五章 彼女のぬくもりに、彼は思う
第32話
セミの鳴き声が、うるさいくらいに響いていた。
照りつける太陽の日差しに目を細めながら、いつもより重い鞄をずり上げる。
凄まじい解放感と、一歩踏み出すごとにじりじりとせり上がっていく高揚感。
「遂に、遂に……夏休みだーッ!!!」
それを真っ先に外に出したのは西原だった。
「ヤバいよどうしよう! もう夏休みだよ⁉ 高二の夏休みだよ⁉」
「いつもの二倍はやかましいな」
「そうだぞ西原。暑いから落ち着け」
「逆に二人は落ち着きすぎじゃない⁉ 遠坂さんもそう思うよね⁉」
「私⁉ ま、まぁ……子供らしくはないよね」
「香子のそのセリフが子供らしくないよ⁉」
「えぇ⁉」
ガヤガヤと五人で廊下を歩く。
しかし、五人、それも豪華なメンバーで盛り上がってもなおそこまで目立った様子はなかった。
なぜならみんなが西原に負けない熱量で、待望の夏休みを歓迎していたから。
いつにも増して校内は騒がしく、活気に満ち溢れている。
「いやぁ~やっぱり、高二の夏休みと言えば恋! 近づく男女の距離だよな~!!!」
「「っ!」」
思わず体が反応してしまう。
「どうした林太郎? 遠坂さんも、ちょっと顔赤くないか?」
「べ、別に? やっぱり暑いからかなぁ……」
「……同感だ。廊下だとエアコン効いてないしな」
「ね、ねぇ?」
「お、おう」
遠坂とぎこちなく笑みを交わす。
別にやましいことなんて何もない。ただやはり、脳裏をよぎっていたのは先日の遠坂の言葉だった。
――あのさ! これから私のこと、女の子として見てほしい!!! 一人の、女の子として!!!
あれから男女という意識をしてしまうと、妙に体の調子がおかしくなる。
謎だ……もしかしてこれが夏風邪ってやつか?
「でも、とうとう彼女ができなかったよ……ちきしょうっ!!!」
「あははっ、どんまい壮馬。お前ならそうだと思ってたよ」
「どんまいと後ろが噛み合って無くない⁉ というか、そういう玲央も彼女できてないだろ⁉」
「あははっ、それを言われると何も言い返せないな」
「でも旭日は作らないだけでしょ? 聞いたよ。ついこないだ隣のクラスの坂崎ちゃんに告白されたって。この色男め~!」
「坂崎さん⁉ めちゃ可愛いあの子が⁉ 玲央……仲間だと思ってたのに! このイケメン! イケメンめ!」
「西原、後半悪口になってないぞ。単なる誉め言葉だ」
「はっ! ハメやがったな!」
「ハメてないねぇわ!」
とはいえ、玲央が別に告白されたとて驚きはしない。
玲央は昔からモテる。それはそれはモテまくる。
でも一向に彼女を作る気配がない。だからおそらく、今回も……。
「旭日くんは結局どうしたの? 坂崎さんに告白されて」
「それは……まぁ断ったよ。申し訳ないけどって」
「な! お前! こ、この野郎!!!」
「しょうがないだろ? 好きでもないのに付き合う方が悪いって」
「……た、確かに」
意志弱いな、こいつ。
再び西原はうなだれると、思い出したように俺の方を見た。
「そういえば、林太郎は何もないん? お前って玲央の陰に隠れてるけどモテるじゃん?」
「いやいや、俺は別に……」
――私のこと! 女の子として見てくれてる?
