第33話
一週間後。
『7月28日。天気は快晴。本日は気温が高く、熱中症の恐れが……』
テレビから流れるニュースを背に玄関で靴を履く。
「荷物、ちゃんと持ったか?」
「うん持った! 忘れ物無し!」
「さすが海だ。お兄ちゃん安心だよ、老後まで」
「私はお兄ちゃんが心配だよ、老後まで」
「あ、俺のことね」
小学生に老後まで心配される高校二年生の兄でした。残念。
「じゃ、そろそろ行くか」
立ち上がり、いつもより重いリュックを背負う。
海も靴を履き終わり、リュックを手に取ったところでリビングからどたどたと足音が聞こえてきた。
「もう行くのか」
「うん。もう電車来るから」
「そ、そうか」
父さんが、リュックを背負い立ち上がった海に視線を向ける。
「……気をつけなさい」
「うん! 行ってきます!」
扉をガチャリと開け、朝から忙しなく輝き続ける太陽の下に出る。
父さんはそれまでずっと俺たちの背中に小さく手を振っていた。
十分ほど歩いて駅に到着する。
通学で毎日のように使っていたはずなのに、夏休み期間になると駅の様相が少し違うように思える。
妙に高揚感があるというか、漂う雰囲気が違うというか。
「あ! 藤田くん来た!」
「遅いぞビリ~!!!」
駅の改札横から声が聞こえてくる。
すでに全員到着していたようで、小走りでみんなの下に向かった。
「みんな早いな」
「楽しみで寝られなかったんだよ! 香子が」
「そうそう……って私⁉ ち、違うから! いや、楽しみではあったけど!」
「焦るな遠坂、わかってるから」
「藤田くん……」
「その調子だと修学旅行前日とか寝られなかったタイプだろ。苦労してるな」
「藤田くんっ!!!」
遠坂が怒ったように頬を膨らます。
すると俺の横をするりと抜けて、海が遠坂の前に立った。
「香子さん、お久しぶりです! お兄ちゃんがお世話になってます!」
「海ちゃん! 久しぶり」
海を見ると、遠坂は目を輝かせながら海の頭を撫でた。
以前に公園で遊んでもらったからか、海はよく遠坂に懐いている。
今も嬉しそうに頭を差し出しているし。
「こうみると姉妹に見えるな」
「いや、母親と娘じゃない? かっこ願望込み」
「願望込みって……」
「父親は?」
「そりゃ藤田でしょ」
「あぁ、確かに!」
「確かにじゃねぇよ」
「海は別にいいよ? でもお兄ちゃんが父親っていうのは、いささか不安が……」
「さすが林太郎。海ちゃんに相変わらず心配されてるな」
「さすがだよな俺」
「さすがなんだ……」
遠坂が呆れたように呟く。
今度は宇佐美が腰を落とすと、海に視線を合わせた。
「こんにちは。可愛いお姉さんの愛佳ですっ! 愛佳さんって私も呼んでね?」
「可愛いお姉さんって……」
「はい! 愛佳さん!」
「か、可愛い……! ほんとに藤田の妹?」
「失礼な……手塩に掛けた大切な妹だぞ」
「その塩払っちゃおうね、海ちゃん」
「はいっ!」
「俺の塩が……」
「どんまい、林太郎」
「励ましているように聞こえないほど声が元気だぞ、玲央」
わちゃわちゃと話していると、電車が駅のホームに滑り込んでくる音が聞こえた。
あまり時間はないらしい。
「これで全員だよな?」
「だな。夏風邪で寝込んでる壮馬を除けば」
「西原、無念……」
一番楽しみにしていたみたいだが、体調を崩すあたりもはや西原らしいと言える。
また今度の機会を楽しみに待つとしよう。
「よし、みんな行こうか」
俺の言葉を合図に、全員改札をくぐった。
景色をぐんぐんと追い越して列車は進んでいく。
車窓の外にはどこまでも続いていきそうな青空が広がっており、午前の爽やかな空気も相まって心地のいい雰囲気だった。
「いただきまーす!」
「いただきまーす」
電車に乗る前に駅で買った駅弁を広げる。
ちょうどお昼の時間だ。
「美味しそう……!」
目の前で包みを開き、現れた弁当に目を輝かせる遠坂。
今度は俺の方も覗き込んでくる。
「藤田くんのも美味しそうだね」
