第34話


 車が高速道路に入る。

 

 山を切り開かれたような作りで、両側には森がいっぱいに広がっていた。

 

「あ~私の恋は~♪」


 車内に流れる音楽に合わせて口ずさむ真理恵さん。

 しかし、助手席に乗る俺、そして後ろに座る二、三列の人たちは一言も発さず窓の外を眺めていた。


 空気が明らかにこれから旅行をしようっていうグループのものじゃない。

 その理由は明白だった。


「ちょっと真理恵さん。真理恵さんのせいでこんな空気になってるんだけど」


「え、私のせい? ……あぁー! 確かに選曲が古いわね! よし、ジ〇リ流そう」


「そういうことじゃなくて」


 音楽に乗りきれてないわけじゃない。


「ほら、真理恵さんが最初に“あんな”質問するから」


「あぁー“アレ”ね! でも仕方ないでしょ? はっきりさせないと後々面倒なことになるし」


「今面倒なことになってるんだけど」


「もぉー太郎細かい! 別に気にしてないよね? 香子ちゃん?」


「ふえ⁉ あ、はい! それはもちろん」


「愛佳ちゃんも」


「私は全然気にしてないですよ! ……むしろナイスアシストかと」


「え? ナイスアシスト?」


「なんでもないよぉ~」


 宇佐美が下手な口笛を吹く。

 

「ちなみに俺も気にしてないので大丈夫です」


「玲央くん……! やっぱりイケメンは細かいこと気にしないってことね! 見習いなさい、太郎」


「なんだよ見習えって」


 失礼な叔母さんだ。


「でもびっくりしたよ。太郎が女の子連れてくるっていうから、てっきり彼女だと思ったんだけど……いやぁそっかそっか。どっちも付き合ってないのね」


「なんで残念な感じ出してるんだよ」


「そりゃ可愛い甥っ子に可愛い彼女ができたらお姉さん的に嬉しいでしょ? あ、もちろん太郎の彼女になりたい! って言うんだったら私が全力でサポートしてあげるわ! 太郎を落とすなんて簡単だし」


「簡単ってやめろ。なんか俺がちょろいみたいじゃんか」


「そうじゃない?」


 真理恵さんが後ろにパスをする。


「まぁちょろいかな」


「ちょろそう~」


「お兄ちゃんはちょろい!」


「ちょろいんだ」


「おい」


 なんで俺のことをちょろいと思うのか全く分からない。

 根拠を出してほしいね、うん。


「ま、そういうところも含めて色々楽しみにしてるわ。今は二度と訪れないんだし、悔いのないように楽しみなさい」


 真理恵さんは珍しく真面目なことを言って穏やかに微笑むと、再び歌を口ずさみ始めた。

 多少なりとも柔らかくなった雰囲気を運んで、車はずんずん進んでいく。

 夏の景色を置き去りにして。










 パタンと車のドアを閉める。


「到着~♪」


 荷物を降ろし終えた真理恵さんが満足げに呟く。

 

「大きな家……」


「立派すぎるな」


「これぞ豪邸って感じなんだけど⁉ 真理恵さん何者⁉」


 宇佐美に食い入るように言われ、へへっと笑みをこぼす。


「こう見えて文章を書いてお金をもらってるのよ?」


「つまり小説家ってことですか?」


「そうよ。麻里めぐみって知ってる?」


「知ってますよ! 超有名な恋愛作家じゃないですか! ……ハッ! 麻里めぐみ……も、もしかして!」


「そういうこと」


「すごっ!!! 私最新作も読みましたよ!」


「え、ありがとう! 嬉しいわ~!」


 夏の暑さに負けず盛り上がる宇佐美と真理恵さん。

 というより、宇佐美の若さに負けずハイテンションな真理恵さんと言ったところか。


「真理恵さん、早く家に案内してくれない? 暑すぎて汗がヤバい」


「もう、乙女の盛り上がりに水をかけるなんて……太郎は空気が読めないんだから


「乙女って」


「……え? 乙女でしょ?」


「……あ、はい」


 こういうときの真理恵さんは怖い。あと面倒だ。


「太郎に急かされたことだし、早速家に案内するわね」


 荷物を持った俺たちは、上機嫌な真理恵さんの後に続いて家に入っていった。










 その後。


 男女ごとに分けられた部屋に案内された俺たちは荷物を置き。

 移動の疲れを癒すために一息つく……かと思いきや。


「……あっつ」


 照りつける太陽。

 パラソルで光を遮っているというのに温められた空気が体にまとわりついてくる。

 