ふと思い出される、遠坂の言葉。
急に言葉が喉元で止まってしまう。
「え、何その間! なんかあるの藤田ぁ~?」
宇佐美がからかうように俺の顔を下から覗き込む。
「いや、なんもない。ちょっとむせかけただけだ」
「ほんとかなぁ?」
今度は玲央が含みのある視線を向けてくる。
「ほんとだって!」
視線を二人から逃がそうと別の方に向けると、ちょうどそこには遠坂がいて……。
「「っ!!!」」
再び交わる視線。
反射的に目をそらす。
「そっか~何もないか~! よしっ! 救われた!!! サンキュー林太郎!」
「お、おう」
意味の分からない感謝を西原にされつつ、俺は頭の中で繰り返される遠坂の言葉を必死にかき消した。
やっぱり変だ。病に侵されているに違いない。
それからもワイワイと歩きながら、途中で西原と別れ。
四人で話しながら、夏の日差し降り注ぐじめじめとした帰路を進んでいく。
「そういえば、みんな夏休みの予定とか決まってるの?」
ふと宇佐美が切り出す。
「俺は家族で旅行に行ったり、じいちゃんばあちゃんの家に帰省するくらいかな」
玲央が額に滲んだ汗をぬぐいながら答える。
「私もそんな感じ」
「藤田は?」
「俺は……特にないな。たぶん家にいると思う」
「高二の夏休みに⁉ もったいないなぁ」
こればっかりは仕方がない。
だって家族で旅行することなんてないし、祖父母の家は旅行という距離ではない。
「でもま、私も高二らしい予定はないし、なんかもったいないな~って思うわけだよ」
「珍しいな。宇佐美ならいわゆる“青春”、みたいな予定を詰め込んでるかと思ってたよ」
「おい旭日、その言い方に悪意を感じたんだけど?」
「考えすぎだから。なに敏感になってんだよ。思春期か」
「ほらぁっ!!!」
ガミガミと言い争う宇佐美と玲央。
なんかこの二人、いつの間にか仲良くなってないか?
「でも確かにそうだね。みんなで旅行とか行けたら楽しいんだろうけど」
ふと遠坂が呟く。
すると宇佐美と玲央は争いをやめた。
「それだよ! 旅行! めっちゃいいじゃん!!!」
「え? そう?」
「うんっ! 旅行行こう! 旅だ! 旅だーッ!!!」
暑さに負けず、宇佐美だけ空に向かって拳を繰り出す。
「ま、確かにいいかもね。せっかくだし」
「旭日! アグアグだね?」
「アグアグ」
だからそれどこで流行ってんの?
「じゃ、諸々計画を立てよー!」
「おぉー!」
かくして、宇佐美のほぼ独断で旅行することが決まった。
「旅行、ねぇ」
体からの熱気と一緒に言葉を漏らす。
ようやくの思いで家に帰ってきたわけだが、家はいくらか外よりマシなだけでムシムシと熱気が充満していた。
急いでクーラーのリモコンを手に取り、冷房を回す。
しかし、電源を入れたとてすぐに涼しくなるわけではなく、応急処置として冷蔵庫を開いた。
「涼しっ」
ひんやりと冷気が頬を撫でる。
麦茶を手に取り、コップに注いで一気飲み。これがたまらない。
「麦茶の最高到達点は、間違いなく夏の帰宅後の一杯だよな」
なんてことを呟いていると、電話が鳴り響いた。
手に取り、電話に応じる。
「もしもし?」
『あ、太郎? 久しぶりぃ』
この世で俺のことを太郎なんて呼ぶ人は一人しかいない。
「お久しぶりです、真理恵さん」
真理恵さんは俺の母さんの妹だ。
『元気にしてる? 夏にも負けず』
「夏にも負けず、雨にも負けずだよ。で、どうした?」
『早速本題とは、相変わらず遠回りを嫌うなぁ~! 女の子に嫌われちゃうぞ? 女の子は遠回りが大好きな生き物なんだから』
「真理恵さんの遠回りはもう遠すぎるんだよ。で、本題は?」
『ぶぅー釣れない甥っ子! まぁいいわ。夏休み暇でしょ? 私の家に来なさい。海ちゃんと』
真理恵さんの家はここから電車で二時間ほど。
たまにこうして御呼ばれして、海と二人で行くことがある。
しかし、今回はなんとも急な……。
『別に女の子連れてきてもいいのよ? 私の家、無駄に広いし。近くには海水浴場もあるしね!』
「何言ってんの。俺にそんなこと……あ」
ふとひらめく。
頭の中で繋がる先ほどの会話。
「じゃあ連れていくわ、女の子」
『……へ?』
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