第5話 猛き叫びはまるで鶏のよう


 警備隊の見習い兵士の朝は早い。


「起きろぉおおおおお!!!!」

「「「「うるせぇえええええええ痛ッッてぇええええええ!!!!」」」」


 太陽が昇るよりも早くに彼らは叩き起こされる。若干二名、起床の掛け声に紛れて痛みを叫ぶ者がいるが、それは彼らに当てられた部屋が原因だ。


 では、全ての事情を説明するために、一晩程時間を巻き戻そう――



 ☆



 ――先日の夜。


 ようやく牢屋から出してもらった変態四人は、予備の隊服をもらい受けて全裸から卒業し、衛兵ハイデラの案内の元、警備隊が使用している宿舎まで移動した。


 露出狂としての罪を清算するために警備隊に務めることが決まった彼らは、その性根を叩き直し、社会と常識を一から学び直すために見習いからのスタートである。


 いわば、警備隊の下働きというわけだ。もちろん、彼らに与えられた宿も身分相応のもの。


「ほぼ物置じゃないか!!」


 今日から寝泊まりする場所に連れてこられたロッゲは、四人一部屋と嘯かれた一室を見て、思わずそんな声を上げてしまった。

 部屋の広さからしておかしいのだ。

 なにしろ四畳半あるかどうかと言った広さの一室は、元々倉庫として使われていた空き部屋である。それを無理矢理改造し、荷物が並んでいたであろう壁の戸棚の上下を二段ベッドに見立てることで、辛うじて部屋としての体裁を保てているような有様。

 そんな部屋を四人で使う? 窮屈が過ぎるだろう。


「もっと他にも部屋があるだろ!? 警備隊がそれなりの人数居ることは知ってるんだぞ!!」

「貴公子にこの部屋は狭すぎる……!!」


 一応、この宿舎は他にも様々な施設を併設しており、遠めからは貴族の豪邸と見紛うほどには大きな建物となっている。となれば、その図体に見合った部屋数があると思うのだが――


「副隊長からの命令だ。広い部屋を使いたいなら、人間として誇れる人格を手に入れろとのことだ」

「「「あんのこおり眼鏡めがねぇ……!!」」」


 ハイデラが言うには、上司直々の命令だそうだ。それもそうだ。ここを利用する警備隊たちは、この露出狂の変態共とは違う。少なくとも、彼らは守りたいものがあって志高く警備隊になった者たちだ。そんな彼らとこの変態共を同列に扱うことはできない。


 あわや牢屋で一晩を過ごすことになりかけていた彼らには、蜘蛛の巣が張っていようと、ベッドのある部屋に泊めてもらえるだけありがたく思うべきなのだ。


 それに――


「おい、何やってんだ。ベッド選ばないんなら俺が上貰っちまうぞ」


 一名、この物置に泊まることに拒否反応を示していない人物もいた。


「お、おいハイリ……何言ってるんだ……」


 ハイデラへと文句を言っている横で、いそいそと自分のベッドを決めているハイリに、ロッゲは引き気味にそう言った。


 ハイリが吟味しているベッドは狭いだけではなく汚い。埃と蜘蛛の巣に塗れ、時代の遷移を感じられる代物だ。


 だが、ハイリにとっては蜘蛛の巣が張っていようと、ぼろ布の寄せ集めのようなベッドであろうと、四畳半に男がすし詰めになろうとも、雨風凌げる宿どいうだけで花丸ものなのだ。


 なにしろ、彼の村での自室は虫が湧き雨漏りし放題の風通しがいい屋根裏である。また、彼の祖父による折檻によっては、帰り道の分からない森の中に放り込まれることもあった。


 幼少期からそんな経験をしていれば、物置のような部屋に嫌悪感を抱かないのもさもありなん。


 そして、一人が認めてしまえば他三人も認めざるを得ない。それ以前に、ここまで必死に文句をしたためていたロッゲ達であるが、ここで兵士としても働けないとなれば、どんな処罰がローディアから下されるのかわからない。

