第10話 刮目する必要もない一週間


 特訓開始から早くも一週間が経過した。


 その間も彼らは、一人前の兵士となる為に雑用をこなしながらも、ウルスクの指示の下、特訓を続けていた。


 出されている課題は主に三つ。


 以前、兵士の資質として語られた四つの内、身体能力、武器技術、野営技能を磨くためのものだ。


 まず一つ目の課題が身体能力を鍛えるためのトレーニング。早朝の走り込みから始まり、腕立て腹筋スクワットのような一通りの筋トレが、彼らの一日の始まりとなっている。


 しかも彼らは負けん気が強く、他の奴らには負けられないとトレーニングの内容を自分勝手に増やしていて、結果ウルスクに言われていた量の数倍をこなしへとへとなったところから彼らの一日は始まるのだ。


 さて、こんな中で頭一つ抜けた結果を出したのは、意外にもブディールであった。


「ふっ、風の貴公子の実力を嘗めないでもらいたい」


 と、かっこつける彼だが、実際は皮なめし職人の見習いとして働いていた時に、師匠が作った革を依頼人の元に届けるため、都市の内外を東奔西走していた泥くさい努力の結果だ。


 長距離はもちろんのこと、重たい荷物をいくつも抱えて走っていたこともあって、十二分に足腰は鍛えられていた。むしろ、その腹回りはどうしてそんなにもたるんでいるのかと問いただしたくなるほどだ。


 そうして早朝トレーニングが終わり朝食を取った後、やりすぎた筋トレの休憩時間も兼ねた座学の時間が始まる。


「それじゃあ、今日はルスカンダ地方に広くみられる薬効植物について……寝てるね」


 野営技能にまつわるサバイバル知識の座学を担当するのは、警備隊の部隊長を務めるイグドラだ。主にここではテントの立て方や狩りの仕方、果てには夜間の安全地帯の見つけかたや魔獣からの逃げ方などなど、魔獣蔓延るこの世界を生きるためのあれこれを教えてくれるありがたい座学なのだが……朝のトレーニングで疲れ切った彼らは半分眠りながら受けていた。


 一応、大金を目当てに兵士を志す彼らだが、朝の時点でやる気は途切れてしまうようだ。


「眠るなど許されるわけが無かろうぅうう!! 私の美声で叩き起こして上げよう!! ラーラーラァァァアアア!!!」

「「「うるせぇぇええええええ!!!」」」


 まあ、彼らの不真面目な授業態度なんて端からわかっていたので、ウルスクは適任者を選んでいた。ベクトルこそ違うが、彼らの罵詈雑言に張り合えるような同類変態を教師に付けた采配は功を奏し――。


「さぁ答えてみるがいい! フタツオマダラサソリの毒に有効なシロカサネ草の使用方法はなんだね!」

「知るかそんなもの!」

「テメェーのケツに突っ込んでやるよ! ケツ出せケツ!!!」

「そもそも俺のデータによればフタツオマダラサソリはルスカンダ地方に生息してないんだよ!! 受講範囲外だろうがぁ!!!」

「うるさいぃぃぃ! 私の授業を寝て過ごそうなど許されるわけが無かろうぅううううう!!!!」


 本当に功を奏しているのだろうか?


 そもそもちゃんとした授業になっているのかすら怪しいラインだ。ただ、ウルスク曰く、


「……まあ、いいか」


 とのことなので、問題はないのだろう。


 そうしてこうして、イグドラ部隊長による野営技能授業が終わるころには12時を過ぎ、昼食の時間となる。昼食が終われば雑用の時間だ。見習いは衛兵としての仕事がない分、多めに雑用が割り振られている。

