第8話 ぐ~るぐるまわ~れ


 四人が見習い兵士として認められた翌日。


 彼らは日が昇り切らない午前4時にウルスクに叩き起こされることなく、昇る朝日と共に鳴らされた起床のラッパによって目覚めた。


 その事実が信じられなくて、もう一度眠ろうとした。そこで見回りをしていたウルスクに叩き起こされて、一行は朝食を取りに食堂へと向かった。もちろん、この一週間の経験が、別世界に来てしまったのではないかと彼らの目を瞬かせる。


 それから、信じられないモノを見るような手で朝食を口にした。なお、今日の献立は野菜を適当に煮て味付けしたスープである。


「うめぇ……うめぇ……」


 それを一口食べたハイリの感想がこれである。涙を流すほどだ。彼に続き、ロッゲ達も朝食を口にしていった。


「うますぎる……俺、死んだのかな……」

「おいロッゲ。それはつまりここは天国だったってことか?」

「データが正しければ、ここが天国ならば俺を求めてやまない美少女天使が溢れるほどいるはずだ! もどれ、ここは現実だ!」

「お前ら、食事の時ぐらい静かにできないのか!?」


 朝から疲れ切った時に食べる朝食とは違う甘美で爽やかな食事は、彼らの価値観をひっくり返すほどの感動があった。それこそ、ここは労働のあまりに倒れた先で見る夢かと勘違いするほどに。


 それにしては、ポーノの言った天国の基準は汚れている気がするが、まあ横に措いておこう。詳細を訊くのも気分を汚しそうだ。


「とりあえず、食べ終わったら練兵場に来ること。遅刻は厳禁だから」

「うっす」


 感涙にむせぶ彼らを余所に、いち早く朝食を食べ終わったウルスクがそう言い残して、食器を片付ける。その背中に、行儀悪くスプーンを口に咥えて喋るハイリが疑問をぶつけた。


「そういや、雑用っていつするんだ?」

「今日の午前中は訓練。雑用は午後から訓練が終わり次第。とりあえず、手の足りないところに行ってもらうから、覚悟するように」

「「「「なに……!?」」」」


 ウルスクの言葉に四人のスプーンが落とされた。


「一日中雑用をしなくていいのか!?」

「睡眠! 睡眠時間はどうなんだ!」

「待て、罠かもしれない! お前ら厳戒態勢だ!」

「天国はここにあった……」


 上からハイリ、ブディール、ポーノ、ロッゲの言葉であるが、あまりにもオーバーリアクション過ぎないだろうか。……いや、惰眠を貪り続けたクズが、苛酷な労働環境に身を置かれて少しはまともになったとみるべきかもしれない。


「そう言う話は後! ほら、さっさと食べろよ!」


 騒ぐ四人のせいで周囲の視線を集めていることを気にしたウルスクは、そう言って足早に去って行ってしまった――






「へぇー……あれがあの、ローディア副隊長の試験を乗り越えたって言う……」

「期待の新人だな」


 噂の絶えない朝食の席では、彼らの周りの先輩たちがそんなことを囁く。しかし、感動のあまりそんな声など聞こえていない彼らは、ウルスクに言われた通りさっさと朝食を食べてから、急いで練兵場へと向かうのだった――



 ☆



「よう、後輩共! 俺はベルへット!」

「僕はサバルディ。これからよろしくな」

「お、おう。よろしくお願いします」

「それじゃ、訓練頑張れよ後輩共~!!」


 さて、そんな練兵場へと向かう道すがらで、彼らはすれ違うたびに先輩たちに声を掛けられていた。

 今しがたも、筋肉質な衛兵ベルヘットと、こじんまりとした雰囲気の衛兵サバルディが、名乗りつつ挨拶をして去って行ったところだ。


 彼らの背中を胡乱気に見送ったハイリが、なんとなく口を開いた。


「なあ、あれなんだと思う?」


 あれ、と差すのは先輩たちの自己紹介のことだ。フレンドリーな彼らに何の問題があるのかという話だが、ハイリの経験上、あそこまで人に好印象を持たれて接してもらったことがないが故の疑問である。


