第4話 問い①『ここから助かる方法』
噂とは、その人物を評価する上で大きく影響を与える要素の一つだ。
たとえそれが根も葉もないものだったとしても、風評一つが知りもしない誰かの評価を一変させる。噂に語られる人物が知己か否かに関わらず、だ。
さて、では彼はどうなのだろう。
アルダ貿易都市防衛戦の英雄。百鬼の魔鉱単独攻略者。盗賊100人斬り常連。無暴の鎮圧者。表情無き鬼。冷たき者――
彼が一人いるだけで、その都市の犯罪率が激減するとまで言われたその男の名は、ローディア・ガンベルド。
【冷刻】のローディア・ガンベルトである。
彼を噂する称号は数知れず。そのどれもが輝かしい功績と共に、その凍り切った鉄面皮を語るものである。
はてさて、彼は噂通りの人物なのか。
実証する四人からしてみれば甚だ不本意だろうが、数ある噂の真実を確かめる機会が、今訪れた――
ここはアルダ貿易都市の南門付近に設置された牢獄。石畳と無機質な煉瓦に囲まれた一室はまるで石櫃。牢屋唯一の出入り口の鉄格子の前で木の椅子に座り寛ぐローディアは、差し詰め地獄の獄卒と言ったところか。
今より行われるのは獄卒による尋問だ。彼に身の潔白を証明することができなければ、石櫃の中の罪人はそのまま地の底へと消えることとなる――かもしれない。ともあれ、どんな結末が待ち受けていようと、ローディアの前に横一列に並んで正座する四人にとって、気が気ではないことは確かだ。
なにしろ、相手はあの【冷刻】のローディア。冗談が通じる相手ではない。現に尋問を受ける四人全員が全裸という冗談みたいな状況にすら取り乱すことのない彼に、果たして己の無実を証明することができるのか――
決死の戦いは始まった。
「それでは、何があったのかを教えてもらおうか」
全裸四人を眼鏡の奥から冷たい瞳でじっと見つめるローディアの問いかけが、静かな牢獄に反響する。しかし、彼の問いに返ってくる言葉はなかった。
((((……な、なんだこれは……何を言えばいいんだ……!!))))
なにしろ、ここに居る四人はどうしてローディアなんて大物が出て来たのか、見当もつかないからだ。
ロッゲ、ブディール、ポーノの三人は、まさか酒場の小競合い如きで都市の警備隊副隊長が直々に尋問に来るとは思っていなかった。
さらに言えば、ハイリに関しては三人が起こした小競合いとは完全に無関係なのだ。いや、確かに四人揃って一列に全裸で正座をする姿は、紛うこと無き同類なのだが……彼は今日この都市に来たばかりの変態である。
……都市に来たばかりで、ろくに街並みを見ることなく牢獄に入れられる彼の運命には、つくづく呆れることしかできないが。
そして、ハイリは問いかけに対する返事をしなかった。ローディアの恐ろしさを四人の中で唯一聞き及んでいない彼だが、下手なことをしゃべって、横の三人が起こした事件の共犯者として巻き込まれてはたまらないからだ。
加えて、ロッゲ達三人は三人で、迂闊に自分たちの行いを語ることができずにいた。
下手をすれば、そのまま有罪になる。有罪になれば、農奴行きか、それとも絞首台行きか――最悪の予想が彼らの頬を撫でた。
そうした事情から生まれた沈黙は、しかし長くは続かない。
「ハイデラ。彼らの罪状は?」
沈黙を破ったのは、もちろんローディアである。一向に何かを言い出す気配のない四人からの返答を諦めた彼は、すぐ横に待機している衛兵へと四人の罪状を確認したことで、沈黙はいともたやすく破られた。
「彼らの罪状はルビー隊長に対する淫行でありま――」
「ちょっと待てェ!!!」
ここでハイリが、ハイデラの語った罪状に待ったをかけた!
