第7話 労働時間マジック


 人間の適応力とは実に優れているもので、一週間もすれば過酷な労働にもすぐに慣れてしまう――


「だるすぎるだろぉがよぉ!!」


 わけがなかった。


 見習い兵士となって一週間が経過したハイリ達は、今日も今日とて任された雑用に励む。しかし、課せられた雑用は苛酷を極め、それが連日と休みなく続くものだから、流石の彼らも限界が近づいていた。


 そもそも、彼らの起床時間が午前四時なのに対し、就寝時間は午前0時を過ぎる。即ち、睡眠時間は四時間もないのだ。そして、労働時間は起床直後から午後12時まで。これには四人の作業効率が大きく関係するが、それを踏まえずともブラックが過ぎる労働環境だろう。


「くっ……ふ、ふふふ……ルビー隊長の幻覚が見える……」

「ふふふ……川の向こうにヌーディストビーチが……あ、ルビー隊長が手を振ってる」

「おい、ロッゲ、ブディール! 目を覚ますんだ!!」


 限界を迎え始めた変態三人衆の様子は悲惨なもので、唯一ここに来る前に肉体労働に就いていたポーノ以外は酷い幻覚にうなされていた。


「休憩だ休憩! こんぐらいやれば10分ぐらい休んでも文句は言われんだろ!」


 そんなこともあって、昼食が終わり次第すぐさま仕事をしていた彼らは、時計が三時を回りかけたあたりで手に持っていた雑巾を放り出して休憩に入った。


 休憩場所は宿舎の談話スペースだ。そこは昼休憩に最適な憩いの場所。なにしろ、非番の衛兵以外は全員宿舎を出払っていて。非番の衛兵たちも、街に出てるか自室にいるかで、この時間帯にここに来る人間は少ない。


 つまり、この時この瞬間だけはここが彼らの王国となる。


 そうした理由から、四人は三つあるソファーを贅沢に利用していた。ロッゲやブディールなんかは横に寝そべって仮眠を取っている程だ。よほど睡眠が足りていないのだろう。


 彼ら二人ほどではないが、ポーノも寝不足からの疲れもあってソファーの上でぐったりとしていた。ただ、彼らにソファーを譲っているハイリはどことなく余裕があった。


 それこそ、三人と同じように気疲れや寝不足に苛まれつつも、肉体的な疲労は全然感じていないような佇まいだ。そんなハイリを恨めしく思ったポーノが、憎たらし気に声をかけた。


「それにしても……ハイリ。お前は異様に元気だな」

「そう言うお前もロッゲ達に比べれば余裕がありそうだと思うが?」

「俺は木こりだったからな。ちなみに、そっちの二人はロッゲが宿屋のコックで、ブディールが皮なめし職人の見習いだ」

「へー」


 木こりという肉体労働に勤しんでいたからこそ、ポーノは辛うじて他二人よりも余裕があった。しかも、この世界の木こりは想像以上に苛酷だ。

 なにしろ、彼らの職場となる森には、『魔獣』と呼ばれる怪物たちがわんさか住み着いているのだから。


 魔獣たちは凶暴で獰猛。ひとたび出会えば森の外まで追いかけてくるし、戦おうと思っても普通の獣とはけた違いに強力な怪物である。

 その姿は異形にして異様。三メートルはある四つ腕の熊、二つの首を持つ毒トカゲ、道具を使う肉食の猿など、剣や弓程度の武器で安心できる相手ではない。


 しかも、時として都市の方へとやってきて住民に襲い掛かるのだから厄介だ。アルダ貿易都市がぐるりと壁で覆われているのも、それが大きな原因である。


 そんな魔獣たちが潜む森の中へと、木こりは木を取りに行かなければならない。しかも、木を運んでいる最中に日が暮れると、彼らは一睡もできない。油断をすれば夜行性の魔獣に襲われ、しかし移動して目立つわけにもいかないため、じっと息を潜めて朝が来るのを待つしかないのだ。


 そんなことをしていたから、ポーノは疲労と寝不足には耐性があった。ただ、だからこそ解せないのだ。あれほどの経験がある自分でも限界が近いのに、どうしてハイリはそんなにも余裕があるのか。疑問に尽きない。


