第6話 真っ黒だよ!!!
拷問染みたローディアの教育が終わった四人は、急いで宿舎のシャワー室に駆けこんでツチイモの粘液を洗い落とした。それから、ウルスクに頼み込んでノルマを半分にしてもらってから、ジャガイモ剥きは再開される。
そうしてジャガイモ剥きが終わったころには、日も登り切っていた。遅れた朝食を急いで取った四人は、次に宿舎の廊下の掃除を頼まれることになる。ただし、掃除するのは数百人の警備隊が住む宿舎の掃除であった。
宿舎自体が四階建ての広大な屋敷であることを加え、練兵所や食堂などは別棟に存在し、そこまでの廊下の掃除まで任されてしまった四人は、その広さに唖然としながら、それでもムキになって雑巾を手に取り掃除を開始した。
昼食にウルスクが持ってきたパンをかじりながらも掃除は続き、ようやく終わりが見えてきたころには空は茜色に染まっていた。夕食までに終わらせることのできなかった彼らは、意地になって掃除を敢行する。おかげで夕食に遅れてしまい、食べ終わったころにはとっぷりと日が暮れてしまった。
ともあれ、なんとか初日を乗り越えることに成功した四人である。
その後、せめてもの癒しを求めて今朝もお世話になったシャワー室で汗を流そうとした。ただ、その望みは叶わない。なぜならば、見習いがシャワーに入れる時間などとうに過ぎていたのだから。
「クソがぁああああああ!!!」
そこでハイリが限界を迎え、たまりにたまった鬱憤が空へと放たれたのが午後11時のことだ。
「どうして俺が野郎どもと外で水浴びをしなきゃいけないんだよ!」
「やめろハイリ。俺だって貴様らのような不細工の面など拝みたくはないのだよ」
「あ、ポーノ、背中拭いてくれるか、手が届かん」
「デブ……」
現在、流石に汗を流さないのも不衛生だとウルスクに言われた彼らは、宿舎の中庭でタオルと水桶をもって汗を拭きとっているところである。
一応、パンツは履いているがそれ以外の衣服は身に着けていない。ハイリ達のサービスシーンと言いたいが……読者諸兄等は既に彼らの全裸などもう見飽きたところだろう。
「寒みぃ……」
中庭の夜は寒い。一応、部屋でやることもできたのだが、彼らの部屋は何かと狭いため、こうして中庭に来る羽目になっているのだ。
そして、中庭にはあまり風を遮ってくれるようなものが無く、ひとたび北風が吹けば、寒風を一身に受けて体の芯まで凍えることとなろう。
水桶にタオルを突っ込んで、体を拭く。その度に体が濡れ、夜風に晒され体温を奪っていく。苦労した一日の終わりとしては、最悪と言って過言ではない状況だ。
「ふっ、馬鹿だなハイリは」
「なんだと?」
しかし、ここでロッゲが寒さにあえぐハイリを馬鹿にした。ムッと来たハイリがロッゲを睨むが、得意げな彼は意に介すことなく語る。
「いいか、ハイリ。人は恋をすると火照るのだよ」
「……?」
何を言っているのだろうこのロン毛は。得意気に息巻くロッゲの顔もまた気色悪いため、殴ってしまおうかと考えたハイリ。しかしぐっとその衝動を堪えた。まだ彼の語りのすべてを聞いていないから。
寒さをしのげるのならば、藁にも縋る思いである。
「今でも思い出すことができる……掃除中に見たルビー隊長の凛々しき姿! 俺は……ここに来てよかった……!!」
「ロッゲ……わかるぞその気持ち!」
「やはりあの人は美しい……!!」
ロッゲに賛同するのはブディールとポーノである。涙を流しながら肩を組む彼らは、口々にルビーの美しさを称賛するばかりだ。
「確かにあの御胸は素晴らしいものだが、それと寒さ対策に何の関係が?」
なんとも下世話な評価基準だが、ハイリもまたロッゲの意見に賛同した。しかし、肌寒さを克服するのに、どうしてルビーの名が出て来たのだろうか。
その繋がりにまだ気づいていない様子のハイリへと、ロッゲはうざいくらいの笑顔で言った。
「つまり、瞼の裏にあの凛々しき姿を思い浮かべることで、俺たちはいつだって興奮することができるのだ!!」
「なるほど……!!」
果たして、ロッゲの言う興奮を恋と例えていいものなのだろうか。
