第16話 明日来る明日のための夜
「「「乾杯ー!」」」
帳が落ちたような夜の中で、その酒場は真昼間のような煌々とした光を放っていた。
「今回も無事に魔獣襲撃を乗り越えた俺らに向けてもう一度!」
「「「乾杯ー!!」」」
誰かが上げた声に合わせて繰り返される乾杯の叫び。現在、貸し切りになったこの酒場では警備隊による、魔獣襲撃を乗り越えた祝勝会の真っ最中である。
「久しぶりの酒だぁあああ!」
「お、俺……生きてて、よがっだぁあああああ!!」
「泣くなブディール! あ、それとブディール。お前は病み上がりだから酒禁止だってローディアが言ってたぞ」
「はぁああああああああ!?!?!?!?!?」
もちろん、ここには見習い四人も参加している。つい数時間前に死にかけていた彼らであるが、酒が飲めるとなれば話は別。何しろ彼らの内三人は、警備隊に入ってからずっと大好きだった酒を禁止されていた。
故に、重傷の身なれど半月ぶりの飲酒の機会となれば、病床から飛び起きて酒場に馳せ参じるというモノ。
「ええい、知ったことか! 俺は飲むぞ!!」
「ひゃーははは! いい飲みっぷりだァ!!」
さて、病み上がりのブディールもまた、そんな風に羽目を外して、酒場の空騒ぎの輪に呑まれていった。
もちろん、この輪の中には酒を飲みなれていないハイリも居る。そんな彼には、洗礼とばかりに酒飲みの先輩方からの熱い歓迎が待っていた。
「オラァ、貴様も酒を飲めハイリ!」
「うわぁ、なにしやがんだロッゲ!!」
スイカのように巨大なジョッキを掲げるロッゲが徐にハイリへと近づいたかと思えば、ジョッキを逆さに傾けてハイリへと酒を浴びせかけた。
それを見て、いつもの三バカだけではなく、周りの兵士たちからも歓声が上がった。
「くっ……いい度胸じゃねぇかどっせぇええええい!!」
「うぼぉ!? ふぁ、はひひははふ!?」
これには流石のハイリも怒り出す。カウンターとばかりに近場にあった酒瓶を手に取った彼は、コルクを抜いてロッゲの口へと叩き込んだ。
ごくごくと、一升瓶サイズの発泡酒を飲み干すロッゲ。無論、その顔には酔いが表れ赤くなる。
「……ひっく。やるなハイリ……ひっく……」
「ハッ、その程度で酔っぱらうようなお前にゃ負けねぇよ」
「言ったなぁ……!! ひっく」
「喧嘩なら買ってやるよ!」
いつものようにヒートアップしてく戦い。ただし、ここは酒場である。
「貴様ら」
「お、お前は!?」
「ローディア、なぜここに!?」
彼らの間にのそりと現れたローディアが、拳を振り上げた彼らの動きをパチンと止めた。
「ここは酒場だ。暴力沙汰は感心しないな」
「止めるんじゃねぇローディア! 俺はこいつとの決着をつけるんだ!」
「ハイリの馬鹿面にいっぱつ食らわせねぇと気が済まねぇんだよクソ凍眼鏡!!」
暴れる二人は、喧嘩を止めたローディアへと文句を言う。ただ、このままだと乱闘騒ぎへと発展し、二週間ほど前に牢屋に叩き込まれたときの再現になってしまうのは明白だ。
しかし。
「何を言っている? 喧嘩に関しては、私は一切止めていないぞ」
「なんだと?」
どうやら、ローディアは喧嘩の仲裁に現れたわけではないらしく、眼鏡の位置を正しつつ、頭に血が上った二人に言う。
「いいか。元より警備隊同士で争うのはご法度だ。だが、殴り合い殺し合いではない限り見逃すのが、私のやり方だ――おい、例の物を持ってこい!!」
「アイアイサー!!」
何時になく声を張りあげたローディアの呼びかけに、周囲の兵士たちが一斉に動き出す。彼らは停止するハイリ達二人を中心に円陣を組んだ後、店の奥から一つの樽を持ってきた。
「これは酒だ。だが、ただの酒じゃない」
運ばれてきた樽の蓋を、ローディアがバンと力強く叩けば、なみなみと入った酒の音が聞こえてくる。
「アルダ貿易都市警備隊に伝わる酒……その名も【かみごろし】だ」
神を殺す。その名を聞いたハイリ達の背筋に嫌な予感が伝う。それもそのはず、ローディアが樽の蓋を開けた瞬間、かみごろしが放つ酒気はハイリ達を圧倒したのだから。