 となれば、渋々と現状を受け入れるしかないだろう。


 ということもあって彼らは、とてもじゃないが四人部屋とは呼べないような四畳半の物置を寝床として一晩を過ごしたのだった――



 ☆



 そして早朝。


 耳を塞ぎたくなるような大声に叩き起こされた彼らは、大なり小なり大人としての体躯を狭すぎる部屋のあちこちへとぶつけ、悲鳴を上げながらの起床した。


「痛い……痛い……」

「お、俺の顔に痣が……」

「やはり狭すぎたんだ……貴公子の貴公子は暴れん坊なのだ……」


 寝起き早々惨憺たる有様の彼ら。あの部屋の狭さには、流石のハイリも手足をぶつけて涙目である。特に、この中でも一際背の高いポーノは悲惨で、二段ベッドのような棚の下に寝ていたものだから、飛び起きた拍子に顔を天井に思いっきりぶつけてしまった。


 そうして始まった見習い兵士生活初日。部屋から出た彼らは、窓の外に未だ星空が見えることを知る。「なぜにこんなにも早朝に起きなければならないのだ」と、誰かの文句がぽつりと零れた。


 その時、彼らのものではない声が聞こえてくる。


「見習いは早朝から雑用。当たり前だろ」

「あん……? 誰だ」


 シャツに下着に短パンと、牢獄に居た時から文明開化甚だしい四人が声のした方に振り返ってみれば、片手にメガホンを持った人間がすぐ近くに居た。


「初めまして。僕はウルスク。見習い兵士の指導役を務める警備隊員だ。ローディア副隊長より君たちの教育の任務を請け負っているから、僕の指示には従うように」


 そこに居たのは、ハイリ達よりも一回りも二回りも小さな男だった。端正な顔立ちをしていて、まるで子供のような声で彼は喋る。


「事情は知ってる。くれぐれも、変な気は起こすなよ」


 というか、どう見ても子供だった。


「……おい、俺たちは子供に面倒を見てもらわないといけないのか……?」

「失礼な。これでも18だぞ」

「え、俺と同い年なの……?」


 唖然とするハイリ以下四人。


 処罰として見習い兵士になったのだから、監視も兼任した教育係があてられることは簡単に予想できた。なんなら、ルビーに面倒を見てもらえたり、なんて妄想さえしていた。


 しかし、現実はそう甘くはなかった。どうして自分が、こんな第二次性徴すら迎えていなさそうなちんちくりんの男に指導されなければならないのか。


「異議あり! なんでお前みたいなちんちくりんに指示されないといけないんだ!」

「できるなら女性の警備隊にお世話してもらいたい!」

「巨乳がいい!」

「もうお前が女になれ!」


 なんと醜悪な奴らだろうか。


 大の男が寄ってたかって子供のように背の小さな男に詰め寄る姿は、それはもう筆舌に尽くしがたい光景だ。彼らの勢いには、さしものウルスクも「ひっ」と小さな悲鳴を上げて引いてしまっている。


 そして、自らの体を守るように手に持ったメガホンを四人へと構えて、彼は言う。


「僕の言葉は直接副隊長に届くからな! 変なことをしたり、指示に従えなかったりしたら、ただじゃすまないぞ! 若い身空で、農業奴隷にはなりたくないだろ!」


 ぎろりと睨みを利かせるウルスク。その行為自体は可愛らしいものだったが、首筋をなぞる冷気を思い出して、彼らはシュンと静かになった。

 ローディアが刺しておいた釘はしっかりと働いているようだ。


「それじゃあ、まずは食事の準備するから。ついて来い」


 先導するウルスクの背中を、渋々と追いかける四人。やはり、処罰とはいえ無理矢理兵士として徴兵されたのが気に入らないのだろう。まさか、子供にしか見えないウルスクが気に入らない程、心が醜いわけでもあるまい。


「朝食の準備と言っても、お前らみたいなのが厨房に立たせてもらえると思うなよ。まずは人参とジャガイモの皮むきからだ」


 ウルスクが手に持った、魔法由来の道具によって明るく照らされた廊下を歩いてたどり着いたのは、食料品保存庫だ。どうやら、見習い最初の仕事はここで野菜の皮むきをすることらしい。


