第3話 全裸四人も揃えば変態の知恵
常識とは常に多数決で決まる。それが正しいか否かに関わらず、その場の意見によって常識なんてものは簡単に左右されてしまうのだ。
つまり、非常識が三人集まれば文殊の知恵……ならぬ、常識の誤解といったところか。少なくとも、ハイリが置かれた状況には、世間一般でいうところの常識が著しく欠けていた。
状況を整理しよう。
木に縛り付けられたまま全裸でアルダ貿易都市の南門にたどり着いたハイリは、そのまま見かけた美人をナンパした結果、牢屋にぶち込まれた。
彼が牢屋に入れられたのは自明の理だが、かといって全面的に彼に非があるとも言い難い。なにしろハイリは無一文の上、木に縛り付けられたまま草原に放り出されたのだ。情状酌量の余地もあるだろう。
ともあれ、そんな可哀そう(?)なハイリが牢獄の中で嘆いていると、彼の前に三人の男が現れた。
小太りの全裸。長身の全裸。ロン毛の全裸。何の因果か、ハイリを含めて牢獄の中には四人の全裸が会した形になる。
ここに置いては、全裸でいることこそが常識なのだろうか……?
「こうしているのもなんだ。お互いに自己紹介でもしようじゃないか新人君」
さて、入り口付近で突っ伏しているハイリに対して、部屋の奥に陣取るロン毛の全裸がそう話しかけてきた。
自己紹介か。確かに、初対面の人間に対して挨拶をするというのは、人間に欠かせない礼節の一つだ。如何に全裸であろうと、礼節までハイリは脱ぎ捨てていなかった。
「俺の名はハイリ」
「そうか、ハイリ。俺はロッゲ。見ての通りのイケメンだ」
「俺はブディール。人は俺のことを風の貴公子と呼ぶ」
「ポーノだ。サインならいつでも書いてやるよ」
「……?」
上からロン毛のロッゲ。小太りのブディール。長身のポーノといった並びで自己紹介が終わったものの、彼らの名乗りに添えられた耳を疑う言葉に、ハイリの眉は顰められた。
いやいや、相手の自己評価にとやかく言うのは礼節に欠ける。そもそも、ハイリは人里離れた山奥に幽閉されていた世間知らずだ。世間一般からすれば、彼らの自己評価は正しいものなのかもしれない。
なので、一旦浮かべた疑問符は心の奥底にしまい込んで会話を続けた。
「一つ聞きたいが……お前らはなぜ全裸なんだ?」
ここでそんな踏み込んだ質問をしたのはハイリだ。彼としては、その姿を脳裏に焼き付けた先ほどの美人――ルビーの姿が男三人の全裸に書き換えられたくはない。
ただ、彼らが全裸である理由が気にならないわけでもない。まさか、この町では全裸で生活しなければならないなんてルールがあるわけでもなかろう……。
「全裸である理由……か」
「語るまでもないだろうそんなこと……」
「むしろ全裸であることに何の弊害が?」
その裸体に恥ずべき理由を感じさせぬほど堂々とした佇まいと言動は、むしろ全裸であることを気にしていること自体が間違いだと
その姿は、ぶらぶらと揺れるそれへの嫌悪感すら忘れてしまうほどに威風を感じさせるものだった。
そしてハイリは確信した。ここには、そういったヌードを前提にした文化があるのだと……!!