なんというアルコール濃度だろうか。空気に触れた瞬間に気化したアルコールが竜巻のように巻き上がり、彼らの目を焼いた。
「なっ……なんだこの劇物は!?」
「ひ、人が飲むものなのか、これ……」
目が染みる酒気を全身で浴びたハイリは戦慄する。これはもう酒ではなく毒であると断言してしまうほどに。それはロッゲも同じで、目を見開きながらこんなものを酒と呼ぶ警備隊の正気を疑った。
「アルダ貿易都市警備隊が鉄則。酒の席、乱闘ならば、飲み比べ――互いの優劣を決めたければ、この酒を使え」
酒場で乱闘をするぐらいなら、飲み比べで勝負を付けろ。そう語ってからローディアは、二人の前に一杯ずつ、ジョッキになみなみと注いだかみごろしを用意した。
「こ、これ……」
こんなものを飲んだら死んでしまう。ハイリの本能が魔獣に相対した時よりも強烈な警鐘を鳴らしている。
ちらりと彼がロッゲへと視線を送れば、冷汗を垂らしたロッゲと目が合った。やはり、ロッゲも同じ思いなようだ。
「お、おいハイリ! べ、別に喧嘩なんて……」
「ああ、そうだよな! 俺たちは親友だ!」
いつもの雰囲気はどこへやら。魔法も解けて動けるようになった彼らは、途端に肩を組み合って笑顔を浮かべ始めた。
背に腹は代えられない。あんなものを飲むぐらいなら、気に入らない奴と肩を組むぐらいなんてことはない。
ただ、問題があったとすれば、
「私の酒が飲めないのか?」
「「はい、飲ませてもらいます!」」
相手がローディアであったことだろう。
おそらくはこれもローディアの教育の一環。酒の席とはいえ、慎みを忘れて暴れるような非常識な人間には強かな鞭を与えるのが、彼なりの躾なのだ。
「ああもうこうなったら飲んでやるよ! 覚悟決めろやロッゲェ!!」
「覚悟するのはテメェだハイリィ! よくも巻き込んでくれやがってよォ!!」
覚悟を決めたハイリとロッゲ。互いに相手が早く潰れてくれることを願いながら、豪快にジョッキの中身を飲み干すのだった――
☆
「警備隊恒例の奴が始まったわよ、貴方も混ざらないのかしら?」
「やめてくれコハク。あれに混ざったら命がいくらあっても足りない」
さて、酒の席ということもあってバカ騒ぎをする警備隊から離れた酒場の隅では、現在進行形で新人を囲って楽しんでいる彼らとは正反対に静かに酒を嗜んでいる人間もいる。
例えば、彼――自分が女であることを隠して警備隊に所属しているウルスクもその一人だ。
一応、彼としても、ああして人と集まって楽しむのもやぶさかではないのだが……如何せん、酒が回れば気が緩む。油断して自分の性別がバレるのを避けるためにも、彼はこうして輪の外側で酒を嗜んでいるわけだ。
とはいえ、一人で飲んでいるわけでもない。
彼の隣には、この酒場の店員の女が座っていた。
「相も変わらず楽しそうね、彼らは」
「半分空元気。犠牲者が出た」
「なるほど」
彼女の名はコハク。この店の看板娘である彼女がウルスクの隣に座って話していると、なんだか仲睦まじい恋人同士のようにも見える。ただし、二人の関係は友人だ。
それも――
「それにしても、いつまであなたは男装をしてるのよ。別に、警備隊だって男の仕事ってわけじゃないんでしょ?」
「別に僕だってしたくてやってるわけじゃないんだが」
コハクはウルスクの――ウルスラの秘密を知る数少ない人間の一人だった。家族を除けば二人しかいない。そんな友人だった。
だからこそ、女友達として二人は接していて、おかげで傍から見たら、男女にしては異様に距離が近いように見えるのだけれど。
「えーっと……家の都合、だったっかしら?」
「そう。他にも男の子を女装させてた家もあったし、そう言うモノなんだとばかり思ってたが……まさかこんな年になってまでやることになるとは……」
「おかげで口調も女の子らしくなくなっちゃったしね」
そんな二人が話す話題は、ウルスクの男装についてだ。