 それもそうだ。何しろ、彼が生まれた村は同年代に欠けていた。唯一いた幼馴染も、その親が生贄の風習を嫌って村を出て行ってしまった。そして、彼の祖父がそうであったように、彼の印象は村人の中では最悪すら生ぬるいほど低かった。村八分である。


 すべては村からの脱出を画策した結果、手段を問わずに罠を仕掛け、村を滅茶苦茶にした過去が原因なのだが……まあ、彼なりにも理由があったのだ。


 ともあれ、そんな経緯によって、彼は純粋に人の好意というモノに慣れていなかった。だからこそ、あの人の好さそうな笑顔に疑問を覚えたわけで、その理由を近くにいた同類(本人はそう思っていない)に訊いたのだ。


 ただ、ここで問題があったとすれば、訊いた人物が最悪過ぎた。


「なにって、罠の準備だろ?」

「は?」


 ロッゲ達三人は、変態の二つ名で知られるの都市の問題児である。もちろん、都市の住人から好かれているはずもなく、むしろその変態性故に女性からの評判はめっぽう悪い。


 広まりすぎた悪評によって、初対面の人間にも名前を知られただけで険しい顔をされるほどには、彼らは悲しき過去を背負っていた。悲しきかな。故に彼らは、他者から受ける好印象というモノを知らなかった。


「俺のデータが正しければ、おそらくはローディアの刺客だろう。ああやって人のいい笑顔を見せて油断させておいたところを、一気にぐさりだ」

「懐かしいな。確か、ロッゲがおやっさんに殺されかけたのって三年前だっけか」

「三年前はナンパした女の子の婚約者に殺されかけた時だぞブディール」

「それは五年前だぞポーノ。はっはっは」


 悲しきかな、彼らは人のことを信用することのできない生態らしい。


「気を付けろハイリ。このままじゃお前、殺されるぞ」


 故に、ロッゲは他人を簡単に疑うし、その意見に誰も異論をはさまない。


「嫌だよ俺死にたくねぇよ!」

「ふっ、手はあるぞハイリ。つまりだ、奴らは此方が油断した隙にしか行動しない」

「つまり、こちらから威嚇をし、何かをされる前に奴らを追い払えばいい。俺のデータにはそう書かれている」


 完全なる杞憂に不安がるハイリには、ブディールとポーノの助言が与えられた。もちろん、今しがた話しかけて来たベルヘットやサバルディは、彼らを陥れようなど一ミリも考えていないのだが……生憎と、表裏のない笑顔に出会ったことのない彼らである。むしろ、その理論の方がしっくり来てしまったのだ。


 まあ、今回の件に実の祖父に神の生贄にされかけたハイリの経験が大きく関与しているため、一概に彼らのことを悪くいうこともできない。


 そんなこんなで彼らは、勘違い甚だしい予想から、見当違いの対策をするのだった――





「そういえば、新人の話聞いたか」

「おう、聞いたぜ。なんでも、あのローディア副隊長の極悪試験を乗り越えたんだってな」

「あの人だけ、外部入隊試験の難易度異常なんだよな……」


 さて、こちらはハイリ達の先輩にあたる衛兵たち三人組である。朝食を終えて支度をした彼らは、このまま練兵場で一通りのトレーニングをした後、巡回の仕事に出るつもりで廊下を歩いていた。


 そんな合間に話されるのは、今話題の新人見習い兵士について。聞けば、あの一人の合格者も出していないローディア副隊長の試験を突破したというではないか。


 余談であるが、いくつかある新兵の入隊方法の内、ハイリ達が通過した外部入隊者用の試験は、ルビー以下九人ほどいるアルダ貿易都市警備隊の責任者の誰が担当するか内容が変化する。その中でもローディア副隊長が受け持つ試験は、内容の苛酷さと性格の悪さでとても有名だ。


