第26話
昼休み。
本来は外で食べる予定だったけどあまりにも日差しが強く暑いということで、私と愛佳は旧校舎の空き教室で弁当を広げていた。
「それで、私がお願いして電話することになったんだけど、これがまた難しくってさ! でも……楽しかったんだ」
「え、何尊い」
「……え?」
「いや続けて?」
「あ、うん。それだけじゃなくて、たまたま夜にコンビニに行ったら遭遇して……」
「尊い。……続けて」
「……そのあと二人でアイス食べながら散歩して、家まで送ってもらったんだけど」
「やば尊い」
「相づち尊いなのやめてくれる⁉ かなり話しづらいんだけど!」
私が言うと、愛佳は卵焼きをぱくりと頬の中に収める。
「しょーがいないでしょ? これはもう生理的反応だよ。私の場合、尊いを言うことに関しては理性がない」
「なんで特定の単語だけ口が緩くなるのさ……」
ため息をつくと、愛佳が箸を置いた。
「でもさ、すごい進歩じゃん! 好きなの自覚してから電話して、夜に二人っきりで散歩してさ! スタートダッシュは完璧だね! はなまるっ!!!」
「あ、ありがとう……」
「じゃあ次はデートか」
「へぇっ⁉ で、デート⁉ デートって、あのデート⁉」
「どのデートが選択肢として浮かんでるのか疑問だけど、女の子の口から出るデートはあのデートしかないでしょ!」
「そ、そうだよね。でもそっか……」
全く想像していなかったが、これから段階を踏んでいくうえで避けて通れないイベントがデートなんだ。
でもデートは、要するに私と藤田くんの二人でどこかに出かけるということ。
突然私の目の前に、デートというとてつもなく大きな壁が出現したように感じられる。
「改めて考えるとハードル高いね……だってデート行くのに義務とかないし。お互いに行きたいってならないとダメってことでしょ?」
「そうだね。でもそれが恋だからねぇ。ま、ハードルがうんと高い分、それを越えたときの景色は一段と綺麗だと思うよ?」
「愛佳……なんか私、やる気出てきたよ」
「当たり前でしょ? 私は恋のアドバイザー兼モチベーター。私にどんと任せなさい!」
「先生……!」
私はなんて頼りになる友達を持ったんだろう。
恋愛経験が微塵もない私にとっては一筋の蜘蛛の糸だ。
「じゃあここは一つ、気になる人をデートに誘えるテクニックを教えてください!」
「ふむ、わかった。教えてあげよう。それは……」
「それは……」
「ノリと勢い!!!!」
「……あへ?」
たぶん私の人生史の中で初めての二文字が出た。
「頑張れ香子! とにかく押すんだ! 押せ押せゴーゴー!!! フゥーーーッ!!!」
……私の先生は、どうやらかなり感覚派らしい。
それから、私は幾度か愛佳のアドバイスを参考にデートに誘ってみようと試みた。
とはいえ、そもそものアドバイスが腑に落ちていないせいか当然上手くはいかず……。
「あ、藤田くん!」
「ん? どうした遠坂」
「えっと、その、あの……」
デートに誘おうと思うと、頭に色々と浮かんでしまい言葉が出てこなくなる。
やはりデートって口実がないから難しいよなとか、断られたら嫌だなとか、もはやこれ告白じゃないかなとか。
そうすれば当然、気まずい沈黙の時間がやってくるだけなわけで。
「林太郎? 早く教室行くぞー」
「あ、玲央。今行く」
前を歩く旭日くんを一瞥してから、私に視線を戻す。
「それで、遠坂?」
「あ、ごめん! 何でもない! 話しかけたら急に内容忘れちゃうことってあるよね! それだ!」
「冷静な自己分析はできてるんだな……。じゃあ」
先に進んでいく藤田くんの背中を見ながら、敗北感で満たされる。
どうしよう、全然誘えない。
こんなことを二、三度繰り返し……。
――数日後。
「ダメだ……私全然ダメだ……デートなんて到底無理だ。もうこうなったら偶然を装って藤田くんを街で待ち伏せするしか……」
「そっちの方がハードル高いでしょ」
呆れたように愛佳がため息をつく。
七月は日を重ねるごとに夏が深まっていて、お昼ご飯を食べる場所はこの空き教室が定番になっていた。
窓から差し込む日差しが、あまりにもダメダメな私を責めるように降り注いでくる。
「まさか私がこんなにも意気地なしとは……それもショックだ」
「ほんとそうだよ。学校中の憧れ、それも隣町にまで名を轟かせるようなカッコいい王子様が、一人の男の子もデートに誘えないなんて……ただの初心な女の子だよこんなの」