どうやら彼の男装は彼の意志によるものではなく、家のしきたりに従ったものとのこと。最初のころは女装をする男児の話も聞き及び、何らかのしきたりやゲン担ぎの一種と思ってたが……まさか、成人を過ぎてなおやらされることになろうとは。
余談だが、この国での成人年齢は16歳である。
「それじゃあ、今になっても警備隊で見習いを続けてるのも?」
「いや、そっちは僕のわがまま」
「あらそう」
ウルスクが13のころから警備隊に務め、なお見習いを続けていることはコハクも知っている。彼が見習いのままなのも不思議だが、コハクとしては見習いのまま五年も警備隊に居続ける方が不思議だった。
これもまた彼の家のしきたりなのかとも思ったが、そちらはどうも違うらしい。
「まあ、関係ないってわけじゃないけどさ」
「でも、兵士になりたいなら正式入隊試験を受けた方がいいんじゃないの?」
「ちょっとね」
此方もまた余談であるが、アルダ貿易都市並び、へディア王国の警備隊に所属する方法はいくつかある。その中で最もメジャーなのが、王都及びへディア王国内の限られた場所で受けられる『正式入隊試験』。それと、各都市の部隊長以上が課した試験を合格することで入隊できる『外部入隊試験』である。
ハイリ達が行っていたのは後者――外部入隊試験にあたり、担当したのは現在進行形で教育的アルハラに勤しむローディアだ。
そしてウルスクもまた、外部入隊試験によって入隊した人間である。
さて、正式と外部。この二つには様々な違いがあるが、その中でもとりわけ大きな違いが何かと言えば、見習い期間の長さだろう。
原則、正式入隊組には見習い期間が存在しない。それは、正式入隊組は試験時に三か月間の専用施設での訓練が行われるのが理由だ。そこでみっちりと兵士のイロハを叩きこまれることで、正式入隊組は見習いと同様の経験をするのだ。
だから、見習い兵士としての期間があるのは外部入隊組だけ。
なので、コハクはウルスクに対して、「そんなにも兵士になりたいのならば、正式入隊試験を受ければいいんじゃないか」と言った。
しかし、それではいけないらしい。
なにしろ、
「正式入隊だと性別が割れるからできない」
「あー……」
自分の性別を隠しきれるほど、正式入隊試験は緩くない。だからこそ、彼は外部入隊試験で兵士として認めらえる他ない。
とことん性別をひた隠しにするウルスクである。いったい何がそうさせるのか。ただ、ウルスラの家のことを知っているコハクは、その事情に深入りすることはできなかった。
「外部の見習いはその都市の警備隊部隊長以上の過半数から合格を認められなきゃいけないんだっけ?」
「条件の一つ、だけどな……」
コハクの言うように、外部入隊は規則が緩い分、見習いから正式な兵士になるまでの道のりが長い。最低でも一年間見習いとして過ごし、同輩上司からの信頼を勝ち取らなくてはならないのだ。
それを五年。自分はそこまで信用できない人間なのかと、ウルスクは思った。
「テンション低めね」
「ちょっとセンチな気分」
「ふーん……」
ウルスクの気分は優れない。それは顔を見れば判るし、いつになく積み重ねている酒量からも判断できる。ただ、だからこそコハクには解せなかった。
どうして今更になって、ここまで凹んでいるのだろうか、という疑問が。五年も見習いをやっていれば、自分以外の見習いが兵士に昇進するのをさんざん見てきたはずだ。
それに、最近まではここまで落ち込んではいなかった。となれば、ここ最近、彼が落ち込むようなイベントがあった――そこまで考えて、コハクは酒場の活気の中心へと目をやった。
そこでは、ここ最近になって警備隊に入隊した問題児三人衆ともう一人。この都市では見たことのない顔の新人が、先輩方の煽りに流されるままにかみごろしをラッパ飲みしていた。
(あれが原因かしら)
彼らが原因か、と疑われたら……まあ、その可能性は高そうだ。なにしろ入隊理由からして問題の塊なのだ。そうであったとしても不思議ではない。
だからこそ、コハクは思う。
(私の親友を傷つける様なクズなら、どうしてやろうかしらね)