「くっ……こいつ、偉そうに……」

「無駄に顔がいいのも腹が立つな」

「なんか言ったか?」

「何も聞こえませんよ」

「耳イカれてんじゃないすかね」

「……あ、そう」


 ロッゲとブディールの方から何かが聞こえてきたような気もするが、ウルスクが聞き返したところで、二人はとぼけるばかりだ。


「俺のデータでは、小さくて子供っぽい方が女子にモテると聞く」

「あの背丈なら、ルビー警備隊長に抱き着いた瞬間に頭が胸元にダイブするな。なんとけしからん」


 ロッゲの更に後方でこそこそと会話するポーノとハイリの二人に関しては、もう何も言うまい。


 さて、無駄話もほどほどにして、食糧庫へと入る一行。流石は豪邸の倉庫と言ったところか、天井も高ければ、面積もハイリ達の部屋の何十倍もの広さがある。


 そして、そこで彼らは見上げるほど高く積み上げられた麻袋の壁と遭遇した。


「今から一時間で一人二袋分のじゃがいもを剝くように」

「「「「はい……?」」」」

「もう一度言う必要があるか? あと、僕にはほかにも仕事があるから、30分したら戻ってくる。それまでに半分終わらせられなかったら……まあ、覚悟しておくように」


 制限時間は一時間。一人のノルマは、積みあがった麻袋二つ分と簡単に見えるかもしれない。がしかし、問題は麻袋の大きさと、内容物の量だろう。


「ちょ、え……これ何人分だよ!?」

「150人分だけど?」

「おかしいだろ!!」


 抗議の声を上げるハイリは、明らかに一袋の大きさが子供二人は入ることができそうな麻袋を指差した。下手をすれば、この中で一番背の高いポーノすら入れそうな大きさだ。


 そんな袋にぎっしりと詰め込まれたジャガイモを二袋分。それが彼らに課せられたノルマだった。それを四人分。計八袋を数えて150人分だとウルスクは、何でもないかのように言う。


「安心してくれ。今日の分のジャガイモは昨日剥いたから、一時間を過ぎても心行くまで時間をかけて剥くことができる。まあ、遅れたら遅れた分だけ、今日の訓練が後ろ倒しになって眠れる時間が削れるけど」

「「「「はぁああああ!?!?」」」」

「文句があるなら好きに言えばいいけど……君たち、自分がそんなことを言える立場だと思ってるの?」


 どちらにせよ、ジャガイモの皮を剥くしかない彼ら。ここで抗議の声を上げたところで、そのすべてはあの恐怖の凍眼鏡へと伝わるのだ。諦めて指示に従うしかない。


「道具はそっちの方にあるから適当に使ってよ。それじゃあまた30分後」


 ひらひらと手を振りながら退出したウルスクの背中が扉にさえぎられるまで、彼らは何も言わずにただじっと彼の去り際を見送っていた。そして、食糧庫の扉が閉じ切られた瞬間、声が上がった。


「よし、じゃあ作戦を考えるぞ」


 ロッゲである。しかも、普通ならいったい何の作戦を考えるつもりかと訊きたくなるはずなのに、彼の言葉に疑問を持つ人間はこの場に誰一人としていなかった。


 この場に居る全員の目的が一致しているのだ。


「文句があるなら好きに言えばいいって言ってたよな、あいつ」

「ならば好きなだけ我らの文句を実行しようじゃないか……」


 ロッゲの言葉に続くブディールとポーノ。そもそも、彼らにもこの都市での生活があり、それらをすべて無視して徴兵されたのだから、文句も言いたくなる。ほぼ自業自得ではあるが。


 更に言えば、一時間では到底不可能な量のジャガイモの皮むきを任せられた上に、子供のような監督官がさらに上の上司の権威をかさに着て、高慢ちきに指示を出してきたのだから、憤りも湧くというものだ。


