第3話 召使のいる屋敷

 次の日から、召使達が働きに戻ってきた。メイドに執事、庭師に調理師。十人もの召使が、ブルーに挨拶をした後に、各々の仕事を始めていた。

 この屋敷も召使も、どこからお金が出ているのだろうか。

 仕事用の机に、書類を山積みにしているブルーに、俺は話しかけてやることにした。

「何をしているんだ?」

「ああ、おはよう。町の人からの依頼や、隣町や首都からの手紙を読んでいた。これを読んで、返事を書いて、ハンを押す。わからないことは、直接見に行ってから返事を書く。しばらくずっと無視をしてしまったから、今からやろうかと思っているよ」

「お前、そういう仕事は向いてなさそうだ」

「ははは。これも仕事っていうのか。机の上にある書類を眺めているだけ、だけどね。汗をかくこともない」

「仕事は汗水垂らしてやると思っているのか?」

「あ、もしかして、違ったかな?」

 これはものを知らなすぎるな。しめしめ、これはつかえるぞ。

「仕事というのはな、こちらが時間を消費してその対価の報酬をもらうことを言うんだ。汗水を垂らさない仕事もある。しかし、はっきり言ってお前はこの仕事に向いていない。だが、俺はその仕事に向いている。人と話すのも、交渉するのも経験があるからな」

「それは心強い」

「ああ、そうだろう。どうだ、金はいらない。代わりに俺の願いを一つ叶えてくれ。そうすれば、その仕事を手伝ってやろう」

「その願いはなんだ?」

「仕事が終わったら言おう。その代わり必ず叶えてくれよ?」

「わかった。頼むよ」

 大笑いしたくなるのを抑える。あまりにも純粋すぎるな。人を疑うと言うことを知らないのか。しかし、こいつが馬鹿で助かった。

 召使が椅子を持ってきてくれた。俺はブルーの隣に座って、書類の山を片付ける。

 資材や食料の物流、土地に関する書類ばかりだった。

「ブルー。お前はこの町の一番偉い人なのか?」

「恐らくそうらしい。この町のあらゆることを任せられていると召使から聞いたよ。いまいちピンとはきていないのだが」

「いわゆる領主というやつだろう。貴族だよ、貴族」

「貴族?そんなに偉い存在だったのか」

「そのようだな。それで、その貴族様は俺のことを召使になんと説明しているんだ?」

 ブルーは少し顔を赤くして、俺に頭を下げた。

「いずれ結婚する人だと、言ってしまった。本当に申し訳ない!君が前世で女性でないのはわかっていたが、そうでも言わないと変に思われると思ったのだ。君の見た目は女性だし、とても可愛らしいから」

「くっ……」

 顔から火が出るかと思うほどに、俺は恥ずかしくなった。最悪だ。ただのバカではなく、デリカシーもないのか。一瞬だけでも嬉しいと思いかけたのを、すぐに掻き消した。この気持ちは俺ではない。この体のせいだ。

「あー、もう。頭を上げろ、間抜けに見えるぞ。もう済んだことだろう。俺も気にしない」

「ありがとう。君は心も広いんだな」

「まあな。こんな俺が悪人だなんて笑い草だ」

「確かに。神からしたら、人を食い殺すことは悪人に入ってしまうのかもしれないな」

「人が中心の世界か……けっ」

 ほお杖をつきながら、手紙を仕分けした。こちらが不利になる条件は保留。得になる条件は裏がないか調べる。現状維持も念の為調べるか。思ったよりもやることが多そうだ。

「召使はどれほど使える人材なんだ?」

「僕も把握できていない。人手が必要だろうか?」

「必要だな。仕方ない。俺から様子を見に行ってやる」

「それなら、僕もついていくよ」

 二人で廊下へ出て、すれ違う召使と会話を交わした。それぞれ専門分野が違うらしく、話し方や立ち居振る舞いも差があった。

 一人のメイドに話しかけたら、一方的に話をされ、圧に押し負け、俺とブルーは風呂に入らされた。そういえば、人間は風呂に入らなければならないのか。その辺も今は慣れなければならない。

 石鹸の匂いは慣れそうもない。匂いがキツく感じる。

 屋敷の外へ出て、庭師に声をかけた。歳の多い見た目だが、体はしっかりしていそうだ。

「ごきげんよう。調子はどうですか」

 俺は愛想を振り撒いて笑顔で話しかける。

「ええ。もう少しで樹木の手入れは終わりますよ。何かご入用でしたか?」

「はい。町の様子を見回ろうかと思っていましたが、見回りたい場所が多いのです。主人様は召使の中から、情報調査をしてくれる適任者を探そうとお考えです。誰かいい人はいませんか?」