 無論、初日のような人手不足甚だしい雑用が割り振られるわけではないし、終わっておらずとも午後四時になれば中断してもよいため良心的だ。


 そして午後四時に、練兵場で三つ目となる特訓は始まる。


「よし、来たな。それじゃあ、戦闘訓練を始めるぞ」


 三つ目の特訓は戦闘訓練である。主に武器技術を磨き、魔獣や犯罪者を相手取る戦闘力を鍛えるためのものだ。


 講師は他でもないウルスクであり、彼は手慣れた様子で木剣をブンと振り回してから、練兵場に来た彼らを出迎えた。


「さて、今日は誰からくる?」


 未だ見習いであるウルスクだが、放つ威圧感は一人前の兵士にもなれないような未熟者が放つソレではなかった。歴戦とまではいかずとも、ただモノではない威風だ。


 無論、その風格は見せかけのものではない。


「「「今日こそはその首とってやらぁああああ!!!」」」


 素人とはいえ木剣を持った悪漢三人が同時に襲ってきているはずなのに、鎧袖一触で襲い掛かる木剣すべてをいなしきり、反撃までやってのけるほどの腕前である。


 彼の剣術の前には、悪漢たちは無様に地面に転がるだけだ。


「強すぎんだろ……」

「一応これでも、五歳の時から剣術指南を受けてるからな」


 何とか立ち上がるロッゲは、自分が使う一朝一夕の剣術との差を見てそうぼやいた。何分、相手は幼少期から剣術を磨いていた人間だ。実力差は歴然であり、敵わなくて当然だ。


「ふふ……だが、俺の伝説はここから始まるのだ!!」


 しかし、負けん気の強いロッゲである。頭が弱く、体力に優れているわけでもない彼だが、根性ばかりで付けられた土を振り払い、またもやウルスクへと斬りかかる。


「くっ……後れを取れるかァ!」

「まだ俺たちも戦えるぞ!!」


 そんなロッゲに引っ張られて、ブディールとポーノの二人も奮起する。


「意気は良い、けど勢いだけじゃ勝てないぞ」

「「「ぐぇ!?」」」


 がしかし、向かい来る足元を刈られて、再びか彼らは練兵場の大地へと転がった。これが、ここ一週間の練兵場での風景である。


「ふぅ」


 仲良く転がる三人を見下ろして、木剣を地面に突き立てるウルスク。それから彼は、ここまで一度も三人の襲撃に合流することなく傍観していた男へと視線を動かす。


「……それで、そっちは来ないの?」


 以前までの姿とは比べ物にならない程に消極的なハイリに向けて、彼はそう言う。


「あー……そうだな。ちょいとお手合わせ願おう」

「わかった。よし、かかってこい」


 返ってきた言葉は、どこか集中力を欠いたものだった。どうにも一週間前から、彼の様子がおかしい。……いや、様子がおかしいと言えるほど、彼と交流を持っているわけではないけれど。それでも、あの三人に劣らぬ勢いと醜さで騒いでいたハイリと比べてしまえば、どうにも何かがあった気がしてならない。


 熱量にかけ、ぼんやりとしていて、心ここにあらずといったような姿は、もしや何らかの病を患ってしまったかと思えてしまう。


 事実、上記の訓練では常に彼がびりっけつ。今までのような対抗心を燃やすこともなく、下位でいることに焦りを浮かべる様子がないほどの腑抜けぶりだ。


 それを三人に馬鹿にされても、多少言い返すだけで彼の無気力は変わらない。


 そして今も、明らかにやる気のない剣がウルスクへと向けられている。


「……」


 それがどうにも、ウルスクを不安にさせた。


 ここまで態度が変わるとなれば、何か理由があるはず。しかし、それを彼が話す気配はない。ならば隠しているのだろうが、隠されている側からしてみれば、あまり良い気にはなれない。


 もしや自分が何かをしてしまったのではないか、とも思う。実際、彼がこうなったのは訓練が始まってからだ。彼らの監督役を務める身としては、自分の行動によってハイリに嫌われてしまったのではないだろうかと邪推してしまう。


 ただ、なんにしても自分からそれを指摘する気にはなれないウルスクだった。


「剣が甘い」


 そうして、今日も腑抜けきったハイリの剣が弾き飛ばされる。


 飛んでいった剣を眺めながら、改めてウルスクは思った。


(やっぱり、少し気になるな)