 だからといって、見習い一番最初の仕事そっちのけで、いたずらの作戦会議をするのはどうかと思うが。醜い。醜すぎる。

 すべてがバレた時のことを考えていないのだろうか。


「隊長、こちらを」

「ほう、何か見つけたのかねハイリ隊員」


 何の茶番だろうか。ロッゲを隊長と祭り上げたハイリは、食糧庫の奥の方から小さな袋を見つけてきた。


「これは山中で取れるツチイモでございます。腐りにくく保存がきく食料でありますが、二点ほど大きな欠点が」

「聞こう」

「一点は味が不味い。二点目は、ツチイモを切った時に出る粘液は洗い落とすのが大変でひどく臭い、そして皮膚がかぶれやすいのです」

「採用ッ」

「素晴らしい案だハイリ隊員」

「ロッゲ隊長。さっそく罠を仕掛けましょうぞ」


 パチンと指を鳴らすロッゲもロッゲだ。おそらく隊長と呼ばれて舞い上がっているのだろうが、他三人から体のいい責任者として祭り上げられたことに気づいていない。

 何かあれば、彼らはすぐにでもロッゲの身柄を差し出すことだろう。


 ともあれ、そんなことは些細な問題である。ここに集まる彼らはあの小憎らしい男に一矢報いなければ気が済まないのだ。


 そして、近場にあったバケツとロープを使って即席の罠を彼らは作り出した。仕組みとしては、ドアを開けた人物の真上に、臭くてねばねばしていて、尚且つかゆくなるツチイモの粘液が降り注ぐという仕組みである。


 これを喰らえばたまったものではない。あまりの痒さに悶絶するウルスクの苦悶の顔が目に浮かぶようだ。


 そして30分後。ウルスクが戻ってくると言っていた時間帯に合わせて罠をセッティングした彼らは、扉前に待機してその時を待った――


 ――ガチャ。


 扉が開き、そして中に人が侵入する。同時に、天井に仕掛けられたツチイモの粘液が盛大に侵入者へと降り注いだ!


「作戦成功だぜ!」

「ヒャッハー!」


 見事な作戦成功にはしゃぐ四人は、我先にとウルスクの失態を見るために入口へと殺到した。


 ――が、その瞬間、彼らの表情は凍り付いた。


「ウルスクの代わりに様子を見に来てみれば、これは一体何の騒ぎだ?」


 入り口でツチイモ塗れになっていたのは、ウルスクではなくローディアであったのだから。


「あ、いや……こ、これは……」

「「「すべてこいつの仕業です!」」」

「なぁ!? 裏切ったなお前らッ!!」


 しめし合わせたように作戦隊長のロッゲを売る三人。ここでようやくロッゲは、自分を隊長と崇めていた三人の目的が、こうしてスケープゴートにするためだったと気づく。


 ただし、全てが遅い。


 眼鏡にかかったツチイモの粘液を拭きとったローディアによる判決は下されたのだから――


「これから教育を行う。全員、静かにした方がいい」



 ☆



 数分後、遅れてウルスクが食糧庫に様子を見に来た。


「――ごめん遅れた……って、あれ副隊長。なにしてんの?」

「ふむ、少し気になることがあってな」


 そこで、どういうわけか副隊長と遭遇したのだから、彼は少し目を丸くした。


「って、うわっ! な、何やってるのさ……!?」


 ただ、副隊長の奥の四人を見て、ウルスクの目は見開かれた。


「ツチイモの粘液には搔痒感を促す効果があると小耳に挟んだから、私の魔法で動きを止めた人間の全身にこれを塗るとどんな顔になるのか、この愚図共で試しているところだ」

「う、うわぁ……」


 引き気味なウルスクの視線の先に居た四人は、なんと全裸で停止していた。その表情は苦悶すらも超えて虚無に至り、ぐったりとしている。しかし、意識を失いきっていないのか、時折うめき声を上げては苦しんでいた。


 彼らの全身にはかゆみを引き起こすツチイモの粘液がくまなく塗りたくられていて、更にはローディアの魔法によって動きを止められているのだ。完全に拷問である。


 とはいえ、同情する気にもなれないのはなぜだろうか。


「……こ、殺してくれ……」


 空虚なハイリの嘆願が食糧庫の闇に消えていく。


 その後、流石の惨事に同情したのか、はたまたローディアの教育が彼らの仕事に支障が出ると考えたのか、ウルスクの願い出によってすぐに彼らは解放された。


 この行動が意外にも彼らの中でウルスクの株を上げたのか、その後の作業はもくもくとこなすようになった。


 彼らの姿を見て、最初からまじめに働いていれば、拷問染みた教育を受けることはなかっただろう……なんて言葉は野暮だろう。なにしろ、元はと言えば最初から全裸でナンパなぞしなければ、見習い兵士として雑用に使われることもなかったのだから。


 ――コケコッコー!!


 日の出と共に、鶏舎の方角から鶏の猛々しい声が聞こえて来た。同時に、宿舎全体に起床を報せるラッパの音色が爆発する。


 朝はまだ始まったばかりだ。


  ――to be continued

 

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