「そいつらが全裸なのは酒の席で取っ組み合いの喧嘩したからだ変態共」
しかし、彼らの全裸に対する回答はハイリの背後から齎された。鉄格子の向こう側から会話に混ざって来たのは一人の衛兵。見覚えのあるその顔は、南門から牢屋までハイリを連行した一人である。
「そして、貴様らが今ここに捉えられている理由は、都市で淫行を働こうとしたからだ不細工共」
続く衛兵からのカミングアウト。なるほど、この三人もまた全裸でナンパをしかけたハイリと似たような理由で投獄されたわけか。
「ふむ」
「なるほど」
「俺たちはそんな理由で捕まっていたのか」
どうやら、三人の変態はここに来て初めて自分たちが投獄されていた理由を知ったらしい。彼らがいつここに投獄されたのかは知らないが、あまりにも遅すぎやしないだろうか。
ロッゲ、ブディール、ポーノの三人が徐に冷たい牢獄の床から立ち上がる。はて、もしや衛兵に文句を言うために立ち上がったのだろうか。
ともあれ、なにやらただならぬ気配を感じたハイリはすぐさま鉄格子の近くから退避した。なにしろハイリの目には、彼らがこぶしを握り締めているのが見えてしまったのだから。
不細工共という衛兵の評価は彼らの顔面偏差値を加味すれば順当なものかもしれないが、それが怒りを抱かない理由にはなりえない。はてさて、ここからどんな大事件が起きるのか、ハイリは固唾を飲んで見守った。
ロッゲの右拳が強く握られる。ブディールがその手を振り上げ、ポーノが大きく息を吸ったその瞬間、三人の拳は炸裂した――
「「「
お互いの頬に向けてその拳は炸裂したのだった。自分の右隣にいる人間へと向けた拳は見事頬に命中し、三人全員の左頬に大きなダメージが与えられた。もはやクロスではない。
ふらつく足元。しかし、戦いはまだ終わっていない。再び自分を牢屋送りに巻き込んだ憎き敵に制裁を加えんと、三人の変態は拳を構えた。
繰り広げられる喧嘩は凄惨の一言では表せないだろう。そんな彼らの戦いを見たハイリは思う。
――この先、こいつらと関わることはないだろう、と。
なんと身も心も醜い連中だ。それこそ、どぶの方が清く見える。ここまで汚れているとなると、もはや彼らは人間ではないのかもしれない。
はたから見ればハイリも三人と同じカテゴリーに属する姿をしていることを、彼は一度鏡を見て確認した方がいい。
囚人たちの喧嘩を真っ先に止めなければならない看守代わりの衛兵にすら冷めた目で見られている彼らの戦いは、まもなく決着する――
――パチンッ
その時だった。鉄格子の前に立つ衛兵の後ろから指を鳴らす音が聞こえて来たのは。
同時に、とどめとばかりに拳を振りかぶった三人の動きが突如として止まった。
見えない何かに雁字搦めにされたように――
――まるで、魔法のように。
「な……!?」
「か、体が動かん……!!」
「この魔法は……まさかっ!?」
いや、魔法なのだ。
人智を超えた神の御業。それを使用できるのは、神に愛された限られた人間だけ――
「静かにした方がいい」
変態四人と看守代わりの衛兵一人の牢屋に新たな客人が現れる。姿を現したのは、眼鏡をかけた無表情な男だ。
先ほどまでくだりを侮蔑を込めた視線で見ていた衛兵は、彼の登場に途端にぴしりと背筋を伸ばし、敬礼で出迎えた。
「
「挨拶はいい。尋問は元より私の仕事だ」
「はっ!」
副隊長。なるほど、彼がこのアルダ貿易都市の警備を担う警備隊の副隊長なのか、とハイリは現れた眼鏡の男の素性を知る。
よくよく眼鏡の男の服を見れば、彼の胸元には衛兵が付けているものと同じ、所属を表すワッペンがあるのがわかる。それに、今までの衛兵が全員同じデザインの鎧を身に纏っていたのに比べて、眼鏡の男が布製の衣服に身を包んでいる。それが、彼が特別な地位にいる人間であること証明していた。
眼鏡の彼の名はローディア・ガンベルド。
アルダ貿易都市の警備隊副隊長を務める男だ。
「それじゃあ、事情聴取を始めよう」
そして、このアルダ貿易都市で最も冷酷な男である。
「ちょ、さっき、尋問って言ってた気が……」
「何を言っているハイリ。き、きききき、聞き間違えだろう。なあ、ポーノ」
「俺のデータではローディア副隊長の尋問は凄惨を極めると聞く。元より魔法の使い手。尋常な手段を用いてくるとは思えない……」
「ふっ……風の貴公子、ここに散るか」
牢屋の先客三人組の反応を見てすべてを察したハイリは、どうしてこうなってしまったのかと自らの歩んできた道筋を振り返った。
そして、どうしようもないと悟った今、彼は鉄格子の前に座り、頭を地につけ許しを請うのだった――
ハイリの運命や如何に。
―to be continued
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