その手があったかと感心するハイリもハイリだ。やはりハイリも本質的にはこの三人と同類ということなのだろう。
「何を話してるんだお前らは……」
「あ、ウルスク」
さて、そんな四人の前に現れたのは、寝間着らしきゆったりとした服を着たウルスクだった。既に日付が変わろうという時間帯。夜警を担当する衛兵以外の皆が眠り始めたこの時間に、一体何の用だろうか。
「様子を見に来ただけさ。ここの雑用は激務だから、今頃逃げる算段でも立ててると思ったんだが……そうじゃなさそうで少しだけ見直した」
「おうおうおう、俺たちを嘗めて貰っちゃ困るぜ!」
「ハイリの言う通りだウルスク。俺たちはあのローディアにやられた仕返しをまだしてないもんでなぁ! まだ除隊されるわけにはいかないのだよ!」
「風の貴公子は受けた屈辱を忘れない。そうだよな、ポーノ」
「俺のデータによれば、この感情は復讐するまで落ち着くことはないだろう」
どうやら、ウルスクは四人が今日のうちに逃げ出すと思っていたらしい。信用があまりにもないが、それも仕方がない。なにしろ、ハイリは昨日この都市に来たばかりの異邦人で、ロッゲ達三人に至っては都市でも有名な変態だ。
思い返してみれば、ウルスクの高圧的な態度も、彼らへの信用の低さから来るものだったのかもしれない。
「まあ、ルビー隊長をそういう目で見るのは見過ごせないけどさ」
「「「「副隊長への報告だけは堪忍してくだせェ!!」」」」
「うっ……わかったよ」
ルビーを性的に見ていることがローディアに知られたら……震えが止まらない。彼らはウルスクの前に土下座を決め、このことは内密にと必死の嘆願を繰り出した。
無論、そこまで必死になる彼らにウルスクは引き気味である。ただ、話自体は聞いてくれるようで、報告はしないでくれるようだ。……まあ、厳密に言うと。この程度で目くじらを立てていると、密かに存在しているルビー隊長のファンクラブの方もどうにかしないといけなくなるため、一緒に彼らのことも見ないふりしているだけなのだが。
「それと、はいこれ」
「ん、なんだこれ」
そんな話は横に措いて、ウルスクは思い出したかのように懐から袋を取り出した。それと一緒に、四人に話しかける前に、近くのベンチに置いていたトレイも持ってきた。
「クッキーとココア。皮むきとか掃除とか、意外と頑張ってたし、それに僕の態度も悪かったからさ。お詫びもかねて労いでもと――」
「「「うぎゃぁああああああ!!」」」
「な、なに!?」
どうやら、副隊長のことをちらつかせて高圧的に接していたことをウルスクは悪く思っていたらしく、クッキーとココアはそのお詫びと、今日一日を乗り越えた労いを兼ねた差し入れのようだ。
ただ、差し入れを見た瞬間にロッゲ、ブディール、ポーノの変態三人衆が叫び声をあげ口から血を吐いた。
何事か! と、落としそうになったトレイを何とか持ち直して驚いたウルスクは、唯一なんともないハイリを見た。
はて、何事か。蹲る三人を見て様子を確認したハイリは気付く。
「なるほど、クズ因子が強すぎたんだ……」
「え……そ、それはどういう……?」
冷静に分析するハイリには悪いが、彼は一体何を言っているのだろうか。ウルスクの表情も、驚愕から困惑へと色を変えてしまったではないか。
「つまりだ、ウルスク」
「う、うん」
「こいつらは自己愛と裏切りによって構成されたクズだ。それがお前のような光を見たことによって、男としての格差を肌で感じ、拒絶反応が出たんだ」
「ほんとうにどういうこと?」
詳しく説明すると、ロッゲ達は今しがたウルスクが見せた謝意と、己の矮小さを見比べてしまったがために、その落差で肉体と精神が拒絶を起こしたのだという。まったく度し難い生態をしている変態たちだ。
「え、じゃあなんでハイリは大丈夫なのさ」
「俺をこいつらと一緒にしてもらっちゃ困るぜウルスク」
いや同類だろう。
親和性が高くなければここまで馴染んでいない。
決め顔でそう言ったハイリを、今度は胡乱気に見るウルスク。コロコロと表情を変える彼は、改めて半裸三人と
「まあ、いいや」
言いたいことがありそうな顔をしているウルスクだが、言いかけた言葉を呑み込んだ。それから、蹲る彼らの前にトレイを置く。
