第35話


 それから、俺たちは小学生の頃に戻ったかのように無邪気に海を楽しんだ。


 砂浜には俺たち以外に人はおらず、貸し切り状態。

 それも相まって開放的になり、人目も気にせずはしゃいだ。


 スイカ割りに挑戦したのだが、これまた難しく……。



「林太郎! 右右!!!」


「俺から見て? お前らから見て?」


「とにかく右だ右! いけーッ!!!」


「だからどっち⁉」



 結局スイカには一度も当たらず、でもそれが楽しかった。

 

 それから立て続けにビーチバレーをし……。



「よいしょっ!!!」


「うおっ!!!」


 俺の方めがけて、遠坂のスパイクが飛んでくる。

 鈍い音を立ててコートに突き刺さると、ボールは遠くに転がっていった。


「ナイス遠坂さん!」


「旭日くんもナイストスだったよ!」


 ハイタッチを交わす二人。

 

「か、カッコいいな……」


 最近忘れていたが、遠坂は校内で有名な王子様。

 可愛いところばかりに目が行くようになってしまったが、やはりカッコいい。


「何してんの藤田! 今のは取れたでしょ!」


「あれ腕に当たったらもげるって」


「もげてもいいから取れッ!」


「無茶言うなよ……」


 その後、運動神経抜群の怪物二人に蹂躙され、俺と宇佐美チームは下馬評通りの大敗を期したのだった。


 それからも夏らしいイベントを重ね。

 気が付いたころには太陽も水平線に倒れこむ寸前で、それに呼応するかのように体はヘトヘトになっていた。


「先シャワー浴びてくるなー」


「お先~!」


 玲央と宇佐美が俺に手を振りながら帰路についていく。


「私も海を寝かせてくるから、先戻ってるわよ~」


「すぴー……むにゃむにゃ、もう泳げないよぉ」


 海をおんぶした真理恵さんも、ひらひらと手を振って歩いていった。


 俺は一人、砂浜に残って海を眺める。

 別にみんなと一緒に戻ってもよかったのだが、どうせ戻ったところでシャワーは埋まって浴びれないし、べたついて家にいる気にもなれないので留まることにした。


 それに、オレンジ色に染まった海を独り占めできる機会はそうそうない。

 インドア派の俺にとってはより、だ。


「綺麗だな」


 思わず呟く。



「何黄昏れてるの、藤田少年?」



 振り返るとそこには、からかいの笑みを浮かべた遠坂が立っていた。

 薄手の上着を羽織り、俺の顔を上から覗き込んでくる。


「……今のは違う」


「綺麗だ、だっけ?」


「それ俺のモノマネ? 似てないぞ」


「似てなくても言葉は一言一句同じだからいいでしょ?」


「…………」


 俺が普段、散々からかいすぎたからだろうか。

 仕返しされている気がしてならない。


 強引に話題を変えるとしよう。


「なんで遠坂は残ってるんだ? みんなと一緒に帰ればよかっただろ?」


「それは……だって、せっかくこんな景色を独り占めできるんだから、した方がよくない?」


 同じだ。俺と、全く。


「でも俺がいたら独り占めじゃなくならないか?」


「藤田くんと私の二人で見るんだから、独り占めだよ」


「何それ哲学?」


「ふふっ、そうかもね」


 多少夕陽とこの壮大な景色にあてられているのかもしれない。

 つじつまの合わない会話でさえ、心地いいと感じている自分がいた。


「ちょっとついてきてくれ。いい場所がある」


 俺は言うと、立ち上がり歩き始める。

 遠坂は何も言わずに俺の横に並んだ。










 爽やかな風が吹いていた。


「すごい……綺麗だ」


 遠坂が呟く。

 

