第16話


「「「「「「ビバ! 校外学習~~~~~っ!!!!!!」」」」」」


 教室に響き渡る浮足立った声の数々。


 体育祭に引き続き、早速の学校行事。

 今回は二、三年生限定で、四人班を作って東京に繰り出すという校外学習だ。


「どうするどうする? どこ行くよ!」


「うーん、私的にはどこでもいいけど」


「何言ってんだ遠坂。食べ歩きがしたいです。この一言だろ?」


「……藤田くん? 最近思ってたんだけど、私に食いしん坊キャラ根付かせようとしてるよね?」


「もう根付いてるんじゃないか?」


「根付いてないよ!!!」


 机を四つ合体させて、話し合う俺たち。

 班のメンバーはお馴染み遠坂、宇佐美、玲央、そして俺である。


「まったく、愛佳からもなんか言ってよ」


「私は高尾山に行きたい!」


「そっちじゃないよ! というか、高尾山って東京なの?」


「東京だな。八王子市にあって、新宿から電車で一時間くらいだった気がする」


「へぇ、旭日くん詳しいね。山登りとか趣味なの?」


「旭日家の女性集団がな」


「あぁー」


 玲央には姉が二人いるのだが、どちらもなかなかに個性の強い人で、当然その母親も強く、旭日家では男の方が立場が圧倒的に弱いのだ。


「こないだも早朝に起こされて山に連行されたよ。夢なら覚めてくれって、切に願ったわ……電車の中で」


「お疲れ弟くん」


 よかった、俺はお兄ちゃんサイドで。

 ま、海に尻に敷かれてるんだけど。


「というか、校外学習で山登る奴いないだろ? もっとこう、東京のいわゆる観光名所的な……」


「でも山を登るって、人生と同じなんでしょ? 校外学習としてはぴったりじゃない?」


「“学習”に力入れてる校外学習はない」


「愛佳、それは別の機会にして」


「うん、却下で」


「えぇ⁉ そんなぁ……」


 否決され、項垂れる宇佐美。


「じゃあ、みんなはどこに行きたいのさ~」


 頬をぷくーっと膨らませて、拗ねたように宇佐美が投げかける。

 宇佐美の質問に、俺たちは「うーん」と顎に手を当てて唸り、十秒後。


「寺」


「商店街」


「近場」


「統一感ッ!!!」


 宇佐美が立ち上がり、机に手をつく。


「というかみんなセンスないよ! たまらず私が一つ一つツッコんでいくから覚悟して!」


「なにそれノック?」


「一つ目っ! 旭日くんの寺って何⁉ 修行でもしたいの? お坊さんにでもなりたいの⁉」


「いや、なんか学習っぽくないか? それに都内には寺がたくさんあって、それこそ明治神宮とか……」


「シャラップッ!!! 誰が校外学習で“学習”するの⁉ 却下!!!」


「さっき言ってたことと違う⁉」


 玲央の呟きを無視して、隣の遠坂にターゲットを変更。


「はい次! 香子の商店街って何⁉ 主婦なの? それともプロパチなの?」


「ぷ、ぷろぱち? 私はただ、食べ歩きとかにいいかなって思ったんだけど」


「シャラップッ!!! 女子高校生は八百屋に行かないし精肉屋にも行かないし魚屋にも行かない! 却下!!!」


「一世代前の考えなんだけど⁉」


「あともう普通に素で食いしん坊キャラだから! なのに食べても太らないのズルい! めっちゃ却下!!! 肉つけ!!!」


「なんで追い打ちを……うぅ」


 遠坂をオーバーキルして、今度は俺に。


「はい最後!」


「……ごくり」


「近場! 論外! 却下!!!」


「三発ッ!!!」


 確実に致命傷を与えられる場所に三弾ぶち込まれ、狼狽える俺。

 なんだろう。別に場所なんてどこだっていいし、実際適当に言っただけなんだけど……この扱いは一番傷つく。


「全く……みんなロクな案出さないね。困ったよ」


「「「高尾山が言うな!!!」」」


 仁王立ちする宇佐美に、ツッコむ他の三人。

 

 会議は踊る。されど進まず。


 これまさにこのことかな……。










「行動計画表が出せていない班は放課後の時間を使って作成し、私のところに持ってくるように。以上」


 先生の言葉を皮切りに、わらわらと忙しなくなる教室。

 俺たちはというと、机はそのまま「うーん」と頭を悩ませていた。


 机の真ん中に置かれているのは――そう、白紙の行動計画表。


「結局何も決まらなかった……」


「争いは何も生まないって、こういうことだったんだね……」


 これは居残り確定だ。

 

「どうする? もう私が適当に書いてそれ提出しようか? ってかそれが一番速いでしょ?」


「宇佐美はダメだ。適当が“山”だからな」


「おい、“ヤマ”張るな玲央」


「藤田コラァッ!!!!」


「宇佐美、普通に可愛い女子高校生じゃなかったのか?」


「普通に可愛いでしょうがァッ!!!!」


「可愛い女子高校生はそんな怒り方しないと思うけど……」


 呆れる遠坂に対し、「もうっ」と拗ねたように腕を組む宇佐美。

 