「俺はただ食事に誘っただけだ!」
「全裸でか?」
なるほど、確かに彼の行動を書き起こせば、ハイリはルビーを食事に誘っただけだ。全裸で。
もちろん、食事に誘っただけで淫行認定なんてされない。ただ、獄中の全裸である彼の言葉には何の信ぴょう性もなかった。ローディアは冷徹に確認する。その時は全裸だったのか、と。
「服は着ていた!!」
どうやら彼の記憶は混濁しているようだ。
と、言いたいところであるが、確かに彼はあの時点で全裸ではなかった。思い返してみてほしい。あの時の彼の姿を――
「不本意だが、俺は木に縛り付けられていたんだ! つまり、俺を縛る縄によって肌面積は全裸の半分になっていた……それはもう全裸とは言えないのではないか!?」
「恥部はまろびでていたがな」
「それがどうした! 少なくとも全裸とは言えないはずだぞ衛兵ィ!! 文句あるならかかってこいやァ!!」
全裸の半分――半裸であっても問題ではあるはずなのだが、ハイリはなんとも奇妙な理論を展開した。もちろん、横で聞いていた衛兵に苦言を呈されるが、圧倒的な勢いで乗り切ろうと彼は画策した。
「ふむ、確かに一理あるな」
「副隊長!?」
ここで思わぬ人物がハイリを援護する。ほかならぬ尋問を行うローディアである。眼鏡の位置を人差し指で整えながら一考する彼は、確かに半裸であるのならばと言葉を零したのだ。
「そも、この都市には恥部を露出した際に問われる罪がない。盗賊や魔獣被害で衣服を失う人間も多いからな。ハイデラ、それはお前も知っていることだろう」
「そ、それは確かにそうですが……」
なんとこの都市には露出罪に相当する刑法がないのである。無論、悪意を持った他者への淫行となれば、それはまた別の罪に問われることとなるのだが。ともあれ、ただ全裸でいるだけならば罪には問われないのだ。
その事実を指摘され、ハイデラは引き下がらざるを得なかった。なにしろ、ハイリは全裸で木に拘束されてこそいたが、ルビーに対して行ったのは食事に誘うだけである。
「それで、そこの三人も同じなのか?」
「別件ですが同罪です」
ハイリへの聞き込みは終わったのか、ローディアは冷たい視線を横へとずらして、今度はロッゲ、ブディール、ポーノの三人の罪状を確かめる。ただ、やはり彼はハイリと三人が一つのグループであったと勘違いしていたらしい。相変わらずその鉄面皮は微動だにしないが、何とも驚いたような雰囲気をしていた。
まあ、全裸が同じ牢屋に入っているのだ。仲間を疑っても仕方がない。
「ふむ? てっきり私は四人組のストリートストリッパーかと思っていたんだが……」
「「「そんなわけあるかァ!!!」」」
その上、甚だ不本意な勘違いをされているとなれば、【冷刻】を前にして委縮しきってしまった変態三人組であろうと黙ってはいられない。勢いよく立ち上がった彼らは、その勢いのままにローディアへと駆け寄り、鉄格子を顔にめり込ませながら声を張り上げた。
「俺は冤罪だ! この不細工共とは違う!」
「不細工のこいつらならともかく、なぜ俺が罪に問われなければならないんだ!!」
「イケメン無罪を主張する!!! 死ぬべきは二人だけだろう!!」
なんと醜い争いだろうか。お互いに無実を主張しつつも、どういうわけか他二人へと罪を擦り付けようとするとは。
「ハイデラ。実際、彼らは何をしたんだ?」
ただし、彼らの必至の自己弁護は無視され、ギャーギャーと騒ぐ変態を余所に彼らがここに囚われた理由がハイデラの口から語られる。
「先日、警備隊が区画巡回をしていた際に、酒に酔った勢いで店の外で女性にダルがらみをしてました」
「全裸でか?」
「全裸で、です」
おっと、擁護のしようもない話が出てきてしまった。酒の勢いとは怖いものだ。
「なるほど、衛兵にしては的確な判断だ。おかげで都市の平和は守られているというわけだな」
「こいつらに絡まれるとか悍ましさしかない。トラウマものだ。悪夢にうなされてないといいが」
「そうとなれば風の貴公子として、紳士的に美女に纏わりつく悪を成敗するのは道理だな」
しかも彼ら三人は、自分はともかく連れの二人が捕まることには納得しているのだから、救いようのない変態たちである。もう有罪でいいんじゃないかこいつら。
「「「だがやはり納得がいかない!」」」
「ふむ、話は聞いておこう」
その時、三人は考えた。ここでローディアを言いくるめることができれば、何らかの罪に問われることはないのでは、と。
逆に言えば、説得に成功しなければ罪に問われることになるし、もしも他の二人が無実となり自分が罰を受けることになったらたまったものではない。
故に、三人は全く同じ思考へとたどり着いた。
(((こいつらが無実にならないように足を引っ張りながら、俺の濡れ衣を晴らしてやる……!!)))