 目の前に広がる、どこまでも続いていそうな海。

 砂浜から少し歩いたところに崖があり、そこからの景色は壮大で辺り一面海しかなかった。


「何黄昏てるんだ? 遠坂少女?」


「あ、ずるいなぁ。私に仕返し?」


「これでチャラになったな」


「チャラじゃないよ! 普段私のこと散々からかってるくせに」


「からかってないって」


「からかってるよ! これに関しては言い逃れできないから。有罪確定」


 遠坂が頬を膨らませて言い放つ。

 そしてまた海に目を向けた。


 遠坂の瞳が夕陽色の海に染まる。

 それはまるで宝石のようにキラキラと輝いていて……。


「あのさ、藤田く……」




「――綺麗だ」




 言った瞬間、遠坂と目が合う。

 より波の音が大きく聞こえる。


「……え?」


 少ししてようやく理解する。

 これは言い逃れできない。俺は今、完全に遠坂を見ながら綺麗だと言った。

 この壮大な景色ではなく、隣にいる一人の女の子に。

 そしてばっちりと目が合った状態で。


「えっと……なんていうか、つい言っちゃったっていうか」


「そ、そっか。つい、言っちゃったんだ」


「う、うん」


 自分でもよくわからない。

 ただ、考えるよりも先に言葉に出ていた。

 はっきり言って、俺もすごく驚いていた。


 遠坂が風で乱れる髪を押さえる。


「い、今まで可愛いは言われてきたけど、綺麗は初めてかもなぁ!」


「俺も初めて言った気がする。女の子に対して」


「っ!!! 私が初めてなんだ……ふ、ふぅん。そっか」


 思えば、こんなに話す女の子というのは遠坂が初めてかもしれない。

 これまで全くかかわってこなかったわけじゃないが、記憶にはあまりない。


 でも、遠坂との記憶は思い返せば思い返すほど溢れてくる。


「……なんかさ、俺と遠坂って結構一緒にいるよな」


 普段じゃ話さないようなことを口にしたのは、間違いなく景色のせいだ。

 そういうことにしたかった。


「そうだね。元々藤田くんのことは知ってたけど、話し始めたのは新学期になってからだし……でもそっか。二年生になってもう四か月経つんだね」


「時の流れは速いな」


 本当にあっという間のように感じる。

 それほどに濃い四か月だった。


「その間私たち、色んな事したよね。色んな事も話したし」


「色々に尽きるな。……けど、全部いい意味の色々だった」


「私も同じ」


 不思議と俺と遠坂の間で交わされる言葉数は少なかった。

 それよりももっと、言葉にしなくても伝わる雰囲気がお互いのすべてを物語っていた。


 時間がゆっくりと過ぎているように感じる。

 時間なんて過ぎる速度が上がることもなければ下がることもない。

 なのに、その時思ってたこと、気分、体調、色んな要素が影響してスピードは変わってしまう。


 世の中しっかりしているように見えて、ちゃんと隙だらけだ。


「なんかさ、ここに来れてよかったって今すごく思ってる。二人で世界を独り占めしてさ。贅沢なことしてるのに、罪悪感もないや」


 遠坂が揺れる海を見ながら言った。


「やっぱりカッコいいな、遠坂は」


 本当にカッコいい。

 そしてやっぱり可愛い。

 この二つを綺麗に併せ持つ人間なんて、きっと遠坂以外にいないだろう。


「あははっ、ありがとう。でも、藤田くんもカッコいいよ」


「いいよ調律取らなくて。別に俺はカッコよくないし」



「いや、カッコいいよ」



 遠坂がまっすぐな瞳で俺をとらえる。

 心ごと鷲掴みされたかのように、動けなくなる。


 風が爽やかに吹いていた。

 塩っけのある海の匂いが、鼻腔をくすぐる。

 俺たちの目の前には壮大な景色が広がっていて、夕陽がほんのりと温かみを持って世界を照らしている。


「あの、さ」


 遠坂の唇が震える。

 思わず息をのむ。


「私、私……」


 まるで世界に二人しかいないみたいに、静かに遠坂の声が響く。

 本当に二人で独り占めしてるみたいに、高揚感が胸を包み込む。


「私は……」


 そして、彼女は――




――あとがき――


ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

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