第27話
学校から徒歩十分。
太陽もピークを終え、高度を下げながらゆっくりと沈む準備をしている中。
生活の匂いが視覚的に漂ってくるスーパーにやってきた私たちは、制服姿で店内を物色していた。
「卵は……お、あった。意外に結構残ってるな」
「主婦に負けじと主夫、藤田が早歩きで来たからじゃない?」
「いじってるな俺のこと。いいんだ? 俺は食べ物関連で遠坂を死ぬほどいじることできるけどいいんだ?」
「……勘弁してください」
大人しく引き下がる。いじり勝負に関しては私に分がなさすぎる。
こうして目当ての品を手に入れた私たちだが、藤田くんはついでに夕飯の食材も買うということで再び店内を歩き始めた。
「ふむふむなるほど……今日は豚肉が安いから、生姜焼きでも作るか……」
独り言を呟きながら食材を吟味する藤田くんを横目に、私は頭をフル回転させる。
さて、どうやって藤田くんをデートに誘おうか。
正直スーパーでデートに誘うなんて雰囲気のかけらもないけど、今はそんなこと言ってられない。
私は場所や雰囲気を選んでいられるほど手練れではないから。
で、いざ誘ってみようと思っても考えなしじゃだめだ。
考えなしのノリと勢いで戦ってみたけど全然上手くいかなかったことはここ数日で体験済み。
なら私はどう誘うか。
やっぱり口実がないとほぼ告白みたいになっちゃうから、せめて何かとっかかりがあればいいんだけど……。
「なぁ遠坂。豚の生姜焼きとチンジャオロース、どっちがいいと思う?」
「あぁ、それはで…………しょ、生姜焼き」
「……別に料理名言った程度でフードファイターいじりはしないぞ? あとカレーいじりも」
「そ、そういうことじゃないから!」
危ない危ない。
思考が持っていかれすぎてデートって言いそうになってしまった。
落ち着け私、いったん会話だ。今は会話。
「藤田くんは私のこといじりすぎだよ。こう見えてというか私、女の子なんだからさ」
「大丈夫、俺の目にはすごく遠坂は女の子に映ってるから。その上で愛あるいじりをな?」
「その方が問題だよ! ……ほんと藤田くんってデリカシーがないよね。変なところではあるのに」
私がすねたように言うと、藤田くんが軽く笑みをこぼす。
そして何でもないことのように言ってのけた。
「ごめんごめん。なんかついいじりたくなるんだよ。あんまり性格のいいことじゃないけど、揶揄われて怒ってる遠坂、めちゃくちゃ可愛いからさ」
「っ⁉」
顔にぼっとマッチで火をつけられたみたいに急に頬が熱くなる。
「な、何を急に⁉ そういうところだよデリカシーがないの!」
「これってデリカシーの問題なのか?」
「問題なの!!!」
私の言葉に反省したのか、「ご、ごめん」と申し訳なさそうに俯く藤田くん。
別に怒っていない。
だからこそ、彼の親に叱られた子供みたいな反応にクスっと笑えてしまった。
なんだか今、いい雰囲気な気がする。
ここで――
『あのさ、私とデート行かない?』
『はい、喜んで!』
……ってなるか!!!
付け入る隙がない!
スーパーというとっかかりの全くない場所のせいで、序盤中盤終盤と隙がなさすぎる……!!!
ど、どうしよう。何かデートの話題に上手く乗れそうなものは……。
「お、キスが安いのか。魚も食べたいな」
あ!
「キスと言えば、私……!」
「え、私?」
…………。
「………………な、なんでもありませんです」
「今日本語おかしくなかった?」
私は一体何を……!!!