「だろ? でもごめんな。せめて三口だ。それ以上は譲れない」
「別にせがんでないよ⁉」
「いや、それだけじゃ足りないかなと思って」
「た、足りるよ」
「それは余計な心配だよ、藤田!」
横から宇佐美の声が飛んでくる。
「香子のお昼ご飯それだけじゃないから! コンビニでおにぎりとパン買ってたし!」
「ちょっと愛佳⁉ それは秘密にしようって!」
「どうやって秘密にするつもりだったんだよ」
昼の時間に食べるなら俺たちに気づかれるだろうが。
「……ってかさ、改めて思うけどなんでこの席順?」
「今更すぎるだろ」
玲央の呆れたツッコミを受け流しつつ、改めて席を眺める。
現在俺たちは、四人のボックス席に通路を挟んで座っていた。
進行方向の左側に宇佐美と玲央、そして海。
右側には俺と遠坂というフォーメーション。
普通なら俺と海の二人だと思うんだが……。
「なんかお前らから他意を感じるんだけど」
「な……まさか林太郎でも察するとは。ちょっと驚いたな。林太郎にも察するっていう能力があったのか」
「おい馬鹿にしてるだろ」
「これは馬鹿にとかじゃねぇよ。事実を述べてるだけだ」
「それの何が違うんだよ」
小競り合いをしていると、海が宇佐美の体からひょこっと顔を出した。
「いいでしょ? それとも何? お兄ちゃんは香子さんと向かい合わせが嫌なの? 二人でお出かけしてるのに?」
「っ!!!」
「いや、そういうわけじゃなくて……というか、なんで出かけたこと知ってるんだ?」
「妹に知らないことはないんだー!」
「あるだろ普通に」
だとしたら全兄妹はプライベートが筒抜けだ。
「ま、いいじゃん? それとも何? 照れてるのぉ?」
宇佐美がからかうように見てくる。
「照れて……そ、そうなの?」
今度は遠坂まで上目遣いで見てきた。
「照れてるとかじゃないから。ただ、その……」
言葉に詰まる。
宇佐美の言葉を聞いて思ったのだ。
これまでの俺だったら、間違いなく席順なんて気にしなかった。
でも今気にしているということは、もしかして本当に……。
「……海と遠いのが不満なだけだ。以上」
「「「いやシスコンか!!!」」」
全員から総ツッコみをもらいながらも、列車は耳心地のいい音を立てて進んでいく。
だんだんと夏に近づいているような、そんな気がした。
「ついた~!」
ようやく目的地に到着する。
都心から随分と離れており、普段じゃ見れないような自然溢れる景色が広がっていた。
すでに時刻は昼の十二時をゆうに回っており、目をそむけたくなるような強い日差しが頭上に降り注ぐ。
セミの鳴き声はうるさいくらいに響き渡っていて、どこをどう見ても、どう感じ取っても夏だった。
「おーーーい!」
ロータリーのところから聞こえる声。
「太郎ぉおおおお!!!」
デカい車にもたれかかり、サングラスをかけたまま全力で手を振ってくる。
……なんだあれ、恥ずかしい。
急いで声の方に向かう。
「ちょっと真理恵さん。恥ずかしいので手厚い歓迎は人のいるところでやらないでくださいよ」
「ったく、太郎は恥ずかしがり屋だなぁ。ま、そういうところも可愛いんだけどね?」
「あはは、どうも」
「気持ちを込めないと気持ちをぉ!」
夏にも負けず暑苦しい人だ。
ふと、ポカンと口を開けながらみんなが俺と真理恵さんを見ていることに気が付く。
「ごめん、紹介が遅くなったな。この人が俺の叔母さんの真理恵さん。見ての通り暑苦しいから熱中症に注意してくれ」
「失礼な! あとお姉さんよ」
そこは譲れないらしい。
「改めて、みんなよろしく! 何歳からでも青春はできる! 青春するわよー!!!」
「おぉー!!!」
初見でノリを合わせる宇佐美。
さすがとしか言いようがない。
「ところで、さ」
真理恵さんが意味深に宇佐美と遠坂を交互に見た。
「どっちが太郎の彼女?」
「へぇっ⁉」
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