 何しろ彼の試験では、一人じゃこなせないような労働を新人に押し付けて、ここに居る限りこんな仕事がずっと続くのだと錯覚させるというもの。その上で、どこまでその新人が耐えきれるかというのを測るのだから、性格が悪いと言われても仕方がない。


 彼にまつわる冷刻の二つ名は伊達ではないのだ。


 だからこそ、今まで合格者を一人として出さなかった試験を乗り越えた新人たちに注目が集まるし、一目見ておきたいと話題になる。


「と、あのノッポはもしかしたら……」


 さて、そうして話していると、練兵場に向かう廊下の奥の方で歩く彼らの姿を見つける三人。特に背の高いポーノが目立つらしく、遠くからでもその存在はわかった。彼らがどんな人物かに興味がある三人は、声を掛けようかと彼らに近づく。


 が、その足は止まった。


「え……」

ふぁほふほへんはひははどうも先輩方ほはほうほほはひはふおはようございます

「お、おう……え?」


 なにしろ、そこに居たのは包帯によってぐるぐる巻きにされた男一人を、木の柱に磔にしながら行進する奇妙な集団だったのだ。


ほうひゃひぃひゃひひゃはどうしましたか?」

「あ、い、いや……」


 しかも、三人を見ていの一番に挨拶をしてきたのは、よりにもよって磔にされた男だった。男はミイラ男も真っ青になるほどの包帯でぐるぐる巻きにされており、ミノムシが如きシルエットでもごもごと何やら喋っている。


 おそらくは挨拶をしているのだろうが、ちっとも彼が何を言っているのかわからない。そんなもんだから先輩三人は返事に窮した。


「おい、どうすんだよこれ」

「お前が話しかけたんだろ!」

「やべぇよあいつら……!! マジでやべぇよ……!!」


 一旦離れて小声で作戦会議をする三人。この間も、声をかけてくるのは磔にされたミノムシ男だけであり、それを軍旗のように堂々と掲げる三人は一向に喋る気配を見せない。


 ヤバい奴に話しかけてしまったと、最初に声をかけた男は後悔し始めた。


「わ、悪い! 俺たち急がなきゃいけない用事があるんで!」


 とにかく、今は彼らと関わらないようにしなければという彼らが抱いた防衛本能はもっともなものだ。急ぎの用事があると言葉を濁してそそくさと逃げて行ったのは英断だろう。


「ふっ、俺たちの完璧な作戦に恐れをなしたようだ」

「名付けてミイラ男作戦。無防備すぎるがゆえに、奴らは警戒心を抱かねばならぬのだよ」


 さて、先輩三人が逃げたところで、ようやくロッゲ達が口を開いた。


ふぉいおいひはほうふぁっへふんふぁ今どうなってるんだへんへんはへひへはひふふんふぉ全然前見えないんだけど

「安心しろ。今、敵は逃げたところだ」


 頭から足先までぐるぐる巻きにされた上で、木の棒に磔にされているのはハイリだ。彼は顔すらも包帯で塞がれているため、辛うじて景色のシルエットしか見えない状態。故に、何かが来た、離れたはわかるのだが……状況は全くつかめていない。


 ただ、一つだけ分かることと言えば――


はひはははひはっへふひはひへひは何かが間違ってる気がしてきた


 何かどころか何もかもが間違っているのだが、今更作戦を止める者などいなかった。そうして彼らはミイラ男と化したハイリを盾に行進することで、目論見通り誰からも話しかけられることなく、宿舎から離れた屋外にある練兵場へとたどり着くのだった。


 同時に、新人という称号と語られる噂が、ローディアの試験を受けた期待の新人から、近寄ったら何をされるかわからないやべぇ奴になったのは言うまでもないだろう。


「……何をしてるのさ」

「ふぉのほへはうるふふは」


 当然だが、練兵場で彼らを待っていたウルスクは、奇行に走る彼らを見てため息を吐いた。いったいどうして彼らはハイリを包帯でぐるぐる巻きにしているのか。そしてなぜミイラ男となったハイリを誇らしげに掲げているのか。