 だからポーノは訊ねたし、もっともな疑問にハイリも答えた。


「俺は……元々山住だからな」


 ただ、なんとなくハイリは自分の過去を濁した。

 理由は二つ。

 生贄なんて悪習が残る自分の村のことを話したくなかったのと、かくいうハイリも自分の余裕についてよくわかっていなかったからだ。


「それにしては、魔法みたいな怪力してたよな」

「……んー……俺にもよくわからねぇんだよな。元々あんぐらい持てた気がするし」


 とはいえ、なにも心当たりがないわけではない。思い返してみれば、一番最初――この都市に来た時に、自分が木を一本地面から引っこ抜いたことそのものが何とも奇妙だ。


 しかも、それを背負った上で、街道を伝って遠すぎて見えない位置にある都市まで走って移動した……なるほど。確かに、人間離れしている。

 雑用中もポーノの倍は重い荷物を軽々と持っていたし、今も彼からは肉体的な疲労を感じられない。


 ここまでくると、魔法を使ってるのではないかと疑いたくなる。ただ、そうなると一つ問題があった。


「俺、決まった神を信仰してるわけじゃないんだよな」

「ふーん」


 魔法を使えるのは限られた人間だけ。しかも、この世界に存在する神々を信奉する『信徒』の中から選ばれた人間だけだ。当然、生贄風習が嫌いで村を飛び出そうとしていたハイリが、神を崇めているわけがなく、魔法を使える道理などどこにもない。


 魔法を使えないのに、魔法のような力を使える。


 これは一体どういうことだろうか?


「……と、ここに居たか四バカ」

「あん?」

「なんだこら?」


 ただ、その会話は横から現れた人物によって中断されてしまった。談話スペースで休憩する彼らへと声を掛けたのは、他でもないウルスクである。


 どうやら四人を探していたらしい。が、日ごろから思っているのか、四人をひとまとめに馬鹿と呼んだことによって、彼らの怒りを買ってしまった。


「おいおい俺をこいつらと一緒にするんじゃない!」

「少なくとも俺はこいつらと違ってイケメンだ。俺のデータからしてな!」

「ちょ、近い! 近いって!!」


 ウルスクに詰め寄る二人。見開かれた眼光は挑発的なウルスクへの怒りが満ちていたが、ウルスクからしたらそれどころではなかった。

 なにしろ、ウルスクは自分が女であることを隠しているのだ。だからこそ、鼻先に触れそうなほど近くまで来た異性の顔にびっくりしてしまう。


「わわっ!?」


 びっくりした勢いで無意識に後退していたウルスクは、ソファーの足に引っかかって後ろへと転倒してしまった。しかも、頭と足の位置が入れ替わるように転んだものだから、後頭部が地面に叩きつけられると同時に、入れ替わるように足が上がった。


 そして、上に向いた両足は奇妙にも顔を寄せていた二人のまたぐらへと近づいていき――


 ――ゴチンッ


「「おぐぉ!?」」


 空へと向けられたウルスクの両足は、鈍い音を立てて彼らの大事な部分を蹴り飛ばしたのだった。


 悶絶するロッゲとハイリは、内股になってその場に倒れ、がくがくと体を震わせて嗚咽を漏らす。その横では、後頭部から地面に叩きつけられたウルスクが意識を失っていた。


 なんとも悲惨な現場である。さらに言えば、奥のソファーで眠るロッゲ達は一向に起きる気配がないため、端から見れば死屍累々の現場である。


 この惨状を発見した非番の衛兵は後にこう語った。


「今日はここで本を読もうかな~って思ってたんですよ。そしたら、彼らが倒れてて……いやほんと、魔獣の襲撃があったのかと思いましたよね」


 魔獣の襲撃を予感したその衛兵によって救助された五人は、その後事情徴収を受けるも、全員が不意に意識を奪われていたこともあって証言にまとまりが付かなかった。


 よって、警備隊の総力を上げた魔獣捜索へと発展。それでも見つからない魔獣は、ついに不可知の魔獣の存在がまことしやかに囁かれることとなる――


 この真実が、ウルスクがびっくりして転んだ拍子に、ハイリ達二人にダブル金的をしてしまったのだと知る者は誰一人としていない。



 ☆



「えー、こほん。気を取り直して、僕が四人を探していた理由なんだけど」


 医務室にて、頭に包帯を巻いたウルスクが四人を探していた理由を話したのは、金的から二時間が経過した後だった。

 余談だが、その二時間の間ブディールたちはぐっすりと眠っていたため、寝不足は解消されていた。今はすっきりとした顔で、ウルスクの話を聞いているところだ。


「新しい雑用か?」

「これ以上雑用を増やされると流石にきついんだが」


 わざわざ探し出して話しかけてくるとなれば、予想されるのは新たなる仕事だ。ただ、これ以上仕事を増やされたら、本格的に彼らがつぶれてしまう。


「逆だよ逆逆。一週間の試験期間を乗り切ったからさ、ようやく見習いとして認められたって報告」

「「「「は……?」」」」


 ただ、ウルスクが持ってきた話は全くの逆だった。


 いや、それ以前に――


「試験期間?」

「ようやく?」

「認められた?」

「どういうことだよウルスクゥウウウウウウ!!!」

「え、なになになに!?」


 またもや詰められかけるウルスクだが、仕方のない話だ。なにしろ、この一週間、彼らが負けじとへとへとになりながらこなしていた雑用は、全て兵士として相応しいかを確かめる試験だったのだから。


