第13話


 歓声が響き渡る。

 

 校庭には全校生徒が集まっていて、二百メートルのトラックを囲み、中で走る生徒たちに熱視線を送っていた。


「今全体の何位?」


「四位かな」


「ちょうど半分くらいか! ちなみに、ここから全員抜いて一位になった場合ごぼう抜きになんのかな!」


「なるんじゃないか? ごぼう抜きの定義が分からないけど。ってかごぼう抜きってなんだ」


「ごぼうくらい抜くってことでしょ!!」


「……ごぼうってそんな長いっけ?」


「絶対に勝とう! 絶対に、勝とうッ!」


「息荒いぞ下田ー」


 現在二年生の学年種目、台風の目の競技中。

 台風の目は四人一組になって長い棒を持ち、コーンを回って帰ってくるという実にシンプルな競技だ。


 ちなみに、俺のチームは西原、玲央、下田の四人で構成されており、玲央がいるせいでうちのクラスのアンカーを任されている。

 このクラス、体育祭にかける思いが強すぎて大将は荷が重すぎるんだけど……。


 深い溜息をついていると、下田が眼鏡をクイっと上げた。


「大丈夫だよ藤田くん。僕たちのチームには平成、令和を股に掛ける怪物、旭日くんもいるし、小回りが利きすぎて原付かと見間違える西原くんもいる! まさに一騎当千だよ! 安心していい!」


「勝ち負けを懸念してるわけじゃないんだけど……」


「え、俺原付⁉ 原付はかご付きなのあるからやだな!」


「うるさいぞ、壮真」


 そうこうしている間に、俺たちの番が迫ってくる。

 

「一つ順位を上げて現在三位。――巻き返すぞ、諸君」


「下田の軍師ポジがハマりすぎてんだろ……」


 玲央がツッコんでいると、とうとう俺たちアンカーの番がやってきた。

 棒を前の走者たちから受け取り、四人で走り始める。


 他の組もアンカーに突入していて、競技の中で最高の盛り上がりに達していた。

 そんな中、一人の綺麗で透き通るような声が俺の鼓膜に飛び込んできた。




「藤田くん走れーっ!!!!!」




 当然後ろには振り返れず、その声の主は予想になる。

 が、声の感じと俺にそんなことを言いそうな人は彼女しかいなくて。


 その声に俺は思わず頬を緩ませる。


「なんで名指しなんだよ」


 独り言を呟いて、俺たちは息を合わせて走ったのだった。



 体育祭、すごい盛り上がってます!!!!