五年間、見習いとしてウルスクが積み重ねて来た努力を彼女は知っている。それも、自らの性別を隠したまま。その努力を、もしも彼らが台無しにするというのならば――その時は、どんな手を使っても容赦はしない。
そう、彼女は覚悟した。
ただし、この先の未来を少し語るとすれば、その心配は杞憂に終わる。この先、思惑がこじれ、展開がひっくり返り、ややこしく事態が混線するけれど、それでもそのような未来は訪れなかった。
ただし、相当に面倒くさいことにはなるのだけれど。そして、その面倒くさい状況に追い込まれた親友を見て、またコハクは杞憂を繰り返すのだけれど。
さらに言えばその面倒くさい事情がブラックホールのように渦巻いて、彼女も巻き込まれてしまうのだけれども。
それはまた、少し先の未来の話だ。
☆
ウルスクが騒ぎの中心から離れて飲んでいるように、他にもちらほらと自分のペースでこの祝勝会を楽しんでいるグループが存在する。
「今回の新人、どいつもこいつもいい飲みっぷりさな」
「祝いの席ですしね。多少の粗相は見逃しましょう」
ルビーとヘパ。この二人もまた、祝勝会の中心から離れて飲んでいた。
「というか、どうしてこちらに参加しているんですかヘパさん」
ただし、実を言えばヘパは警備隊の人間ではない。一応、警備隊の貸し切り中だが……彼女が大騎士である手前、無下にすることもできない。そもそも、ヘパがここに居る理由はこうだ。
「酒のあるところにあたしありだ」
「相変わらずですね」
酒とたばこ。それとギャンブル。この三つを挙げれば、大体ヘパが関わってくる。彼女はそんな大騎士なのだ。
「あれでも都市の職人が作ってるんですよ」
「だからだよ。ったく、魔導強化煉瓦ぐらい支給してくれないもんかねぇ、お国さんは」
「申請はしてますよ。申請は」
魔獣に破壊された外壁の強度に嘆くヘパは、酒を浴びるように飲むどころか頭からかぶりながら、自分が仕えているはずの国へと文句を垂れる。
まあ、毎年のように魔獣被害に遭っているにもかかわらず、対魔獣用に強度を上げた煉瓦が、僻地とはいえ貿易都市に支給されず、内地の城を彩る調度品に利用されているのだから文句も言いたくなる。
「ヘパさん。来てたんですか」
「おう、来てたよローディアの坊主。あいっかわらず、あの程度で破壊されるような貧弱な外壁で安心したさな」
さて、そんな二人の会話にもう一人加わった。今しがた新人たちを酒で潰してきたばかりのローディアである。
「ローディア」
「なんでしょう、隊長」
「酒もほどほどにしとけ」
「心得ていますよ」
「……」
そんなローディアにルビーから注意が飛んだ。いやいや、これでもローディアは27歳。酒の飲み方だってわかっている――
「ならばなぜ、眼鏡のない鼻筋に指を当てているのだ?」
「……癖です」
「頭の上に眼鏡を乗せたままでか?」
「…………………………癖です」
「ハッハッハッ!! いいね、笑えるねぇ、坊主! ま、ここら辺でやめといてやりな、ルビー。ここは祝いの席、そうだろ?」
「わかってますよ」
酒の飲み方はわかっている。そう言いながらも、頭上に眼鏡をのせたまま、自分は眼鏡を装着していると勘違いしていたローディアであった。
その姿を見てケタケタと笑うヘパ。子供のような彼女の笑みを見て、眉をひそめながら眼鏡をかけ直したローディアもまた、彼女のことが苦手なようだ。
「隊長。少しお話があります」
「……大丈夫なのか?」
「話ぐらいはできますよ」
「それならいいが」
気を取り直して話をするローディアであるが、先ほどの姿はどうにも信用できないモノであったらしく、酔っているのに話せるのかという疑問符がルビーの顔にははっきりと表れていた。
ともあれ、今だから話したいことなのだろうと彼女は考える。だから彼女は、場を改めずに酒の席でその話を聞いた。
「侵入した魔獣についての話です」
「何か問題があったのか?」
話の内容は今回の一件について。どうやら、祝勝会の最中であっても、早く報告しておきたいことがあるらしい。
