第24話


 六月が終わり。

 暦の上ではいつの間にか七月に突入していた。

 

「七月になると急に夏感増すよな」


「わかる。確かにここ最近暑くはあったんだけど、雨とか降ってたし。全然夏感なかったんだけどね」


 玲央の言葉に頷く宇佐美。

 横で壮馬が目をキラキラと輝かす。


「七月と言えば夏! 夏と言えば夏休み!!! なんか七って数字見るだけで色々連想して暑くなってくるな!!!」


「それはお前が興奮してるからだろ……」


 パタパタとワイシャツを仰ぐ壮馬。

 俺も五人で集まって話しているからか、じんわり体の外側に暑さを感じた。


「でも夏休みか……さぞ暑いだろうな」


「へぇ、藤田くんが前向きな発言するなんて珍しいね。夏休みに楽しみなことでもあるの?」


「そっちの“アツい”じゃないから。気温の“暑い”な」


「こっちの“アツい”がよかったよ……」


「なんかややこしいな!」


 宇佐美がツッコむ。

 すると壮馬が「あ!」と何かを思い出したかのように声を上げた。


「“あつい”で思い出したけど」


「どのあついだよ!」


「両方ね!」


「「「「両方……?」」」」


 ほかの四人全員が首をかしげる。

 両方とかもっとややこしい。


「昨日コンビニで見たんだけど、ブヨブヨくんの新作でカレー味が出てたんだよ!」


「……カレー味?」


「…………藤田くん、なんで私を見たのかな?」


「いえ、なんでもありません」


 ちらりと横を見たら鋭い視線で睨まれたので、すぐに視線を戻す。

 目で制すとはこのこと。


「それがすっごい美味しそうでさ! 食べてみたんだけど不思議だったよ! あったかいものを冷たいものにしてるんだって!」


「味とかじゃないのかよ」


「アイスの時点で気づけ」


 玲央と俺の辛辣めなツッコみを受けても、「あはは!」と上機嫌な壮馬。


「……ちなみに、カレーはカレーでも色んな種類があると思うんだけど、何カレー?だった?」


 やっぱり興味津々じゃないですか、遠坂さん。


「たぶんポークだったと思うな!」


「ポークか……なるほど」


 うんうんと思案顔で頷く遠坂。

 カレーのルーだけを好んで飲むような彼女だ。

 さぞかし気になっていることだろう。


「マジで試してみて!!! 面白いから!」


「食べ物が面白いって……」


「ふぅーん」


 宇佐美が興味なさげに顎に手をつく。

 玲央もそんな感じで、「え⁉ 興味ない感じ⁉」と慌てる壮馬。


 他三人がガヤガヤする中、ふと遠坂に視線を向けると何かブツブツと呟いていた。


「ポークカレーか……どうやってアイスに落とし込んでるのか気になるな。でもやっぱりアイスだから甘味が大事なわけで……」


 やっぱり食べ物大好きですね、遠坂さん!





     ♦ ♦ ♦





 最近やけに粘るようになった太陽が沈み。

 すっかり暗くなった窓の外をぼんやりと眺めながら、ふと思う。


「……なんかアイスが食べたい」


 食後ということもあるが、何よりこの季節感が腹を勝手にそういう気分にさせていた。

 

「そりゃアイス産業も儲かるわけだ」


 なんてことを呟きながら、俺は腹に従ってコンビニに行くことにした。

 海にお留守番を任せて靴を履く。


 いざ家を出ようとしたその時。

 ガチャリと扉が開かれ、入ってきたのはスーツ姿の父さんだった。


「おぉ林太郎。どこに行くんだ?」


「コンビニ」


「そ、そうか。気をつけるんだぞ」


 父さんは言って、不器用な薄い笑みを浮かべる。

 相変わらずだな、と思いながら入れ替わるような形でドアノブに手をかける。


「あ、林太郎!」


「なに?」


「その……だな。えっと……」


 何かを言いかけて、父さんは視線をあたふたさせた。

 いつもこんな感じだが、今はやけにしどろもどろになっている。


 重大な話でもあるのだろうと思い振り返ると「いや!」と声を上げた。


「やっぱりいい。また今度にする」


「……そっか。じゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 背中に声を投げかけられて、その勢いで家を出る。

 湿気を含んだ初夏の風が、するりと頬を撫でて俺を出迎えたのだった。










 コンビニの中に入る。

 

