第9話 磔刑の森


「気を取り直して、訓練するよ!」

「ちょっとまってウルスク……まだ酔いが……」

「う、うるさい! 話を聞くことぐらいはできるだろ!」


 練兵場近くにある医務室で傷の治療を受けた四人は、改めて練兵場に集合する。練兵場の黒土に足を踏み入れると、すぐに待ち構えていたウルスクから声が掛けられた。


 例の包帯は自分の部屋に押し込んできたらしい。まだ恥ずかしさが残っているのか少しだけ顔が赤いようだが、そんなことを気にしていたら日が暮れてしまう。


 そして日が暮れれば、あの大量の包帯の処分に困ってしまう。

 女であることを隠している以上、週に一回の誰にも見られずにゴミを処分できるタイミングを逃すわけにはいかない。 


 故に、彼はさっさと訓練を終わらせるためにも、練兵場に来た四人を何食わぬ顔で迎え入れ、すぐに訓練前の説明を始めるのだった。


「とりあえず、ハイリの酔いが覚めるまで兵士についての座学から」


 ハイリは未だ酔いが残っているし、他三人も怪我人と言えば怪我人だ。彼らの事情を酌み(というか、半分以上はウルスクの責任である)、まずは座学から始まった。


 練兵場の隅。練兵場と隣り合う厩舎の近くにある柵に移動した彼らは、そこで兵士とは何かという話を聞いた。


「兵士に求められる資質は四つ。身体能力、武器技術、野営技能、魔術理解の四つだ。それぞれがどんな役割を持っているのかは、なんとなくわかるよな?」


 言葉の最後に疑問符を付けたウルスクは、ちらりと横一列に整列した四人の一番端にいるロッゲたちを見る。答えて見ろということだ。


 馬鹿で変態なロッゲたちだが、彼のアイコンタクトが示すところはしっかりと理解している。だから、一人ずつ順番に求められたものについて答えていった。


「身体能力はそのまんま、筋力とか持久力とかそういうのだな」


 まずはロッゲ。


「武器技術は武器を使えるかどうか……だったか。いや、武器だけじゃない戦闘技術も含まれたはず」


 次に、自信なさげなブディールが答え。


「俺のデータによれば、野営技能は野宿や薬草学、地質や地理に関する学問が含まれていたはずだ」

「「なっ……!」」


 三番目となるポーノがやけに流暢に説明したことで場をざわつかせた。


 そして四番目。ここまで来ればわざわざアイコンタクトをする必要もなかろうハイリの番である。


 残るは魔術理解の項目のみ。ただ――


(魔術ってなんだ……?????)


 それが何かを彼は知らなかった。 


(待て待て待て。お前らさも当然のように答えやがって、俺だけ遅れてるみたいじゃねぇか)


 魔術。魔術……少なくとも、故郷の山村でそんな単語を耳にしたことはないハイリである。無論、わからないならわからないと答えればいいはずなのだが――


(こいつら、俺がわからないって言ったら絶対に馬鹿にしてくる……! それだけは、なんとしてでも阻止しなければ……!!)


 日々を喧嘩腰に蹴落とし合って過ごしているハイリ達変態四人である。そんな環境故に、お互いに対する対抗心は無駄に育まれた結果、弱みを見せること自体が憚られた。


 魔術。魔術……まじゅつ……まずつってなんだ?


「魔術……、ま、魔法みたいなもんだろ……」


 そうしてやっとこさ捻り出したのは、答えにもなっていない言葉であった。魔法と魔術。魔繋がりで出てきたものを例えに出しただけだが、生憎とハイリは魔法が何かすらもよく理解していない。