 ……そうです。

 こういう会話をずっとして、踊っていました。

 あ“やま”ります。……はい。


 と、ふざけるのはここまでにしておいて。

 本当に早く決めないとマズい。

 時計をちらりと確認し、後何分で決めないといけないか逆算する。


 ……あんまり時間はないな。


「とにかくパパっと決めちゃおうか。時間内で回れるところなんて限られてるんだし、私たちが本腰入れればすぐ決まるでしょ!」


「そうだな。早く決めよう」


「珍しく藤田くんが乗り気なことだし、みんなで頑張ろうか」


「そうだな」


「よし! 案出してこ!!!」


「「「おぉー!」」」




 ――三十分後。




「……もしかして俺たち、壊滅的にチームワーク悪い?」


「いや、ある意味いいと言えるだろ。だって普通こんなに脇道逸れる事ないし。ってかどんだけ脇道あんだよ。本道どこいった」


 さすがに疲労を感じてため息をつく俺たち。

 机の上には依然として白紙の計画表があり、つまるところ要するに、俺たちは何も決められていなかった。


 時計をちらりと確認する。

 もうすでに、逆算した時間を過ぎていた。


 仕方ない。海には少し辛抱してもらって……。


「あ、そういえば林太郎、今日飯作る日だっけ?」


「え? あぁ、そうだけど」


「なら早く帰った方がいいんじゃねぇの? 買い物とかもあるだろ」


「まぁ、うん」


 俺が歯切れ悪く答えると、玲央は呆れたようにため息をつく。


「ったく、林太郎は空気読み過ぎなんだよ。早く帰れよ。別に校外学習の場所なんてどこでもいいんだろ?」


「マジでどこでもいい。でも出来ればちか――」


「近場はない」


「あ、ハイ」


 すごい宇佐美の反応速度だった。


「でも二人はいいのか?」


「うん、どうぞどうぞ」


「別にいいよ。その代わり私が勝手に決めちゃうけどね!」


「……玲央、高尾山だけは阻止してくれ」


「大丈夫、私も全力で止めるから」


「頼んだ」


「なんか私以外全員が団結してるんだけど……これが必要悪か」


 ぽつりと呟く宇佐美を横目に、帰宅準備を整えて鞄を肩にかける。


「じゃ、悪いけど後は頼んだ」


「はーい」


 軽快な返事を背に、俺は教室を出たのだった。





     ♦ ♦ ♦





 藤田くんが帰宅し。

 残された私たちは行動計画表を着々と埋めていた。


「それにしても、藤田って料理とかするんだ」


 愛佳の言葉に、旭日くんが笑みをこぼす。


「分かる。あんなちゃらんぽらんな感じで、って思うよな」


「ちゃらんぽらんって」


 でも実際、私たちが見ている藤田くんは飄々としていて、家事とかのイメージは失礼だけどあまりない。


「……でもさ、林太郎って結構すごいんだぜ?」


 旭日くんが昔を思い出すみたいに窓の外を眺める。


「あいつの家さ、お父さんと妹の三人暮らしなんだけど、お父さんが仕事ばっかりの人でさ。家のこととか妹のこととか、ほとんど林太郎がやってるんだよ」


「え! 藤田が?」


「そうそう。こないだスイパラ行ったときも早く帰っただろ? あれはさ、妹が家に帰ってきて誰もいないっていうのが寂しいだろうからって、できる限り家にいるようにしてるんだよ。妹よりも先にさ」


「そうだったんだ……」


 でも、私はどこか旭日くんの話を聞いて納得している自分がいた。

 だって藤田くんは優しい。だから彼にそんな一面があっても、驚くどころかやっぱりな、と思ってしまう。


「ま、シスコンなのもあるんだろうけど……でもあいつってさ、結構いい男なんだよ」


 旭日くんの言葉以上に、旭日くんの彼を語る表情が全てを物語っていた。


「って、急にごめんな。語っちゃって。なんていうか……二人には知ってほしかったって言うかさ。あ、ってかあんまり人の家のこと話すもんじゃないよな。これ、林太郎には内緒で頼むわ」


「もちろんだよ」


「了解っ!」


「あははっ、助かる」


 旭日くんは何事もなかったかのように、シャーペンを取って記入を再開した。

 そんな旭日くんを見て、愛佳が頬杖をつく。


「それにしても、ほんとに好きだね、藤田のこと。何それフレコン?」


「なんだよフレコンって。勝手に造語すんな」


「JKは造語するもんなの!」


 楽しそうに会話をする二人を横目に、私はさっきの旭日くんの話を思い出す。

 



「ほんとカッコいいね、藤田くんは」


 

 

 二人に聞こえない声量で呟くと、私は満足して二人の会話に参加するのだった。


 






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