アリクス 改稿版

鈴木美本

プロローグ「大咲姉妹」

「きよ姉ちゃん!」

「うん、なーに? 心美まなみ?」

 赤く染まる夕日の中、心美まなみはランドセルを背負ったまま、姉の前で元気よく名前を呼んだ。

「今日もおうちに帰ったら、遊ぼうね!」

「うん、もちろん!」

「わーい! きよ姉ちゃん、大好き!」

 心美まなみは姉に勢いよく抱きつき、可愛らしく笑った──。

「きよ姉ちゃん!」

「うん、なーに? 心美まなみ?」

 赤く染まる夕日の中、心美まなみはランドセルを背負ったまま、姉の前で元気よく名前を呼んだ。

「今日もおうちに帰ったら、遊ぼうね!」

「うん、もちろん!」

「わーい! きよ姉ちゃん、大好き!」

 心美まなみは姉に勢いよく抱きつき、可愛らしく笑った──。



 ✤ ✤ ✤



 ──小学生の頃の、とても懐かしい思い出。


 黒い髪をサラリと揺らし、女性はふっと笑みをこぼした。

「ありがとう、心愛きよえ

「お母さんには、いつもお世話になっているから、このくらいはさせて?」

「本当に、いい子ね、心愛きよえは」

 心愛きよえは食器を拭きながら、母と一緒に微笑んだ。

「そういえば、心美まなみは大丈夫かしら?」

「さっき髪の毛を整えていたから、もう少しで用意ができるみたい」

 もうすぐ、食器を拭く作業も終わる。そのとき、廊下からドタバタという音が次第に近づいてきた。

「ごめん! きよ姉ちゃん! 待った?」

「ううん。今、食器を拭き終わったところだから、大丈夫よ」

 慌ててリビングにきた心美まなみに、心愛きよえは思わず微笑む。彼女は視線を妹の着ているワンピースに移し、不自然に折れたえりで視線を止める。彼女は妹の襟をサッとなおし、肩、袖、スカートを順番に優しくシワを伸ばし、整えていく。

「はい、できた!」

「ありがとう、きよ姉ちゃん!」

「どういたしまして」

 2人は楽しそうに笑い合う。心愛きよえがキッチンにいる母親に振り返ると、彼女は仲のいい姉妹を見て、やわらかく微笑んでいた。

心愛きよえ心美まなみ。気をつけて、いってらっしゃい」

「はい、いってきます!」

「お母さん、いってきます!」

 心愛きよえは近くに置いていたカバンを手に取り、母に手を振リながら、心美まなみと一緒に玄関まで行く。

「今日はどこに行く?」

「うーん……。今日は、雑貨屋さんに行きたいな?」

「じゃあ、駅近くに行こっか?」

「うん!」

 心愛きよえは玄関で靴を履き終えた心美まなみの手を取り、引き上げる。

「ありがとう!」

「どういたしまして!」

 心愛きよえは玄関のドアを開け、心美まなみと外に出る。

 今は朝の10時。上空には太陽が輝き、あまりにも明るい光に、心愛きよえは1度目をつぶる。彼女が数回瞬きし、ようやく目を開くと、晴れた青空に、やわらかそうな綿雲がところどころに浮かんでいた。視線を下げると、玄関先にはラナンキュラスとピンクの姫ライラック、綺麗に敷き詰められた煉瓦れんがの小道に白い石が光っている。


 ──今日は、絶好の買い物日和。


 心愛きよえは外に出て伸びをしたが、すぐに心美まなみの様子が気になり、玄関にいる妹のほうに振り返る。ふと玄関のドアにある2つのリースが目に入る。それは今年の3月に、2人が仲良く作ったミモザのリースだった。それを見て、心愛きよえは思わず微笑む。彼女が玄関に視線を移すと、心美まなみは靴箱の上に置かれたハーバリウムを見ていた。ハートの透明なケースの中に、大きな白バラとピンクのバラ。そして、その可愛らしいバラたちを白いかすみ草で包み込むようにして飾られている。

「かず兄さんも帰って来れればよかったのにね……」

「本当にね……。ゴールデンウィークだから、帰ってくると思っていたけど、仕事が忙しいみたい」

「そっか……」

 このハーバリウムは「かず兄さん」と呼ばれる2人の兄「大咲おおさき 心和きよかず」が、2人への「バレンタインのお返しに」と送ってきたものだった。彼は今、別の県に住んでおり、心愛きよえとは5歳、心美まなみとは4歳離れている。

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アリクス 改稿版 鈴木美本 @koresutelisu

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