仮にもこうして牢屋に入る前までは、三人は同じ店で酒を飲んでいた仲だったのではないのか。仲間とは、友情とはなんなのか。この三人を見ているとわからなくなりそうだ。
ともあれ、そうした三人の自己弁護は始まった――
「見てください、俺のこの姿を」
先手を切ったのはロッゲ。彼は堂々と胸を張って、ローディアへと主張を繰り出す。
「全裸をか?」
「これ以上の潔白を示す姿など、他にあると思いますか! 他二人とは違う汚れ無き体! これこそが罪なき証明となりましょう!!」
「なるほど、その全裸は赤裸々に身の潔白を証明する手段だと」
「その通り!!」
恥部すらも曝け出す姿勢は、確かに裏表ない態度の表れと言えるかもしれない。ただ、だからと言って下心すらも全開にしていいわけではないのだが。
「次は俺だ!」
続いて前に出たのはブディール。
「私は紳士です」
「「「ぶっ……!?」」」
きりりと顔を整えた彼は、口調すらも畏まりながら語りだした。ただし、全裸のまま決め顔とは端から見たらお笑いもの。笑いをこらえきれなかったハイリ以下変態三人は、ブディールの姿を見て思わず吹き出してしまう。
だが、ブディールの語りは止まらない。
「紳士とは心の所作。つまり、衣服などで着飾らなくともよいのです。むしろ、着飾ることこそが邪道と言えないでしょうか?」
「なるほど、魂の在り方こそが人間の美点である、と」
「比べて他の二人は……ああ、何とも嘆かわしい。いうなれば私は肥溜めの中の貴公子、というわけなのですよ」
脂肪でたるんだ顎に指を添えて、ブディールは最後に決めポーズをとる。堪えきれなくなったハイリは、蹲って床を叩いた。
「くくっ……最後は俺ですよ!」
最後に回ってしまったポーノは、笑いをこらえながらもなんとかローディアの前へと立った。
「副隊長殿は、人がどうやって生まれるかご存じでしょうか?」
その語りだしに、ハイリ以下変態三人は目を見開いた。それはリスクのある自己弁護であると、誰しもが気づいたからだ。しかし、身の潔白を証明するために彼はそのリスクへと手を出した。
「人は愛によって生まれます……そして、人は愛し合う時に己の体をすべて曝け出すのです……ならばこそ、この姿は恥ずべきものではない。むしろ、しっかりと見定め、己のパートナーに相応しいかを見極めるために重要なものなのです」
「なるほど……。ところで、その時の女性は君の恋人なのか?」
「名前も知りませんが、些細なことですよ」
ロッゲ以上に何もかもを曝け出したポーノの姿に、一同は驚愕を隠せなかった。むしろ下心を包み隠すことなく前に突き出すことによって、その覚悟を純真であると悟らせようとしたのだろう。
一歩間違えれば下心を指摘されて罪に問われる危険な賭けは、二人を出し抜くには十分な破壊力を持っているはずだ。
さて、こうして三人の自己弁護は終わった。あとは判決を待つだけだと、全裸三人は緊張した面持ちでローディアの言葉を待つ。
思考し勘案するローディア。ぎしり、と彼が姿勢を変えるたびに、木の椅子がきしむ音が静かな牢獄に響き渡る。十秒にも満たない判決を待つ時間が、数時間にも感じられる。
そして、判決は下された。
「それじゃあ、今回の処罰だが――」
「「「ちょっと待てェ!?」」」
「……どうした?」
判決とは言っても、下されるのは無罪か有罪かではなく、どんな処罰をするかだった。そのことに異議ありと、またもや鉄格子に顔をめり込ませた変態三人の抗議活動は始まった。