「ただの初心な女の子なんだよ……」
大概のことは堂々としていられるのに、恋愛のこと、藤田くんのことになると歯切れが悪くなってしまう。
そんな自分がもどかしい。
「あぁ、どうすれば……」
「……はぁ、こうなったら仕方がない。この手を使うか」
「え?」
愛佳がスパッとスマホを取り出し、誰かに電話をかける。
「あ、もしもし? 今すぐ来て。ついに動く時が来た。プランβ、始動」
「ぷ、プランβ?」
――数分後。
がらりと空き教室の扉が開く。
「え、旭日くん?」
「よ、遠坂さん」
私に軽く会釈すると、愛佳が私に指をさす。
「旭日、つまりこういうことなの」
「いつの間に呼び捨てに? というか抽象的すぎない? そんな伝え方で何が……」
「……なるほど、林太郎をデートに誘えないってことか」
「ザッツライッ☆」
「伝わってる⁉ というかなんでそのことを⁉ も、もしかして……」
愛佳を睨む。
すると愛佳ではなく旭日くんが口を開いた。
「別に宇佐美が言ってきたわけじゃないよ。ただ状況から察してそうなのかなって。それにプランβって言ってたし」
「そうだね、プランβだ」
「プランβって何⁉」
二人だけはわかっているみたいだ。
と、そこではたと気が付く。
「察したってことは、もしかして……私の気持ち、知ってるの?」
「まぁね。というか、かなりわかりやすいからさ。見てたらわかるっつーか」
「ほんとそう。香子をよく知ってる身からすれば一目瞭然って感じ? すごい瞭然してる」
「え、わかりやすいんだ……私」
「あ、ちなみに安心してほしい。当の林太郎はまるで気づいてる様子ないから。そういうのめちゃくちゃ鈍いし」
「そ、そっか。なんかホッとした」
安心からか、自然と深く息を吐く。
「で、俺は助太刀として呼ばれたわけだよな?」
「そういうこと。何かとっかかりでもいいからお願いしたい」
「なるほど……なら一つ、いい案がある」
「いい案?」
「そう、いい案だ」
旭日くんがニヤリと微笑む。
あまりにも自信満々なその笑みに、思わず私はごくりと唾を飲み込んだのだった。
放課後。
チャイムが鳴り響く中、藤田くんは私を見て心底嬉しそうにしていた。
「ほんと助かったよ。今日は卵の特売デーだから、買い物要員がもう一人必要だったんだ」
「そ、そうなんだ」
いい案ってこれか……!!!
ちらりと愛佳と旭日くんの方を見ると、「パスは出した。あとは決めるだけ!」と言わんばかりの表情でサムズアップしてくる。
確かにパスは出してもらえたけど、スーパーの付き添いって……いやでも、話す機会になるから助かるんだけど。……いや、すごく助かる。
「じゃあそろそろ行くか。もうすでに主婦たちは動き出してる。出遅れるわけにはいかない」
「主婦に張り合うって、もう主夫だよ藤田くんは……」
鞄に肩をかけ、教室を出る藤田くん。
私も彼の後を追って、鞄を持つ。
そしてもう一度愛佳たちの方を見て、今度は私がサムズアップをする。
すると二人からニカっという笑顔と共に返ってきて、私はクスリと笑った。
藤田くんと廊下を並んで歩く。
思えばこうして二人で帰ることも初めてで、不思議な気持ちに包まれた。
でも私は、達成しなきゃいけない。
パスはパスでも、自分で三人くらい抜かないといけないパスだけど、決して無下にはできない。
やると決めたらやる。これまで怖気づいていた私だが、本来の性格はこっちなはずだ。
「……よし」
藤田くんに聞こえないくらい小さく呟き、拳に力を籠める。
決めた。私は絶対に――藤田くんを、デートに誘う!
――――おまけ――――
カリカリと勉強に勤しむ香子。
「あぁー疲れた」
ペンを置き、天井を見上げてグーっと伸びをする。
疲れた。あぁ疲れた。
こういうとき、何かから元気をもらいたいのが人間というもの。
香子も同様で、机の上に置いてあったスマホを手に取る。
「……えへへ」
だらしない声が漏れる。
林太郎とのトーク履歴。実はあれから少しだけやり取りをしていたのだ。
「…………えへへへへ」
今度は少し長めにだらしないを放つ。
こうして香子は脳内を幸せで満たし、ちょっと長めに休憩してしまうのだった。
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