第19話


 校外学習当日。


 全体集合場所で集まり、いざ出発した私たちは人もまばらな電車に揺られていた。


「今日に限って雨とか最悪ぅ~」


「予報だと大丈夫だったんだけどね」


 電車の窓を斜めに走る雨粒。

 空はどんよりとして、小旅の始まりにはあまりふさわしくない。


「ま、でもこれを見越して行くところは室内が多いし、駅からもそんな歩かないみたいだし大丈夫だろ」


「だな。でもよかった。宇佐美の案通り山に行くことになってたら一大事だったわ。俺と遠坂に感謝しろよな、林太郎」


「すごい感謝。二人は世界を救ったよ」


「おい! 結局室内を提案したのは私だぞ! その功績はどこに行った!」


「差し引きゼロだろ? 山と」


「えぇ⁉ まさか山を提案することがここまでのビハインドを背負うことになるとは……」


「あはは……まぁ罪深い提案だったからね」


「罪深くないわ!」


 愛佳がうぅ、と頭を抱える。

 私たちはそんな愛佳を見てクスリと笑った。


 少しの間が空き、そこを電車の走る音が駆けていく。

 私はふと、無意識のうちにつり革に掴まった藤田くんを見上げていた。


「ん? どうした遠坂。もしかして逆に立ちたい? わんぱく?」


「わんぱくじゃないから! 何で藤田くんは私に小二男子みたいなキャラ付しようとしてるの……」


 思わずため息が出る。

 本当に、ため息が出る。


 せっかく楽しみな校外学習だというのに、私の心はどんより曇り空。

 藤田くんを見るたびに、ちくりと胸が痛む。


 彼は相田さんに誘われて、どうするんだろう。


 疑問がまるで循環するように、私の頭の中をぐるぐる回る。

 窓の外は相変わらず雨が降り続けていて、規則的な雨音が車内に響いていたのだった。










「いやぁ濡れた濡れた」


「傘差しても足元びしょびしょだな」


 目的地である水族館に到着した私たちは、傘をたたみながら服についた水滴を払う。

 

「遠坂のジーパンなんて、分かりやすく濡れてるもんな」


「ほんとだ。染みてて気持ち悪いなぁ」


「ふふふ~っ。私はスカートな上にブーツなので無傷! これぞ先見の明ってやつ?」


「やるな宇佐美……」


 水のシミに顔をしかめる私たちとは対照的に、誇らしげに腰に手を当てる愛佳。

 白い生足が惜しげもなくさらされており、生地がぴたりと肌にくっつく不快感をまるで感じていない様子だった。


「雨の日もスカートは優秀! しかも可愛いとか最強だね」


「可愛いね。愛花にすごく似合ってる」


「ふふふ、あざす☆」


「鼻につくファンサだな」


「鼻につくどころかくっついてる」


「コラ男子! ブツブツ言わない!」


「「へーい」」


「声が低い!」


「それはどうしようもないだろ……」


「なんだと⁉」


 いがみ合う愛佳と旭日くん。

 やっぱり愛佳はスカートが似合う。女の子らしいし、もし私が男の子だったら私のようなパンツスタイルよりスカートの方がグッとくると思う。


 きっと相田さんも、今日は藤田くんのためにスカート履いてきてるんだろうな。


 漠然とそんなことを考えていると、藤田くんがぱんっと手を叩いた。


「早く中入ろうか。あんまり時間もないんだし、それに争いは何も生まない。そうだったよな?」


「ぐっ……それに関しては身を持って体験してるから何も言い返せない」


「別に争ってるつもりはなかったんだけどな、俺は」


「俺は違うみたいなスタンスやめろ!」


「あははっ。ほら、早く行くぞー」


「旭日この野郎……!」


 余裕そうに笑う旭日くんについていく愛佳。


「二人とも仲いいね。特に最近」


「波長が合うんじゃないか? 意外に」


「ふふっ、そうかも」


「俺たちも行くか。二人にいつの間にか置いてかれそうだし」


 藤田くんが言うと、ゆっくりと歩き始めた。

 私は少ししてから小走りで彼の横に並び、歩き始める。


「魚楽しみだなー」


 呟く彼の横顔を、誰にもバレないように盗み見る。

 ただそれだけのことに私は無性に嬉しくなり、それと同時に罪悪感が湧いた。


 一体私はどうしてしまったのだろう。

 らしくないと思う自分の姿に、困惑する私だった。










 それから、私たちは計画通り校外学習を満喫した。



「うお、イルミネーションとイルカショーの融合……すごいな。海にも見せてやりたい」


「出たよシスコン発言」


「コンプラには引っかかってないし、いくら言ってもいいだろ?」


「恥ずかし気が一切ないのが藤田くんの良いところだね」


「全国のシスコンに見習ってほしい姿だな」


「見習われたくないな……」



 水族館を楽しみ、お昼の時間になると近くのレストランで昼食を食べた。

 その後はまた電車に乗って移動し、色んな出店が立ち並ぶ屋内B級グルメフェスティバルへ。



「な、何この肉串……! 美味しすぎる……!」


「さっき昼ごはん食べたばっかりなのに……なんだこのフードファイトトレーニングは」


「なに藤田、文句でもあるわけ?」


「むしろ感謝だよ。やっぱり遠坂の真骨頂は、食べ物だからな。美味しそうに食べる姿はなかなか可愛い」


「っ! しょ、食事中に可愛いとか言わないでよ!」


「集中したいもんな。ごめんな」


「藤田くんっ!!!」


「……仲いいな、この二人」


「アグアグ!」


「二人も!!!」



 こうして、あっという間に時間は過ぎていき。

 

「ヤバいヤバい! もうこんな時間! 早く行かないと集合時間遅れちゃう!」


「急ぐか!」


 駅構内を早歩きで進んでいく私たち。


「ごめん、つい食べるのに夢中になってて……」


「気にすんなよ。その食べるのに夢中になってた遠坂に俺たちも夢中になってた節あるから」


「っ! そ、そうですか……」


 こんなときでも藤田くんは私のHPを削ろうとしてくる。

 TPOって言葉は彼の辞書にないのだろうか……ぜひ追加してほしい! 今すぐに!!!


「それにしても、退勤ラッシュと被ってるな。人が多すぎる」


「何番線だったけ?」


「二番! あと少し!」


 前を歩く愛佳と旭日くんが階段を降り始める。

 私と藤田くんも二人に続いた。


「もう電車来てるぞ!」


「これが私たちにとっての終電だーっ!」


 ホームに降りて、すでに来ていた電車に愛佳と旭日くんが飛び乗る。

 

「早く二人も!」


「カムカムっ!」


 手招きをされ、私は人の間を縫うように進み何とか乗れた。

 



 ――プルルルル。




『まもなく二番線。電車が発車いたします』


 アナウンスが響き渡る。

 私に続いて藤田くんも電車に乗ろうとした――その時。



「……あ」



 藤田くんの目の前で、階段を上っていく子供のリュックについていたストラップが落ちた。

 彼は立ち止まり、そして私たちの方を見る。


 その瞬間。

 私は彼の考えが全て頭の中に流れ込んでくるかのように分かり、咄嗟に電車から飛び降りた。


「香子⁉」


「林太郎!」


 二人の声を背に、ぷしゅーっと音を立てて扉が閉まる。

 ざわつくホーム。人はごった返し、雑多な声に溢れかえっていた。


 それなのに、目が合った私たちは声の遠のいた世界にいて。


 まるで私たちだけしかいないみたいな顔をして、そこに立っていたのだった。


 

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