 魔法と魔術。前者については名前ぐらいは聞いたことがあるけれど、どちらもハイリの居た田舎では見なかったのもなのだから。


「おやおや。まさかハイリ君、魔術を知らないのかな?」

「おいおい、ブディールよ。まさか魔術を知らない奴がいるわけがないだろう」

「もしそうだとすればとんだ笑い話だぜロッゲ」


 案の定、揚げ足を取るような構えでハイリを囲む他三人である。ハイリの取り繕いを一瞬で看破した彼らだが、その能力をもっと有用な使い方ができないのだろうか。


 内ゲバというかなんというか。相も変わらず、争いが好きな連中である。


「い、いや、知ってるぞ!」


 もちろん、恥をかきたくないハイリは意地になって反論する。


「あれだろ、あれ! こう、強くなったり、強くなったり! 強くなったりするやつ!」


 ただ、反論するぐらいならばまず彼は語彙を磨くべきだろう。何かを取り繕うにも、彼の言い訳は底が浅すぎる。


「まあ、ハイリの説明もあながち間違いじゃないな。ただ、そういうロッゲ達も、魔術がなんなのか、しっかりと説明できるんのか?」

「うっ……」

「そ、それは……」


 さて、ここからさらに言い合いに発展するかと思いきや、話しを早く進めたいウルスクからの援護がハイリを守った。


 彼の指摘に狼狽えるロッゲとブディール。どうやらこの二人も、魔術がなんであるかを知らない様子。これには流石のハイリも怒り出す。


「おめぇーらも知らねぇじゃねぇか!!」

「う、うるせぇぞハイリ! 魔術と魔法何が違うんだよ!」

「俺は知ってるぞ! なんたって風の貴公子だからな!!」


 ウルスクの援護もむなしく喧嘩は始まってしまった。見方を変えれば仲がいいとも取れるけれど、なんと騒々しい連中だろうか。


「ま、俺は知っているけどな。無知共は勝手に争えばいいさ」

「んだとポーノ?」

「晒上げんぞ」

「おら、磔刑じゃ磔刑じゃ」

「やめろ貴様らァああああああ!!!」


 ここで余裕綽々のポーノである。もちろん、そんなことを言うモノだから、三人の標的は一瞬にしてポーノへと移った。


 まあ、自慢のために鼻につく態度を取った彼の自業自得だろう。


「楽しんでいるところ悪いけど、話を戻すぞ」

「「「「はーい」」」」


 さて、磔にされたポーノは捨て置かれたまま訓練は進む。


「さっき言った通り、魔術は習得にしばらくかかると思うから、別の機会にさせてもらうとして……まずは、残る三つの項目を鍛えてもらうことになる」

「質問いいか?」

「いいぞ」


 説明の合間にロッゲが手を挙げて質問をする。


「俺たちの罰則は一年こっきりのはずだが、そこまでする必要があるのか?」


 確かに、とロッゲの疑問に他の三人が同意した。聞けば、アルダ貿易都市の警備隊の見習い期間はおおよそ一年。そして、彼らが罰則として兵士を務めなければいけない期間も一年である。果たしてその間、兵士になる為の訓練をする必要があるのか、という話だ。


「確かに、元の職に戻るとすれば、ここでの学びはあまり活かされないかもしれない」


 ロッゲの問いにウルスクは同意しつつ、ただと付け加えた。


「ただ、期間を満了した際は晴れて警備隊のメンバーになれるし、そこで功績を残せば騎士への昇進だって夢じゃないはずさ」

「騎士?」

「昇進?」

「兵士から騎士になれるのぐらいは知ってるだろ。それに、騎士ではなくとも兵士の給料にもなればそれなりの額になるぞ」


 アルダ貿易都市を擁する大国へディアの軍には、大きく分けて騎士と兵士という二つの階級がある。無論、階級として分けられているのは伊達ではなく、この二つには国からの給金に置いて数倍近い差が出る。