「食べるならさっさと食べるんだぞ。明日も早いからさ」
蹲る彼らだが、甘味となれば話は別。土に塗れて這いずりながらも、彼らはトレイに用意されたクッキーとココアをもそもそと食べ始めた。
「ありがてぇ!」
「うめぇ……うめぇ……!!」
「ぐふぅ!?」
血を吐きながらもクッキーを食べココアを飲み干す彼ら。今日一日を締めるには素晴らしい至福の時に、思わず涙を流している。
「ふ、ふふ……ただのクッキーとココアだってのに、なんでこんなにうまいんだよ……」
ハイリもまた感動していた。まあ、彼の場合は連日続くトラブルに疲れ切っていたのもあるだろう。初めて人の善意に触れたような、そんな気分だ。
「オーバーリアクションすぎないか?」
「そ、そんなことあるかよバカ野郎!」
「心にしみわたる味だぜ!」
「ありがとなウルスク!」
感動のあまりテンションがバグっている四人は、その喜びを体現しようとしてウルスクへと抱擁を交わそうとした。ただ――
「ちょ、それはだめ!」
ぴょいとウルスクは軽い身のこなしで彼らの抱擁を回避したのだった。
友情の印ともいえる抱擁を交わされた彼らは、感動から一転して空虚な瞳でウルスクを見た。え、ここで躱すの? そんなことを、彼らは瞳で語っている。
友情の抱擁を躱したウルスクの言い分はこうだ。
「お、お前ら濡れてるでしょ。こっち寝間着だから!」
「ああ、確かに」
「ってか早く終わらせねぇと眠れねぇ!」
思えばもう夜も遅く、寝間着を濡らされてしまったらたまったものではない。ウルスクの言い分ももっともなものだと同意した彼らは、ついでにこのまま喋っているとどんどん睡眠時間が削られていることに気づいた。
「そ、それじゃあ……また明日。せめてあと六日は頑張ってよ!」
「おう、またなウルスク」
急いで体を拭き始めた彼らをしり目に、ウルスクは宿舎の方へと戻っていく。ただ――
「どうしたハイリ?」
「……ん、いや。ちょっと俺の巨乳センサーに反応があった」
「なんだと?」
その背中を見送っていたハイリが、何かを感じ取ったのか、宿舎の方をずっと見つめていた。気になったロッゲが訊いてみれば、何やらおかしなことを言い出すハイリ。もちろん、ハイリのセンサーと言えば巨乳を感じ取るためのものである。
「ふむ、巨乳か……」
ただ、その言葉を聞いてロッゲが見たのはブディールだった。小太りのブディールは、これでもかと贅肉で武装している。無論、その胸元も、だ。
フッと笑ったロッゲは言う。
「ブディールに反応するとは、貴様のセンサーも大したこと無いな」
「殺すぞてめぇ」
確かに、ハイリが居た村では一向に使うことのなかったセンサーである。錆びつき過ぎて誤動作をしてしまっても不思議ではない。
そもそも、ルビーと出会った時よりもその反応は微かなモノだった。だから、彼は甚だ不本意ながらも、気のせいかと思った。
しかし、これが誤動作ではないとしたら? 彼のセンサーは、一体何に反応したのだろうか……。
「しかし、異様に元気だなハイリ」
「ふっ、貴様らとは違うのだよ貴様らとは」
まあ、彼らがその真相を知るのは、もう少し先の話になるのだが。
☆
「あ、危なかった……」
差し入れを渡してすぐに部屋に戻ったウルスクは、自分のベッドに飛び込んでから、ようやく一息つけると全身の力を抜いた。
「やっぱりもう少し
そう言う彼は、服の中に手を入れると、なにやらごそごそと動かす。すると、シュルシュルとベッドの上に服の内側から包帯が落ちた。
怪我でもしていたのか? いや、そうではない。
「……むぅ。またちょっと大きくなったかも」
彼は……いや、彼女は男ではない。
彼女の名はウルス
ウルスラ・ガンベルト。
訳があり性別を偽って、ウルスクと名乗り警備隊を務める見習い兵士であり――
「しかし、なんであの時兄貴が居たんだろ……まあいいや、寝よ」
アルダ貿易都市警備隊副隊長を務めるローディア・ガンベルトの実の妹である。
――to be continued
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