 設営されたテントによってできた日陰で涼みながら、遠くに立てかけられた得点版を眺める。


「白組と三十点差か。これは巻き返しきくのか?」


「どうだろうなー! でもさっきの綱引きで赤組が勝ったんだし、いい勝負な気がするけど」


 西原と並んで座り、一年生のクラス対抗リレーを漠然と見ていると後ろから主に黄色な歓声が上がった。


「きゃー! 旭日先輩ーっ!」

「綱引きめっちゃカッコよかったですー!」

「写真一緒に撮ってください!」


 その中心にいるガタイのいい怪物――旭日玲央。


「あいつ、あの手の対応慣れすぎじゃないか?」


「実際慣れてるんだろ! こないだも玲央と歩いているとき、他校の女子にラブレター渡されてたし」


「すごいな玲央」


「イケメン……憎い! 俺もモテたいチヤホヤされたい~っ!!!!」


 西原が玲央を見ながら歯ぎしりしていると、当の本人が俺たちの姿を見つけ、テントに入ってくる。


「いいご身分だな。イケメンで、しかも体育祭で大活躍するとは……オーバーキルもいいとこだろ」


「俺はただ純粋に体育祭を楽しんでるだけだぞ?」


「楽しみ過ぎだ! おすそ分けしろ!!!」


「したくてもできないんだ。これは自分で勝ち取るしかない。だから壮真。――頑張れよ」


「くたばれこの野郎ッ!!!!!!」


「こらこら、喧嘩するでない」


 ガルルルルゥ……と玲央を威嚇する西原を、飼い主の視点でなだめる。


「でもまぁ、俺なんか些細なもんだよ。ほら、あっちを見ろよ」


 玲央に言われて、指を差された方を見る。

 するとそこには、目を見張るような光景が広がっていた。


「えー現在待ち時間はニ十分。待ち時間はニ十分!」

「最後尾こちらでーす! 一列になってお並びくださーい!」

「一人五秒! 五秒以内に済ませるように!」

「押さないで! 駆けないで! 焦らないでーッ!!!」


 実行委員の緑色の腕章をつけた生徒が必死に声を張っている。


「……なんだあれ。アイドルの握手会か」


「あながち間違いじゃないだろうな」


 生徒待機場所にできた、長蛇の列。

 その並ぶ先を見てみると、そこには体操着姿に赤色の鉢巻を巻いた遠坂の姿があった。


 同じような恰好をしている生徒はいくらでもいるのに、遠坂だと別格に絵になりすぎていてもはや怖い。


 まさにアイドルの握手会のように剥がし(屈強なラグビー部)がいて、ものすごいテンポで遠坂と写真を撮っていく。


「あとこれ! 差し入れのレモンをつけたジュースです! よければ……!」


「あぁーすみませんね。うちの王子、手作りは念の為受け付けてないんですよ。だから、後でスタッフが美味しくいただきます☆」


 遠坂の横には、黒のサングラスをかけた宇佐美がマネージャー気取りで立っており、女子生徒にサムズアップしている。


「宇佐美は何やってるんだ」


「え、私とも写真撮影⁉ しかも香子と⁉ ……大丈夫? 可愛すぎてカメラ壊れない?」


「……ほんとに何やってんだあいつ」


 何はともあれ、二人とも体育祭を満喫していそうで何よりだ。


「カッコいいってのも大変だな」


「だろうな」


「大変でもいいからチヤホヤされたいよぉ~!!!!」


 西原の悲痛な叫びは、熱狂にかき消されていくのでした。










 その後、順調に競技は進んでいった。

 

