第10話

 俺とアーサーは手錠と足枷がつけられ首輪のひもを樹にもたれている。そう、今日は樹が市場で買い物をする日だ。

 ……樹はふんぞり返っているようにしか見えない。慣れてないな?

「ご、ご主人様……」

「な・に?」

 樹がぎろりとにらんでくる。うぅ樹のにらみって最強なんだよな~。話したくなくなるんだよな。

「本日は何をお買い求めに?」

「お前なんかに教えるわけないだろ?」

 これでもちゃんとごますったつもりなんだけどな。俺はすごすごと引き下がりアーサーと並ぶ。

 アーサーはカンカンに怒っていた。多分信用していた樹にこんなことをされたからじゃないかな。ずっと「帰ったら殺す」ってぶつぶつ言ってる。

「アーサー、どうか気を静めて……」

「何⁉気を静めれるわけないだろ!」

「樹のこれは演技なんだから」

「演技でも許せねぇ」


「お前ら!静かにしねぇか⁉」

 樹にギロリと圧力をかけられる。

「うるせぇ!黙ってられるか!」

 アーサーが思いっきり反論する。俺が体をつかんでいなかったら殴りかかっているところだった。

 アーサーももう思春期だ。え~俺たちは二十歳だけど。とりあえず思春期には恥ずかしすぎるし、屈辱だ。でも奴隷として生きているからには避けては通れないんじゃないか?



 俺がしみじみ考えに耽っているすきにアーサーは俺を振りほどいて樹に殴りかかっていた。樹もやり返してけんかになっていた。

「祐樹!お前は来なくていいのか?」

 樹の腹に拳をめり込ませながら叫ぶ。

 樹には何回も殴っていいって言われてるし、何回もこれまでに殴られた。今日ぐらいいいか。

「……しょうがねぇな」

 次の瞬間俺は二人の喧嘩に突っ込んでいた。


俺の拳が樹の腹に命中する。反対に俺の顔に樹の拳がめり込む。

「アーサーてめぇ‼」

アーサーの拳が樹に殴られた反対の顔にめり込む。

俺のビンタが外れる。




 集中的に殴られたのはなぜか俺だった。最初のほうは面白そうに写真を撮る人たちで人だかりができていたが、最後のほうはほとんど見飽きたという感じで素通りされた。いや別に目立ちたいから喧嘩をしているわけではない。



 小一時間ほど殴りあった後、アーサーも樹も俺も疲れてしまって喧嘩は終わった。

「いつ……ご主人様、帰らないと……」

 樹はゲッソリしながらも俺に暴言を浴びせる。

「うるせぇ‼口答えすんな‼」

 アーサーがまた牙をむきだしそうになっているのを必死に止めながら首輪の縄を樹に持たせる。

 そのあとは一言もしゃべらずに家に帰った。


 俺たちを拘束していた器具が外れるとアーサーが樹に頭を下げた。

「信用できなくてごめん」

 樹は明らかに困惑して俺に助けを求めた。

 俺はニコッと黙って笑っている。

「……俺こそ……ごめん。あんなに偉そうに……でも、わかってほしいんだ」

「わかってる、わかってるけど……」

「そうだよな。君が悪いんじゃなくて、この国の奴隷制が悪いんだと思う。でもそれは俺にはどうすることもできない。だから!お願い!我慢できるか?」

 つらい沈黙が通り過ぎる。

 アーサーは頭をぼりぼりかきながらつぶやいた。

「……しょうがねぇなぁ」

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