「あ、あれ? 副隊長から説明されてない?」

「聞いてねぇぞそんなこと!」

「まじか……」

「前に言ってた六日ってそういうことだったのか……」


 どうやら、警備隊の通過儀礼の一つとして、見習いの新人には苛酷な雑務が一週間割り当てられるらしいのだ。聞いていないぞそんなことと叫ぶ四人だが、それもそうだろう。


 一週間という時間制限がわかってしまえば、それを励みに働くことも簡単に予想がついた。だから、ローディアは手回しをしてその事実が彼らに伝わらないようにしていたのだ。


 それに、もとより彼らは警備隊に罰則として入隊しているのだ。ローディアが彼らを慮る理由は何もないし、むしろこうした不条理なしごきを受けることで、問題ある性格が強制されるのではないかと企んでさえいる。


 今すぐにでもローディアの執務室に殴り込みに行きたくなった彼らだが、殴りこみに行ったところで返り討ちにあうだけだ。あの凍眼鏡の鉄面皮に弱点があるとは思えない。


 そんなわけで、理不尽に対する怒りを腹の奥底へと叩き込んだ後、冷静になってウルスクが持ってきた話に耳を傾けた。


「と、とりあえず。正式に見習い兵士って決められたからには、今までみたいな雑用はないよ。一応、あれって宿舎使ってる人の当番制だからさ」

「ちなみに、無理矢理きつい仕事を振ってたってことは……」

「一応、雑用の内容を大変なものにしてたってことはないよ、ハイリ……まあ、四人でやる内容だとは思ってないけどさ」


 どうやら、彼らが四人でやっていた仕事は、本来倍以上の人数で分担する作業だったらしい。それを一週間も入ったばかりの新人に押し付けるのだから、さぞ警備隊の先輩方は素晴らしい考えを持っているのだろう。


「なんだかこの宿舎を燃やしたくなってきたぜ……」

「奇遇だなロッゲ。俺も同じ気持ちだ」

「半分木造だからよく燃えそうだよな」

「それやったら今度こそ絞首台行きだから本当にやめときなよ……」


 怒りのあまり危険な思考をし始める変態三人衆。彼らの凶行を未然に防ぐためにも、呆れを混じらせつつウルスクが諫めて、話しは続く。


「そんなわけだから、今までやってた雑用は当番制ってことになる。まあ、一番下っ端だから手伝いとかよく任されると思うけど、そこらへんは我慢してよ」

「今まで比べれば楽なもんよ」

「だな」


 睡眠時間さえ確保できるのなら、雑用がなんぼのもんじゃいと語る四人。その頼もしさに感心したウルスクは、じゃあこっちも問題ないよねと、彼らの予定表に新たに加わる項目について話した。


「それじゃあ、明日から兵士としての訓練が始まるから頑張ってよ」

「訓練?」

「兵士なんだから当たり前でしょ。最低限、四人で低級の魔獣一匹は狩れるようになってもらわないと、使い物にならないよ」


 兵士とは戦うことを生業とした職業だ。それも、彼らは警備隊の見習い。あと一年で任期から解かれるとはいえ、その間は十分に警備隊として活躍してもらわなければならない手前、最低限の戦闘能力は必須。


 それこそ、都市に襲い掛かって来た魔獣の群れに、アルダ貿易都市の警備隊に務める一人として立ち向かえるぐらいになってもらわなくてはならないのだ。


 ウルスクは語る。


「警備隊が携わる都市防衛は生死の関わる危険な仕事で、その上一人が死ぬだけで大きな被害に繋がることがある。だから、生半可な人間じゃ努められないから、そう言うのを振るい落とすために試験がある」

「え、そ、それってつまり……」

「見事、一週間の試験をやり遂げた四人は百点満点。それじゃあ、みんなで立派な兵士になろうってこと」


 苛酷な一週間が終わり、ようやく雑用の地獄から解き放たれたと喜んだのもつかの間、今度は魔獣を倒せる兵士になれと言われた彼ら。


 魔獣と言えば、剣や弓で武装したところで油断することのできない危険生物である。そんなものとやりあえと? 


 生贄になるのが嫌で村で暴れた結果、勘当を言い渡されてようやく自由の身になったはずなのに、何故そんな危険なことをしなくてはならないのか。


 度重なる試練に叫ぶ気力もなくなった彼は、ただただ項垂れることしかできなかった。



―to be continued

 

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