 彼も騎士を目指す見習い兵士の一人である。そして、騎士になる為の功績の一つとして、彼は自分が監督役を務めた兵士が一人前になった実績が欲しい。


 その目的を達するうえで、綻びができるのはなんだか気持ちが悪い。それに、ああまで急に態度を変えられるのもまた、自分が悪いことをしたようで、どうにも落ち着かない。


 しかし、どれだけ考えても、ハイリの無気力の理由がわからない。


「どうした、ウルスク?」

「ああ、いや。……なんでもないよ、ハイリ」


 直接訊くことができないのは彼の性か。この日もまた、沈む夕日を背にして訓練は終わるのだった。



 ☆



 訓練の終了を告げる午後六時が過ぎた後は夕食が始まる。その後、各員は各々に割り振られた雑用をこなしつつ自由時間だ。


 この間に、今日一日の汗を流すためにシャワー室に入ることもできるし、警備隊宿舎の近くにあるアルダ貿易都市の図書館へと足を運び、本を読むのもいい娯楽になるだろう。


 一応、罰則で警備隊で働くことになった見習い四人であるが、この時間ならば外出も許されている。


 まあ、許されているだけで、彼らはあまり外に出ていないのだが。何分、ロッゲ達が酒の席で粗相をした結果ここにたどり着いたこともあって、彼らは飲酒のできる店への入店が禁止されているのだ。


 となると、やはりわざわざ街に出てまでやることがない。そんなこともあって、この時間は主にトランプを使って見習いたちは暇つぶしをしているのだが――


「……やっぱ夜は冷えるな」


 一人だけ、なんとなく夜風に当たってぼんやりとしている見習いが居た。他でもない、腑抜けたハイリである。


 ここまでくるとトランプをする気力もないというのか、彼は宿舎外のベンチから街の景色を眺めながら、夜風の寒さをぼやいていた。


「俺、なんでこんなところに居るんだろ」


 夜の暗幕の中でキラキラと輝く星々を見上げながら、うらやむように彼は呟く。

 彼が一人で外にいる理由は単純なものではない。かといって、長々と語るほど複雑というわけでもない。


 ただ、なんとなく。彼らの傍に居たくなかったのだ


 なぜなのか。それもわかっている。しかし、どうすればいいのかがわからない。この一週間、ずっとずっと考えているのに、答えが出てくる気配なんてない。


 だから今日も、彼はここにいる。一人っきりで。


「なんだい、がきんちょが随分といっちょ前に深刻そうな顔してるじゃないか」

「……誰だ?」

「さてね」


 星空から目を背けるように俯いていると、知らない声が彼の隣に座り込んだ。誰かと思い顔を上げてみれば、そこに居たのは葉巻を咥えた老婆であった。


「お姉さんと呼びな」

「いや、ババ――熱ッ!?」

「レディは敬うモノさな、小僧」


 どう見てもお姉さんとは思えない貫禄を備えた肌をしているが、本人曰くお姉さんらしい。それでも婆と呼ぼうとすれば、ハイリのように額に葉巻で根性焼きをされてしまうことだろう。熱い。