危なかった、本当に危なかった。
つい暴発してしまった。そしていろいろ想像してしまった。
デートに繋がると……思ってしまった。
デートで藤田くんと、き、き、き……をなんて。
「大丈夫か? スーパーではありえないくらい顔赤いぞ? 心なしか頭から湯気出てる気がするし」
「……なんでもありませんです」
「です、いらなくないか?」
「なんでもありませんですっ!!!」
「押し通された……」
困惑した様子の藤田くんを横目に、私は頬に両手を当てて動揺を鎮める。
何してるんだ私!
テンパりすぎてる。いつもの私を、藤田くんが絡むと全然出せない!
「う、うぅ……」
恋愛って難しい。難しすぎる。
私は一人、鮮魚コーナーの前で。
夕飯の食材が入ったカゴをぶら下げて心配そうに私を見る彼をよそに、恋愛の難しさを痛感するのだった。
その後、結局デートに誘えず買い物が終わった。
マイバックに詰めた食材を片手に歩く藤田くんと並び帰路に就く。
私の胸中はまるで勝負に負けた時のような悔しさが渦を巻いていた。
「ありがとな、遠坂。おかげで卵が二つも買えた」
「あははっ、よかったね」
表面上は笑いながらも、心中は沈んでいる。
情けない。
藤田くんを意識しすぎるあまり、デートに誘えないなんて……情けない。
今度は色々頭で考えすぎた。
そのせいで何も行動できなかった。
こうなったら、ストレートに誘ってみようかな。
藤田くんに私の思いを悟られるかもしれない。それでもいつかは伝えようとは……思っていること、だから。
こうやってうじうじ悩むのは私の性分じゃない。
私は藤田くんとデートに行きたい。それでいつかは――恋人に。
なら、覚悟を決めていくべきだ。
それが私の本来の姿で、それが私だ。
立ち止まり、拳に力をグッと込める。
「ん? どうした遠坂」
「その、さ。なんていうか……」
ストレートに二人で出かけたいって言うんだ私!
雰囲気とか、話の流れとか関係ない! いけ私っ!
「えっと……」
もう喉元にまで出かかっている言葉が、なかなか出てくれない。
こんなにも怖いものなのか。一線を越えようとするのは。
でも私は、私は……!
「遠坂の言いたいこと、当ててもいいか?」
「……へ?」
あまりにも想定外すぎる言葉に、腑抜けた声が出る。
藤田くんはいつもみたいに目を細め、頬緩ますと言った。
「お腹減った、だろ?」
「……ぷっ! あははははっ!」
お腹から笑いがこみあげてくる。
緊張でガチガチに固まっていた筋肉もほぐれ、頭の中のモヤも一瞬にして晴れていった。
「そ、そんな笑うことか?」
「ふふっ、笑うことだよ。君はほんとに面白いね。全然空気を読まないや」
「褒めてるのか貶してるのかわからないな」
「どっちもだよ」
「どっちもかい」
藤田くんと話していると、心がすっと凪いでいく。
これが安定。これが楽しい。これが幸せ。
それでも私の体には無視できない、色の違う感情が確かにそこにいて。
一歩を踏み出せと、そう言っている。
「あーあ! 藤田くんと話すのはすごく楽しいな。ほんとうに楽しい」
「実はこう見えてエンターテイナーだからな。ま、遠坂が楽しそうで何よりだよ」
藤田くんが小さく微笑んで、また歩き始める。
「――待って!」
彼の袖をつかみ、引き留める。
止まる足。藤田くんが振り向く。
「あの、さ。私、もっと“楽しい”が欲しいから――」
私は小さく息を吐くと、藤田くんがそうであるように。
空気を読まず、何でもないことのように言うのだった。
「私と二人で、遊びに行かない?」
じんわりと額に汗がにじむ。
熱と水気を握りしめた風がふわりと二人の髪をさらった。
スカートがたなびく。胸がざわめく。そして高鳴る。
息をするのすら苦しい胸の圧迫感に目を細めながら、ごくりとつばを飲み込んだ。
彼の唇がまるでスローモーションのようにゆっくりと動く。そして――
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