「それならば、私が行きましょう。身辺調査や敵地の偵察は私の専門でもありますからね。他の召使には内緒ですよ」

「それは心強い。ぜひお願い申し上げます」

 俺は用意していた調査リストを、その庭師に渡した。一度部屋に戻り、次の仕事へかかる。

「すごい。君は準備がいいんだな。渡すための紙を用意していたなんて」

「まあな。常に先を見通して考えろ。時間は有限だぞ」

「頼もしいな。ただの荒くれ者かと最初は疑っていたが、僕の勘違いのようだ」

「そうだそうだ。俺は頭がいいんだぞ」

「疑ってすまなかった」

「これからは敬えよ」

「ああ、考えておくよ」

 早速、隣町の領主に手紙を送った。返事を待つ時間も長いから、手紙の優先順位は遠方だろう。その返事を待っている間に、すぐ済みそうな領土内のいざこざを対処し、要望を全て聞いたフリをする。その時に何日か先までに終わらすよう適当に約束をし、気が向いたらやってやる。緊急性や利益率の低いものは優先度を下げておけば、後が楽だ。

 やっているフリも大事だ。下民にこちらの生活は想像出来まい。だからこそ、わざと町中に出て、仕事をしている雰囲気だけ出してやる。屁理屈を並べた数字なんかを言ってやると、更にそれっぽくなる。

話を聞いてくれないなどと身勝手なことを言うのが人間だ。聞いているし、やっているというパフォーマンスだけで、あいつらはこちらを信頼する。単純な奴らなのは、俺がいた世界と変わらないな。

 領内の人間を騙すつもりでいたが、なぜかブルーも騙されていた。俺の嘘八百も屁理屈も、全て魔に受けている。騙すつもりはなかったが、騙している説明も面倒くさいので放っておいた。

 庭師の爺さんが、農家や商い屋の調査を済ませてくれた。この爺さん、かなり使える。過去の情報も、現状も、当事者にしかわからない問題点も全て聞いてくれていた。俺の欲しい情報だ。

それを使って、無駄を削り、足りない部分を補強し、更にウチの利益が上がるように策を練る。農家は一家あたりで作っている作物の種類を少なくさせ、分担させる。確か植物は、種類によって吸い取る栄養が違うから、年毎で当番制にすれば土の栄養が枯渇する問題はなくなるはずだ。商い屋は、店ごとに月に一度の大売り出しをさせて、その日程をずらすことで客の流れを回るように作った。

 あとは遠方だ。これが一番面倒臭い。相手は一般市民ではなく貴族だ。相手の利益など考えない理不尽さを、少なからず孕んでいる。

「遠くへ行く支度をするぞ、ブルー」

「ああ、わかったよ。どこへ行くんだ?」

「この領土の貴族様へ会いに行くぞ。来訪の許可が降りたからな」

「すごい、いつの間に……。でも、何を支度すればいいんだろう?」

「ああ?召使に任せておけ。お前は何もしなくていいんじゃないか」

「そうか。ちょっと頼みに行ってくるよ」

 ブルーが談話室を出ていったので、俺は自分の部屋へ戻った。仕事の合間にブルーに頼んで、ふわふわのクッションをたくさん用意してもらったこの部屋は、かなり居心地が良い。ベッドの上に散りばめたクッションに体を埋める。体に触れるクッションが、広すぎる部屋の孤独感から遠ざけてくれる。