「報告に上がっていた魔獣と、実際の都市に侵入していた魔獣の数があっていません」
「……なんだと?」
「一匹、侵入経路が不明の個体が居ました。おかげで、今回は犠牲者が出てしまいました」
今回の魔獣襲撃では、魔獣が都市外壁を破壊したことで侵入を許してしまった案件だ。となれば、破壊された壁の穴以外に侵入経路はなく、そこを監視し続ければ侵入数はわかる。
しかし、今回の魔獣襲撃では想定外の個体が居た。
他でもない、ハイリ達の前に現れた個体だ。
あれがどこから現れた魔獣なのか、その一切が判明していないのだ。
「侵入経路が不明の魔獣、か」
「今回の魔獣が飛行型でないのは形態を見れば明白さな。となると、考えられるのは地中からの侵入じゃないかい?」
「予想される可能性の一つではあります、ヘパさん」
考え込むルビーの代わりに、可能性をヘパが言葉にした。確かに、空中と外壁以外からとなると、地中を通っての侵入としか考えられない。
ただし――
「事件後、周辺を捜索してもそれらしい痕跡が見つからなかったんですよ」
「なるほどねぇ……」
襲撃終了後、被害区域の確認と救助活動の合間に、地中からの侵入を示唆する痕跡の捜索も行ったが、それらしいものは一切見つからなかった。
「こりゃまた、変な話さな」
「ええ、ですので早々に隊長の耳に入れておこうと思いまして」
「わかった。ありがとう、ローディア」
侵入経路が不明の魔獣。もしもこれが、自分たちが知りえない未知の手段で侵入してきたのだとすれば……警備隊として、早急な対策が求められる案件だ。
しかし、問題が一つある。
「この手の話に詳しい奴が、生憎と中央の方に呼び出されてるのが問題だな」
「一応、ウィーディー副隊長は現在、王都を離れて帰還中とのことです」
この都市を守る警備隊。その中でも、魔獣の生態や研究に最も長けたもう一人の副隊長が不在なのだ。
本格的な調査をするにしても、彼女が不在だと思ったように進まないだろう。それほど、ウィーディーという人物は貴重な人材だ。
「とはいえ、彼女が帰還するまで調査をしないわけにもいくまい。臨時のチームを編成し、明日から調査に当たらせる」
「了解しました。では、今から私はメンバーの選出をしてまいります」
「悪いな、ローディア」
「仕事ですよ。あなたを支える人間として、最低限はこなすだけです」
そうして、侵入経路不明の魔物に対する対応が決定するや否や、ローディアは足早に酒場を後にした。
「できた部下だねぇ、ほんと」
「彼のおかげで、私はこうして隊長を務めていられるほどです。感謝してもしきれません」
「そうかいそうかい」
祝勝会の席とは言え、彼らは自分たちが民を守る警備隊であることを忘れない。
明日も、明後日も、その次の日も。いついかなる時であろうと、民を守れるように尽くすだけである。
「それでも、こう言うめでたい席で酒を飲まないってのは感心しないがねぇ」
「いいんですよ。私がいつでも戦えるから、彼らはああして何も考えずに楽しめるのですから」
そう言いながらルビーは、ぶどうジュースが注がれたグラスに口を付けた。
どんな時に、何が起きてもいいように。
じんわりと滲み出るような不穏な影は、その存在を希薄にしたまま暗躍する。もちろん、その胎動に全員が気づいていないわけではないけれど、全員が気づいているわけでもない。
これで終わったと思っているものも居れば、これは幕開けに過ぎないと想像するものもいる。
ただ、この中にこの騒動が巨大な盤面で差された一手に過ぎないことに気づいた人物は、何人いることだろうか。
盤面に並ぶコマたちが、その運命の行き先を知ることになるは、いつになることだろうか。
その未来は、そこまで遠くない場所にある。なにしろ、もうすでに運命の歯車は動き出したのだから――
手は指された。
盤上を睨む指し手が誰なのかは、まだわからない。
―to be continued
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