第36話


「私は……」


 遠坂が言いかけた――その時。



『ブーッ。ブーッ。』



 無遠慮に遠坂のスマホが震える。

 その音で一気に現実に引き戻された。


「あっ、ごめん!」


「お、おう」


 ハッと我に返り、自分がどれだけ顔を熱くしていたかわかった。

 ってか俺、雰囲気に流されてめちゃくちゃ変なこと言ってたよな……は、恥ずかしい。我に返るとすごく恥ずかしい。


「もしもし?」


『あ、香子? シャワー上がったから戻ってきていいよ~。……ま、香子がずっと藤田といたいって言うなら全然いいんだけどねぇ?』


「っ! も、もうっ! すぐ戻るから!!!」


『わかった~。じゃあねぇ~』


 遠坂が頬を膨らませ、怒ったように電話を切る。


「ほんと愛佳は……」


「じゃ、戻るか」


「うん、そうだね」


 立ち上がり、そしてもう一度景色を眺める。

 相も変わらず爽やかな風が吹いており、火照った体にちょうどよかった。


 ……その、本当に。





     ♦ ♦ ♦





 藤田くんと並んで歩く。


 間もなく辺りが真っ暗になるような夕暮れ時。

 私は今の状況にものすごく感謝していた。

 だって……顔が真っ赤なのを夕陽のせいにできるから。


「…………」


「…………」


 私たち二人の間に会話はない。

 きっと藤田くんも我に返ってしまったんだろう。

 かくいう私も我に返り、とにかく猛省していた。


 危うく言ってしまうところだった。

 雰囲気に流され、私の思いを打ち明けてしまうところだった。

 ……いや、別に危うくじゃないのかな。

 だってこの思いは嘘じゃないし。

 

 でも、もしあの時伝えてたら、どうなっていたんだろう。


 藤田くんが私の言葉を受けて、どんな表情をして、どう答えるのかが気になった。

 それと同時に、少し怖くもある。 

 もし藤田くんに拒絶されたら……そう思うと、恐ろしい。


 ……それでも、いつかは伝えないとダメだよね。

 だって私、藤田くんのこと好きになったんだから。

 このまま断られる恐怖におびえて逃げ続けるなんて、この気持ちに申し訳ない。


 そう……いつか。

 絶対にこの気持ちを伝えよう。怖くても、拒絶されるとしても。


「あの、さ!」


「どうした?」


「この後、夕飯だよね?」


「そうだな。バーベキューするらしいぞ。真理恵さんが肉めっちゃ買ったってさっき言ってた」


「肉⁉」


 急激にお腹が減ってしまう。


「安心しろ。たぶん遠坂がたらふく食べても俺たちの分が残るくらいにはあるからさ」


「っ! そ、そんな食べないよ!」


 ……いや、食べるかもしれない。

 そこは私の胃と相談だけど。


「別に恥ずかしがる必要ないけどな」


「恥ずかしがってないから!」


 私が怒ったように言うと、藤田くんはケラケラと笑った。

 彼の笑う横顔を見ながら、やはり強く思う。


 この思い、絶対に伝えよう。

 私の恋心にちゃんと報いるためにも。





     ♦ ♦ ♦





 それからシャワーを浴びた俺たちは、予定通りバーベキューをした。

 

 海で散々遊んだこともあって腹はペコペコ。

 下馬評通り遠坂の食欲は凄まじく、焼き上がる傍からぺろりと平らげていった。


 そんなこんなで夕飯を騒々しくも大満喫し。

 満腹で再び砂浜に降りてきた俺たちは、買い出しで買っておいた花火を楽しんだ。


「うわぁ! 綺麗!!」


「だろ? これは炎色反応と言ってな……」


「知ってる! 化学ってすごいよねぇ!」


「え、う、うん」


「林太郎、兄の威厳を出すことに失敗」


「う、うるさい」


「よくそんなこと知ってるね! ほんとに小学生?」


「夏休みの自由研究でやった!」


「海ちゃんは優秀だねぇ! ……お兄ちゃんと違って」


「おい宇佐美」


「あはは……」


 海を背景に、砂浜にはしゃぐ声が響き渡る。

 辺りは真っ暗で、花火と月夜の光が俺たちの顔をぼんやりと照らしていた。


 しゃがみ、線香花火に火をつける。

 するとさくっ、さくっという足音が近づいてきた。


「何一人でやってるの?」


「コソ練だよ。線香花火の生き残りデスマッチは花火の定番だからな」


「コソ練ってずるいな……」


 遠坂が苦笑いを浮かべながら、俺の隣に腰を下ろす。


「じゃあ、私もやろうかな」


 遠坂はそう言うと、線香花火を見せびらかすように取り出して火をつけた。

 二つの赤い丸が、暗闇にぽつんと浮かぶ。


「私、花火って好きだな」


「へぇ。ま、俺も好きだけど」


「日本人で嫌いな人ってあまりいないよね」


「確かにな」


 ふと部屋の窓から花火が見えたとき、どこか幸せな気持ちになる。

 花火は不思議な力を持っている。


「今度はさ、もっと大きい花火を見に行こう」


 俺はなんとなく、そんなことを呟いていた。

 俺の言葉が幻想的な夜の景色に溶けて滲んでいく。


「うん、そうだね」


 遠坂はそう呟いて、ふふっと笑った。

 赤い丸が、じりじりと火花を散らす。

 そんなささやかで不思議な光景を、二人でじっと見つめていた。










 花火を終え。

 家に帰ってくると、リビングでゆるゆるとボードゲームをし始めた。


 ちなみに海は帰ってくると疲れて寝てしまい、今はベッドで睡眠中だ。


「お、私の職業はパイロットか! ふふふ……大金持ち!」


「なっ……」


 ウィスキーの入ったグラスを片手に、真理恵さんがワハハと笑う。

 この人、完全にエンジン全開だ。


「次は俺の番か」


「林太郎は確かサラリーマンだっけ?」


「次こそは出世したいな」


「大丈夫。藤田は万年平社員だから」


「何が大丈夫なんだよ」


 宇佐美の雑な言葉を受けながら、ルーレットをからからと回す。

 

「七、か。えっと……うわマジかよ。転勤で罰金って、おかしすぎるだろ」


「はよ罰金しろやー!」


「そうだそうだー!」


「わかってるっての」


 ただでさえ給料が少なくて厳しいって言うのに……。

 仕方なく罰金を支払う。

 これでさらに心もとなくなってしまった。


 少ししょんぼりしていると、真理恵さんが空のグラスをテーブルに置いた。

 そしてウィスキーを注ぎながら、なんでもないことのように言った。




「そういえば道人さん、転勤するんだってね」




「……え?」


 グラスに入った氷がカランっと音を立てる。

 道人。それは俺の父さんの名前で。


 転勤するなんて話は一切、聞いていなかった。

 

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学校の王子様に可愛いと言い続けていたら、学校一の美少女になっていた 本町かまくら @mutukiiiti14

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