 砂浜は裸足で歩くのが困難なほど熱く、波の押しては引いていく音が響いていた。

 そして目の前にいっぱいに広がっている――海。


「…………ほんとに暑いな」


「確かにそうだな。女子たちが水着に着替えて出てくるのを待つこの時間。男にとってはその言葉に尽きるな」


「そういう意味じゃないから。気温的に暑いって俺は言ったんだよ」


「とか言って、海ではしゃぐ遠坂さんとか想像したんじゃねぇの?」


「してないし」


 別にしてない。本当にしてない。

 ……いや、ほんとに。


「俺はしてるけどな?」


「は? やめろよお前」


「なんでだよ。想像するのは自由だろ?」


「それはそうだけど……」


「それともなんだ? 他の奴に想像されるのが嫌なのか?」


「……違うよ」


「じゃあ別に――」



「おーいっ!!!」



 背後から弾んだ声が聞こえてくる。

 会話を区切って振り返ると、そこには楽しそうに手を振ってくる宇佐美がいた。


 ワンピーススタイルの水着を着ており、白くて健康的な肌が太陽の下にさらされている。

 長い髪は一つに束ねられており、一歩踏み出すたびにぴょこんと揺れる。


 やはり宇佐美も相当な美少女。

 ――しかし。


 俺はその後ろからやってきた彼女に目を奪われていた。


「ちょっと愛佳? はしゃぎすぎて転ばないでよ?」


「わかってるって! でもこの景色を見たら走り出さずにはいられないっ!」


「もう、気を付けてね」


 クールな笑みをこぼす遠坂。

 遠坂はシンプルな黒い水着で、肌の露出は多くないものの普段生活するうえでは絶対に見えないお腹の部分が出ており、見てはいけない気持ちになるには十分なほどに肌色面積が広かった。


 また、ショーツスタイルなため白くてむちっとした足が惜しげもなくさらされており、改めてモデル体型であることを思い知らされる。


 これは目を奪わざるを得ない。

 ほぼ強奪だ。俺に抵抗できるはずがない。


「へへへ。男子諸君よ! 女子が水着で登場したなら、何をまず言わなきゃいけないのかわかるよね?」


 宇佐美が腰に手を当てて人差し指をビシッと指してくる。


「めちゃくちゃ似合ってます」


「旭日正解ッ!!!」


「似合ってますね」


「藤田部分点ッ!!!」


 部分点かい。


「前の人と同じことは言わない! バリエーションを出せバリエーションを!」


 何この人めちゃくちゃ厳しいじゃん。

 すると宇佐美が隣の遠坂を一歩前に押し出した。


「さっきの反省を生かして……次は香子! ささっ、褒めろ褒めろ!」


「っ!!! ちょ、ちょっと愛佳……」


 遠坂は恥ずかしそうに顔を手で隠し、視線をあちらこちらへと彷徨わせる。

 

「ここは俺の出る幕じゃないな」


 玲央はそう言うと、俺の方を見てきた。

 宇佐美も俺に視線を向け、すべての視線が俺に集まる。


「えっと……」


 感想を言うならちゃんと見なければいけない。

 しかし、少し見るだけで謎の罪悪感に襲われ、思わず目を背けてしまう。


 というか、意外に遠坂ってあるよな……って何考えてんだ俺は。

 この場合一番考えちゃいけないことだろ。

 いやいや、でも俺も男だし……って、早く言わないと……。


 思考がまとまらず、暑さと焦りから汗が噴き出してくる。

 もう一度遠坂に視線を向けると、ちょうど遠坂の視線が俺に向いて目が合った。



「「ッ!!!」」



 すぐに目をそらし、頭に際限なく流れ込んでくる情報を捨てようと集中する。

 何動揺してんだ俺は。らしくない。

 ここはいつも通り、思ったことを言葉にすればいいんだ。いつも通り、そう、いつも通りだ。


「……めちゃくちゃ可愛いと思う、ぞ。うん」


「っ!!! あ、ありがとうございます……」


 遠坂の頬が真っ赤に染まる。

 

 なんだこれ。

 いつも言ってることなのに、体中が熱い。こんなの今までになかった。

 それに言葉が出るのに随分と時間がかかったし……。



「うんうん、青春ねぇ」



「「っ⁉」」


 遠坂の後ろからニヤニヤしながらやってきた真理恵さん。

 海も浮き輪を持ってその隣に立っていた。


「真理恵さん、あんまりからかったらダメだよ!」


「えぇ? でもいいじゃない。どうしても言いたくなっちゃったんだし! あぁー青春っていいわ~!」


「真理恵さんっ!!!」


「わぁ~太郎が怒った~!」


「……暑いなぁ、あはは」


「香子、顔まっか……」


「それ以上言わないで! 言わないで~!!!」


 


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