 そして兵士の給金に関しても、ウルスクから教えられた額だけでロッゲ達が元の職で稼いでいた数倍の月給であった。


 それに、一般兵はその功績が認められれば騎士になることができ、騎士となればアルダ貿易都市のような犯罪率の高い辺境から離れて違う国の中央に住むことだってできよう。


「ちゅ、中央住み……」


 ロッゲの口から、垂涎のように言葉が漏れ出る。


「それに中央は食事がすごい美味いらしい。それこそ、古今東西の美食のレシピが集まるからな」

「飯ィ!?」


 ウルスクが囁く夢のある中央での暮らしを聞いたブディールが、餅のようにまるい腹を揺らして驚愕を露にする。


「お、俺のデータでは……さらに上の大騎士ともなれば、たった一日で一生遊べるほどの金を手に入れられると……」

「大騎士になれれば、だけどね。とはいえ、兵士ってだけでもかなり給料に差が出るはず……」


 そう言いながら彼が四人へと囁いた月給は、ブディールたちの元居た職場では三か月は働かないと手に入らないような金額であった。


「それに……騎士になればモテるぞ」

「「「なんだとォ!?」」」


 最後に、モテると聞いた彼らの目は色めき立った。


「……?」


 ただ、ここに来ていまいちピンと来ていない男が居た。


 ハイリである。


 というのも、田舎の外のことをあまり知らない彼からすれば、国の中枢や騎士としての名誉など、あまり興味がない。尚且つ村に住んでいたころは半ば村八分の生活であったため給金に関しての見識も浅い。そもそも、彼のいた村は古い悪習が残っているような片田舎である。物々交換が成り立っていたこともあってか、金といった文化すらも希薄だった。


 モテるに対するリアクションにも少しずれがあって、どうにも彼の興味の核心を突いているように思えない。


 そうした理由から、ハイリは兵士になることにそこまで魅力を感じなかった。ただし、それはハイリに限った話で。


「お、俺……絶対騎士になるぜ!」

「ふっ、風の貴公子を世界は必要としているのだな!」

「俺のデータによれば、兵士となり騎士となり、国に務めることが賢明だな」


 俗世の欲に塗れた彼らにとって、これ以上ないほどの話だったらしく、目を輝かせた彼らは、口々に手のひらを返したような夢を語っていた。


「そうとなればさっそく特訓だ!」

「おい、何をぼさっとしているハイリ!」

「さあ、ウルスク! 俺たちは何をすればいい!?」

「ああ、えっと……とりあえず、練兵場を一周してきてくれる?」

「「「行くぞてめぇーら!!」」」

「ちょっ……首を掴むんじゃねぇぇええええ!!!」


 予想以上にやる気を出した彼らのテンションには、流石のウルスクも引き気味である。


 とにもかくにも、やる気を出した三人は、ハイリを無理矢理連れて走りに行ってしまった。


「焚きつけ過ぎたかな……」


 その背中を見送りながら、ウルスクは思う。


(……兵士の死亡率については……まあ、言わないほうがいいか)


 兵士たちの給金が高額なのは、その仕事の危険性故のものだ。魔獣被害の対応に出た兵士が行方不明になるなど珍しい話ではなく、毎年のように出る国中の死人の多くは兵士である。


 命を懸けて都市を守り治安を維持する。高額の報酬はその対価であり、また金に釣られた人間を兵士にするためのものでもあるのだ。


 それを彼らに教えないのは不誠実かと思いつつ、嘘はついていないと自分をごまかすウルスク。


 実は彼には、とある目的があった。


(ちょっと不安があるけど、あいつらを一人前の兵士に出来れば……僕も、やっと見習いを卒業できるはずだ)


 彼はウルスク。

 アルダ貿易都市警備隊所属、兵士のウルスクだ。


(ここに来て五年が経ったけど、ようやくチャンスが来た。見習いを卒業できれば、僕にも騎士になれるチャンスが来るんだ。騎士にさえなれれば――)


 見習い期間は一年。もちろん、それは基準であり短くも長くもなるが……彼は既に五年もこの警備隊に見習いとして所属している。本来であればおかしなことだ。だからこそだろう。彼は、その見習いからの卒業を強く望んでいた。


 そして――


(騎士にさえなれれば、僕は自分のことを隠さなくてよくなるはず)


 より強い想いで、はそう願った。



 ―to be continued

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