 一休みしていると、誰かが揉める声が聞こえてきた。俺は狼だから耳がいい。揉め事の内容的に、領土内の下民だろう。

 ブルーが対応しても、無駄に誤ってこちらの威厳が薄れるだけだ。仕方ないので行ってやる。

「人殺しよ!」

 恰幅のいい女性が泣き叫んでいるのを、召使が宥めていた。近くにいるブルーは困り果てた顔で、額に手を当てて汗をたらりと流す。

「どうされました?」

 俺はこの女性を刺激しないように、小さめの声で姿勢を低く言ってやる。

「私の娘が殺されたのよ!この領主様に!この人が数ヶ月前に女の子を殺すのを見たわ。何かの間違いだと思って、見ないふりをしたけど、今度は私の娘を!許せない!」

 この男が人を殺すわけがない。と言うより、この女性の娘を殺したのは俺だ。残念ながら遺体は全て腹の中で、遺体だった物も排泄物となり、今頃下水を渡って海の先だろう。

 ブルーは強く口を結び、苦しそうな表情を見せる。まずい。悪くないのに謝ろうとしている。こちらの分が悪くなるだけだ。

 咄嗟の判断で、俺はブルーの手を掴んだ。自慢の作り笑いで和ませる。ブルーはちょっとだけ泣きそうな顔で微笑み返した。

 女性の前まで行き、召使を少し後ろに下げて俺は目の前に跪いた。

「俺の名前はロウと申します。あなたの哀しみや怒りは計り知れないでしょう。なんとお声かけるべきか」

「あなた……。あなたのその顔!この男が殺した子と同じじゃないの!」

「ふぇ?」

 うっかり間抜けな声を漏らしてしまった。俺はチラリと振り返ってブルーを見るが、ブルーはそのことを知る由もなく、引き攣った顔でゆっくりと首を横に振った。

「人違いですよ。ほら、見てください!俺はこの通り生きていますから!」

「そんなはずないわ!それに、領主様は自殺されたと聞きました。あなた達、もしかして偽物じゃないの?お金目当てに乗っ取ろうって言うのね?」

 ヒステリックに叫びながら、俺を指差す女性は正気の沙汰ではない。だが、言っている言葉に嘘はないように感じた。俺は嘘つきの狼だから、嘘をついていたらわかる。まあ、取り乱しているし、彼女自身が嘘を嘘と思っていない可能性は否定できないが、それでも、召使達の表情を見るに、少なくともブルーの体の主が自殺を試みたのは本当だろう。

 メイドの年配女性が一歩前に出て、弁明を始める。

「いえ、それはありえませんわ。マダム。死んだ人間は生き返らない。それは理解できますね?」

「バカにしているの?当然のことよ」

「主人は間違いなく主人本人でございます。声も背丈も、全て本物です。赤子の頃からワタクシは世話をさせていただいておりますから、もし偽物だとしたら直ぐにわかります。マダムにもお子様がいらっしゃたのでしたら、わかっていただけますね?」

「ああ……。じゃあ、私の娘は一体誰が殺したって言うのよ!」

 女性は泣き崩れてしまった。あーあ。俺が食べてしまったなんて、口が裂けても言えないぞ。これは嘘八百を並べるほかない。通用するかは神頼みだ。

「きっと山賊の仕業でしょう。噂を耳にしたことがあります。最近、この町の人たちと話す機会は多かったですからね」

「山賊ですって?」

「ええ。この領土の人間ではないことは確かです。俺がなんとかしましょう。首を持ち帰ってみせますよ。それで安心できます。貴女も、町の人たちも」

 俺の言葉を、不思議と周りの人たちは納得してくれた。ブルーでさえも。

「よろしく頼みましたよ」

「はい。やり遂げましょう」

 恰幅のいい女性は屋敷の敷地外へと帰っていった。

 一度部屋に戻り、ブルーと二人きりになる。

「なあ。お前の前の中身は自殺をしたんだな」

「そのようだ。そして、自殺をする前に君の前の中身を殺し、ゴミ捨て場に捨てた。のかも」

「最悪な男だったんだなぁ。なんで召使はブルーがお人好しになったのに気がつかないんだ。あのメイドだって、本気で偽物だと疑っていなかった」

「神の仕業だろうか。僕や君のような転生者は目を覚ますと同時に、近くにいる人間の記憶を操作されているとか」

 俺はクッションに顔を埋めて考えた。だとしたら、あの女が訴えてきたのはなぜだ。

 そういえば、ブルーは神にあったことがあると言っていたな。

「聞けないのか?万物だか不変だかの神に」

「そうか。確かに。聞いてみるよ」

「お、おう。そんな簡単に会えるのか?」

「眠る前に神へ祈って、会いたいと思えば会える。と思う」

「曖昧だなぁ」

「こちらから会おうとしたことがないから。やってみるよ」

「期待しないで待っておこう。今日はくたびれたから、遠方へ行くのはまた今度だな」

「わかった。頼りなくて申し訳ない」

「気にすることはない。ブルーにはブルーにしかできないことがあるだろう。俺は眠たくなったから寝る」

「ありがとう。おやすみ」

 俺はそのままクッションに埋もれ、深い眠りへと落ちていった。

 なんとなく嫌な予感が首筋を撫でたが、その原因を知る術はない。

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悪い狼が転生したら女になって、鬼イケメンから離れられない 駿河犬 忍 @mauchanmugi

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