 何もかもわからない。脳が理解を拒んでいる。

 そもそも、男一人をぐるぐる巻きにできる量の包帯をどこから見つけて来たのか――


「……あ」


 そこで、ウルスクの脳に電流走る。

 どうやら、ハイリ達が使っている包帯に心当たりがあるらしい彼は、いやいやまさかと自分の思いついた可能性をそんなわけがないと否定しつつ、念のため彼らに尋ねる。


「そ、その包帯……どこで用意した奴なのさ……?」

「ん、これか」

ふいはんはは着いたんならほほひへふへほどいてくれ


 ハイリを磔にした棒を地面に突き刺しつつ、ロッゲはウルスクからの問いに答える。


「ちょうどゴミ置き場に新品っぽい包帯が大量に廃棄されてたんだよな。短めに千切れたが、そこは裁縫で繋げれば――」

「きゃぁあああああああああ!!!!」


 その時、突然ウルスクが叫び声を上げながらハイリへと掴みかかった。そして全力でつかんだ包帯を引っ張り、まるでコマのようにハイリが回りだす。


「うわぁあああああああああ!?!?」


 ハイリの絶叫がこだまする。

 更には、地面に木の棒で突き立てられていることもあって、その回転はすべての包帯がハイリから引きはがされた後も続いた。


 回る、回る、ハイリは回る。


 しかも動く。


「ちょ、こっち来るなハイリ!」

「そ、操作が効かねぇんだよぉおおお!!」

「これは、俺のデータ上逃げるが吉!!」

「逃げろぉおおお!!!」


 凄まじい回転によってコマとなったハイリは、コマの如く無軌道に動き出した。そして、偶然にも近くにいたロッゲ達へと襲い掛かる――


 その勢いは人間が括り付けられた木の棒とは思えないほどに早く、おもりハイリの重さに比例して威力は高い。故に、コマと化したハイリが散々に暴れまわった後に残ったのは、ぐったりと倒れる仲間たちの姿だった。


 弾き飛ばし、足蹴にして、ようやく回転が止まったハイリはよろよろとたたらを踏んで、数歩先で蹲る。


「うぅ……め、目が……おろろろろろろろろ」


 当然の結果か。

 目を回しきったハイリは、スクランブルエッグとなった思考のまま、今朝食べたばかりのスープを練兵場の大地へとぶちまけるのだった。


「こ、これ、ちょっと捨ててくるから!!」


 そして、この惨事を引き起こした張本人とも言えてしまうウルスクは、ハイリからはぎ取った包帯を隠すように両手に抱えて、宿舎の方へと一直線に走り去ってしまうのだった――


 なぜ、彼はハイリから包帯をはぎ取ったのか。その理由は、彼ではなく彼女にある。ウルスクではなく、ウルスラとしての事情にあるのだ。


 まあ、端的に言ってしまえば、ハイリ達が使った包帯は、ウルスラが性別を隠すために男装する際に、大きく実ったソレを小さくするためにの代わりに使っていたものなのだ。


 それを今朝、まとめて捨てたことは記憶に新しい。中には、つい先日使っていた、汗に塗れたものもあるだろう。そんなものが一本の包帯として紡がれて、異性の全身を包んでいたのだ。


 顔が真っ赤になるほど恥ずかしがっても仕方がないはずだ。


 ともあれ、四人の責任者であるはずのウルスクが退場した練兵場では、倒れる四人を助けるか助けないかでひと悶着あったのは言うまでもないだろう。


 噂が広まるのは早い。近づいたらなにされるかわからないという彼らの評価に加えて、練兵場についてまもなく嵐のように周囲を巻き込んだハイリによってその噂は証明されてしまったのだ。


 近づきたがる人間は皆無であった。そうして、包帯を焼却場の炎に叩き込んできたウルスクが練兵場に戻ってくるまで、彼らはそのまま放置されるのだった――



 ――to be continued

 

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