 少し遅い時間帯だからか店内は人もまばらで、少し気分が高鳴る。

 さて、なんのアイスを買おうかなとアイスコーナーに向かうと、まるで芸能人のようなオーラを放つ彼女が悩んだ様子でアイスを覗き込んでいた。


「これも食べたい……けどあれもいいなぁ。いっそ二つ……いやいや、そんなことしたら太って……」



「二ついっちゃえば?」



「え、やっぱり? でも――ってうわぁああっ!!!」


 シュパッと後ろに飛びのく遠坂。

 俺の顔を見ると安心したように息を吐いた。


「なんだ藤田くんか。もうやめてよ急に話しかけるの。私結構ビビりなんだよ」


「だってめちゃくちゃ真剣に吟味してたし、邪魔したくなかったからさりげなく独り言を二人ごとにしようと……」


「できないからそんな芸当! はぁ、心臓止まるかと思った」


 胸を押さえ、もう一度脱力する遠坂。

 ふと、彼女のラフな格好が目に入る。


「……遠坂にかかれば普通のTシャツに長ジャージでさえおしゃれにできるのか。でもなんか部屋着って感じがしていいな。ほんと可愛い」


「っ!!! あ、あんまり見ないでくれる⁉」


 視線の定め先を探すようにキョロキョロし、遠坂が恥じらいながらTシャツの裾を引っ張る。

 頬をほんのり赤く染め、明らかに照れてるその仕草に、俺はさらに脳天を打ち抜かれた。


「……か、可愛い」


「っ! 見ないでっ!!!」

 

「そんな無茶な……」


 本当に無理なお願いだ。

 だって無意識のうちにこの眼に焼き付けようと見てしまうのだから。


「遠坂もアイス買いに来たのか?」


「え、あ、……う、うん。なんかこの時期になると買えって言われてる気分になって」


「めちゃくちゃわかる」


「それに……ちょっとだけ西原くんが言ってたブヨブヨくん、気になったし」


 たぶんメインそれだろ。


「これ、か……」


 壮馬の言っていた商品を見つけ、パッケージを眺める。


「ほんとにカレー味だ。しかもポークって明言してる辺り、これが売れたらビーフにハヤシライスって展開するつもりだな」


「ビーフ、ハヤシライス……なるほど」


 心なしか遠坂の口角が上がっている。

 本当にこういうのが好きらしい。


「……よし、食べてみようかな」


 俺を気にしているのか、頬が緩むのを我慢している遠坂。

 しかし若干にやけ顔が垣間見えていて、それがまたなんとも言えないほど可愛かった。


「じゃ、俺もこれにしようかな」


「え、藤田くんも?」


「うん。壮馬があれだけ熱弁してたし、遠坂とばったり会ったのも何かの縁だしな。俺は経験を買う」


「藤田くん……ふふっ、最初から美味しくない想定なのはいただけないけどね」


 遠坂が爽やかに微笑む。

 こう見ると、やはり綺麗な顔立ちも相まってカッコいい。


 ただやはり、以前に比べてどこが表情が柔和で、より可愛らしさを帯びているような気がした。


「せっかくだし、会計はじゃんけんで決めるってのはどうだ?」


「へぇ? つまり私に勝負を挑むってことでいい?」


「出たな勝負師。いいぞ? 何せ俺はじゃんけんが強い」


「乗った。じゃあ行くよ?」


「よしこい」



「「じゃんけん――」」













 コンビニを出る。

 

 むわっとまとわりつくような湿気を感じて、思わず顔をしかめた。

 俺の前を颯爽と歩く彼女。


「ありがとね、藤田くん。奢ってくれて」


「……勝負に負けたからな。仕方がない」


 俺が言うと、今度は無邪気に笑って見せた。

 

「さてと、これを食べるとするか……」


 カレーの匂いがしてきそうなパッケージをもう一度見る。

 普段はこういうチャレンジングな商品は買わないのでドキドキしていると、前を歩く遠坂が立ち止まった。


「あの、さ。この後なんだけど……」


 言いかけて言葉を迷っているのか、その後になかなか続かない。

 俺は少し待ってから歩き出して遠坂の横に並び、やがて追い越した。


「送っていくよ。もう暗いし、それにこのチャレンジは誰かと一緒にしたいしな」


 振り返ると、俺の言葉に遠坂が顔をばっと上げる。

 そして徐々に顔を明るくさせると、やがて笑顔の花をぱぁっと咲かせ俺の方に駆け寄ってきた。




「うんっ、そうだね!」




 彼女が俺に追いつき、コツンと肩が触れる。

 まるで遠坂の中で生まれた感情が溢れて零れ落ちているかのような、いっぱいの笑顔に俺は思わず頬を緩ませた。



「可愛すぎるよ、遠坂は」



 小さく零した言葉は、分厚い空気にさらわれて俺たちの後ろに流れていった。




 きらきらと星のように輝く笑顔を浮かべる遠坂と並んで、夜も深まる街に踏み入る。


 こうして、初夏の夜の小冒険が始まった。

 

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