「それで? 子供は家に帰る時間だってのに、どうしてこんなところに居るさな」

「子供じゃねぇ……18だ」

「70過ぎた婆から見れば子供さな」

「どっちだよ……」


 婆なのか、お姉さんなのか。とても理解に苦しむハイリであるが、下手なことは言わないように口を噤む。またもや根性焼きをされてはたまらない。


「それにしても辛気臭い面だねぇ、小僧。なんだか、自分はこの世界に一人っきりだって駄々こねてるみたいじゃないか」

「うぐぅ……」

「なんだい、適当言ったが図星だったさな」


 老……が適当なことを言ってみれば、存外にハイリの悩みを言い当ててしまった様子。図星を突かれた彼は、ばつが悪くなってそっぽを向いてしまった。


 そんな様子を見て、またもやは言う。


「ほぅら、子供さな」

「うるせぇ!」


 苦手なタイプの人間だ、とハイリは思った。何しろ彼は老人を見ると、どうにも故郷の村のことを思い出してしまうのだ。


 悪習に塗れ、若者を犠牲にして成り立っていた村のことを。そんなことを思い出してしまうモノだから、どうしても彼は老人に好印象を持てなかった。


 今だってそうだ。自分を王様か何かだと勘違いした年長者は、こっちのことなどお構いなしに必要もない説教をし始める。


 ……本当に? 説教はともかく、今のハイリには本当にそれは不必要なものなのか。一人で悩んで、結局答えが出ないのなら、必要なのではなかろうか。


「……なんだか周りに置いてかれてる感じがするんだよ」


 そう思っていれば、自然に彼の口から言葉が零れていた。


「へぇ、そうかい。まあ、若者にはよくある話さな」

「うるせぇなぁ……」


 ただ、どんな事情があれ、自分の悩みをざっくばらんに切り捨てられてしまえば、言わない方がよかったかと後悔してしまう。


 ただ、がそう言うのも仕方のないことだ。


「そりゃそうさ。なんたってあたしゃあんたのことなんてこれっぽっちも知らないわけで、その一言だけじゃそこら辺の若造の戯言にしか聞こえないさな」

「それもそうか」


 事情も何も知らない人間が、一言二言の事情を聞いたところでそのすべてを察することなどできるわけがない。そんな上で、有意義な答えが返せるわけもない。


「ま、大方、明確な目標がある同期との熱量の違いに疎外感を感じてるってところかね」

「……俺、お前、嫌い」

「人間、嫌われた方が味が出るさな」


 このは人の心が読めるのだろうか。少なくとも、自分の中にぐるぐると渦巻いている悩みを言い当てられたハイリは、嫌悪感を隠そうともせずに眉を顰めるばかりだ。


「解決法なんてもんは星の数ほどあるさな。ただ、そう言うもんはこんな寒空の下じゃなくて、酒場で聞くって相場で決まってる……そんなわけで小僧! 飲みに行くさな!」

「いきなりだなおい……つか、俺酒飲んだことないんだけど……」

「ほん、そりゃあちょうどいい口実だ。安心しな、何があっても宿舎には戻してやるからな」

「安心できる要素がひとつもない……!?」


 そも、こちらの事情などお構いなしに話を進める老人というモノがハイリは大嫌いだ。そんな奴との席で飲む酒がおいしいとは思えない。酒など飲んだことはないが。


 だからすぐさま逃げ出そうとしたが、気づかぬ間に襟首をつかまれていたことによって阻止されてしまった。


「あたしの酒が飲めないってのかい」

「くそ不味そうだからな!!」

「良薬は口に苦しっていうさな」

「酒は薬じゃねぇ!!」


 夜の街並みにドナドナと怒声がこだまする。しかし、ハイリの抵抗もむなしく、彼は酒の席へと連行されてしまうのだった――




「さあ、着いたよ。この町で一番不味い酒屋だ」

「風評被害甚だしいな」


 そんなことを嘯くがハイリを連れて来たのは、ぽつぽつと連なる街灯に照らされた都市の大通りから逸れた路地裏にある店舗だった。


 石畳の街並みに在って、どこか大自然に埋もれた洞窟のような色味に欠けたその店は、秘密基地とも呼べるような存在感でこじんまりと佇んでいる。入り口のドアのすぐ横には、『バー・石の入り江』という看板が添えられていた。


 どうやら、ここがのお気に入りの店らしく、ハイリの首根っこを掴んだまま彼女は店の扉を蹴り開けた。


「邪魔するよ爺!」

「うわぁ……」


 その姿はまるで強盗犯。警備隊の見習いとして取り締まった方がいいのだろうかと迷うハイリだが、取り締まろうとしたところで捕まえられる気配がないのでやめた。


「今日も来たか婆」

「くたばっちゃいないようだねぇ」

「そっちこそ、な」


 ただ、の入店方法に比べて店内の様子は落ち着いたものだった。これが彼女らにとってのいつもの通りなのだろう。まあ、店内でを出迎えたスキンヘッドの老爺は、彼女の入店を煩わしそうにしているけれど。


 ただ、二人の老人のやり取りよりも、ハイリには気になることがあった。釘付けになるものがあった。


「あ、貴方は……!!」


 店内には店主のほかに客が一人――静かに酒を嗜んでいる女性が居た。それは、ハイリが知っている人物。彼が見習い兵士になる、ある意味ではきっかけになった人物――


ルビー隊長御胸様!」

「な、なんでお前がここに居るんだ!! というよりも、どうして私の名前を知っている!」


 酒気を帯びて顔を赤くしたルビーがそこには居た。


 ―to be continued

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