくるからです。本当にもったいない。ルビなんかを使うからだ。


この小説は、ルビに表現を頼りすぎています。ルビを使うにしても、「何故ここでルビを使いたかったのか」を意識して、特に理由がなければ使わないように意識した方が本当に良いと思います。私は無駄なルビが大嫌いです。今のままでも十分素晴らしいのですが、ルビさえ無ければ文句なく素晴らし作品として評価できたのかも知れないのにと思いました。いいですか、傍点はこう使うんです。


以上です。

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