第5話

 それは昼休みの話。

『大事な話がある』と雪柾に人気のない非常階段へと呼び出された。その真剣な表情に央佳は息を飲んだ。それはきっととても大切な話だと思う。


「央佳……俺の彼女になってくれ」

「男だよ、僕は」

「今は女だろ」

「女の体をしてれば誰でも良いって事?」

「まぁ」

「最低過ぎるでしょ……」

「そうじゃなくて彼女のフリしてほしい」

「普通に嫌だけど理由だけは聞くよ」

「バイト先で見栄を張って彼女がいる設定になってるんだけど、俺の主張だけで嘘疑惑が出てんだよ。だからお前を紹介したい。そして彼女のいない男共を見下したい」

「だから最低過ぎる……」

「頼む!! 央佳!!」

「嫌だ!! なんで僕がそんな事!!?」

「俺を助けてくれ!! それができるのは央佳だけなんだ!!」

「そんなのバレるだろ!!」

 そこで雪柾は膝を着く。そして両手も着き、頭を下げる。

「土下座しますんで」

 土下座である。

「そ、そんな事されても……」

「靴舐めます」

「えっ!!?」

「……靴でも尻でも舐めてみせます」

「そこまで!!?」

「お願いです……食えと言うならウンコでも食いますから」

「ウンコを!!?」

 驚愕の表情を浮かべる央佳。

「央佳さんのでも、自分のでも良いです……」

「正気に戻りなよ!!」

 央佳は雪柾の頭を引っ叩くのだった。


★★★


 放課後。

 雪柾のバイト先にて。


「なんで僕が……」

「もうちょっとどうにかなんないか? スカートとか、女っぽい服」

「あるわけないだろ。普段からそんなの用意してたらおかしいでしょ」

 着替えた央佳の姿はパーカーにジーンズという実に地味な姿であった。

「まぁ、見た目は充分に女だから大丈夫か」

「それより甘粕は大丈夫?」

「心配すんなよ。今日はシフトに入ってないからな」

 甘粕透子。クラスメイトであり、同じ中学出身。雪柾のバイト仲間でもあり、もちろん央佳とも面識はある。

「じゃあ、頼むぞ」

「……ウンコ食べられるのも困るから」

 そして雪柾はバイトへ。


 時間差で店内へ。

「いらっしゃいませ~」

 と、女性店員。

「あの、ここで不破雪柾はバイトしていますか?」

「え? 不破は確かにおりますが、あなたは……」

 そこに雪柾。

「おお、来た。ほら、前に言った彼女なんだけど」

「不破くんの? 本当にいたんだ……でも本当?」

 視線を向けられ、央佳は苦笑い。

「残念ながら」

「何だ、残念ながら、って?」

 席に案内され、とりあえずドリンクバーでも頼む。

『うっ……凄く見られてるのが分かる……』

 雪柾のアルバイト仲間達に向けられる視線。こっちを見て何か喋っているのも分かる。

 この居心地の悪い時間をもう少しだけ我慢すれば。

 その時。

「あれ、桜井くんじゃない」

 名前を呼ばれた央佳が視線を上げた先。そこに立っていたのは甘粕透子である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼氏か彼女か内緒の話 山本桐生 @k-yamamoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