――パチンッ。
ただし、彼らが喚き散らす雑音など、ローディアが指を鳴らしてしまえば、静まり返るしかないのだ。
「なっ……こ、これ……!!」
指が鳴らされた瞬間、またもや彼らの動きが止まる。それも、今度は指先どころか、発言すらも許さないと言わんばかりに。
それが魔法という力。魔法には魔法でしか対抗することができない。だからこそ、魔法を扱う魔法使いたちは特別なのだ。
「静かにした方がいい」
そして、静まり返ったこの空間の支配者が、厳かに口を開いた。
「いいか、貴様ら。恥部はなぜ恥部と呼ぶ?」
今まで座りっぱなしだったローディアは立ち上がり、鍵が掛けられていたはずの牢屋の扉を、鍵なんて最初からなかったかのように開き、彼らに近づいた。
「みっともないからだ。表に出すべきではない人間の裏側だからだ。人に見せつけ誇ること自体が恥そのものだからだ。見物したところで万人が心地よくなれるわけがないからだ」
気温が下がったわけじゃないのに、ローディアの近くは凍えてしまうほど寒い。ガタガタと、動きを止められているはずなのに体が小刻みに震えてしまう。
怖い。恐ろしい。そんな感情が、全身を支配する。
「表沙汰に出来ない恥部を隠す行為を、人は社会と呼ぶ。故に、そんなものを見せつけるような恥を理解できない貴様らの蒙昧にこそ、罪があると私は判断したまでに過ぎない」
三人だけではない。ハイリまでもが感じ取った。今この牢獄の中にいる全員が、次の瞬間には縊り殺されていてもおかしくないのだと。
それほどまでに、彼の放つ冷気は殺気に満ちていた。
「まあ、本来であれば厳重注意で終わる内容なんだが、今回は特別だ。ロッゲ、ブディール、ポーノ。貴様らの変態的素行は度々問題に上がっているからな」
ただ、その恐怖はいつの間にか霧散していた。ほんの一瞬、それは顔を見せただけなのだ。ただそれだけなのに、ハイリの背中に滝のような汗が流れていた。
これが、この都市の警備隊副隊長か、とハイリは思う。ともあれ、この牢屋での騒動はこれでひと段落か、と彼は胸をなでおろした。
「問題児四人の今回の処罰は一年間の兵役ということにしておこう。四人とも仲良く、見習いとして警備隊の仕事をして、常識と社会を学び直すといい」
そうして、変態四人の処遇は決まった。
四人。ロッゲ、ブディール、ポーノと続き、四人目に数えられた男は、聞こえてきた処遇に目を瞬かせて、聞き間違いではないかと今しがた耳に入ってきた言葉を反芻した。
「え、四人……?」
「もちろんだ。ほら、何かと昨今は物騒だからな。警備隊も人手不足で、猫の手も借りたい」
「え……はぁああああ!?!?」
現実は無情なり。ともあれ、村を勘当され無一文で行く当てのない彼にとって、見習いとはいえ所属する先ができたことは幸運と言えるのではないだろうか。
まあ、それがわかるのは未来の話だ。
一先ずは、四人揃って警備隊の見習いとして働くことになってしまい、嘆きむせび泣く彼らを最後に、幕を閉じることとしよう。
なおこの後、よく考えたら警備隊が誇る美女隊長ルビーの下で働けると気づいた彼らが、無駄に元気を取り戻してまたもや冷たく厳重注意されることとなるのだが、それはまた別のお話だ。
――to be continued
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