 現在は一歩白組がリードしているという状況。

 そんな中、ここで遂に真打が登場した。


「王子様がんばってー!」

「持ち馬の白馬使っていいからねー!」

「白組をなぎ倒せ! 武力行使だ! もしくは顔面の暴力だーッ!」


 遠坂が入場してくる。

 ひときわ大きな歓声が上がり、遠坂の人気度が声となって表出しているような、そんな気分にさえなる。


「香子~っ!!!」


 待機場所の最前列で、『香子全力応援! ビバ青春☆』と書かれたうちわを振る宇佐美。


「……さっきから何やってんだお前」


「これは必要なことなの! 応援する人の声援が、香子の力になるんだから!」


「元〇玉か」


 全競技者の入場が終わり、スピーカーから声が聞こえてくる。


『始まりました、色別選抜種目、借り物障害物競争! 実況は放送部の御徒町に代わって、演劇部の田中』


『そして佐藤でお送りします』


『……あ、自己紹介した方がいい? 実況者の印象付けした方がいい?』


『え、分かんない……けど、やった方がいいか。あらゆる事柄において“ないよりマシ”って適応されるし』


『お、おう。そうだな。えぇーわたくし田中は、丸メガネ』


『そして佐藤は伊達メガネでお送りしていきます』


「……何やってんだこいつら」


「なんで伊達メガネ?」




 ――パーンッ。




『自己紹介ってこんな感じだっけ? 俺たちメガネのことしか言ってなくない?』


『でも俺たちの特徴って言ったら、メガネくらいしかないし……かくいう佐藤も、キャラ付のために伊達メガネして――え、もう始まってる⁉』


『スタートしました。みんな頑張れー』


『ってか実況ってなんだ⁉』


「大胆な人選だな」


「放送部の代打が演劇部って」


 ぬるっと始まった借り物競争。

 色別選抜種目は得点が学年種目に比べて大きく、ここは逆転において非常に重要な場面になる。


『各々箱から白い紙を取り出し、そこに書かれた物を借りてから障害物を越えていくというこの競技。見どころはやはり借りるところですかね』


『難しいお題を引かないことが勝利の鍵になるでしょうね』


「急に真面目」


「コツ掴む速度ギフテッドだろ」


 その調子で競技はどんどん進んでいき、終盤。

 この競技で赤組のアンカーを務めているのは遠坂であり、間もなくその遠坂にバトンが渡されようとしていた。


『ここで我が校誇る王子様にバトンが渡る! やや白組に遅れてのスタートになります』


『頑張れー』


 白組が紙を引き終わったところで、遠坂も箱の中に手を伸ばす。

 一枚の紙を取り出し、広げ――


「え、メガネ⁉ メガネ貸してくれる人いますか!」


「「「「「はいはいはいはいはいはいはい!!!!!」」」」」


「っ⁉」


 遠坂の下に食い気味にやってくるメガネ持ち集団。

 なんだこれ、俺が知ってる借り物競争じゃない。もはや貸してくれる競争だ。


「あ、ありがとう!」


 遠坂はみんなから受け取ったメガネを山盛りに抱えて走り始める。絶対走りづらいだろ。


『メガネなくなって校庭見えないから、後は頼んだ』


『そうだな、俺伊達メガネだもんな。視力に影響ないもんな』


「お前らも貸してたんかい」


「実況しろ実況」


 遠坂が駆けていく。

 平均台に差し掛かり、ちょうど白組もそのコーナーにいて距離は確実に縮まっていた。


 しかし、律儀にもメガネをたくさん抱えているせいで走りづらそうにしている。

 別に一つでいいものの……遠坂らしいと言えばそうなのだが。


「っ!!!」


 それでも、遠坂は持ち前の運動神経を駆使して、確実に距離を縮めていった。

 白組が平均台を降り、遠坂もその終わりまであと少し。背中に手を伸ばしたら届きそうな――そんな時。



「あ……」



 抱えていたメガネの一つが遠坂の腕をすり抜け、地面に落ちそうになる。

 それを咄嗟に拾おうと遠坂がジャンプして手を伸ばした。

 

「「「「「っ!!!!!!!!!!」」」」」


 観客全員が息を呑む。


 遠坂の綺麗な長い手足が燦々と降り注ぐ太陽の光を反射し、星のように輝いていた。

 その華麗でしなやかな動きが、まるでスローモーションのようにゆっくりと流れ、全員の視線を釘付けにする。


 遠坂は見事な跳躍力と反応速度でメガネを手に収め、それと同時に平均台のゴールにそのまま着地した。

 

「っ!!!」


 遠坂はその勢いで白組の後を追う。

 メガネのせいで多少差は開いてしまったものの、こんなものは彼女にとって、場を盛り上げるための演出でしかない。


 ――そして、ゴールテープが切られる。


「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


 学校が今日一の熱狂に包まれる。


『王子様が白組を抜いて一位フィニッシュー!!』


『この戦いを制したのは――赤組!!!』


 額に汗をにじませた遠坂が、肩で息をしながら割れんばかりの歓声を一手に受ける。


「やっぱりすごいな、遠坂は」


 思わずこぼれ出る本音。

 今日も今日とて王子様な彼女は、やはり意気込んでいた体育祭でも期待を裏切らず、誰よりも眩しかった。


 ――しかし。



「……ん?」



 遠坂を見ていると、嫌な予感が頬を伝って流れ落ちるように、俺の全身を撫でる。




 ドラマチックな展開に、盛り上がる体育祭。

 俺は一人、その中心に立つ遠坂を見ては、その予感が俺のくだらない予感で終わってほしいと願う事しかできなかったのだった。


 

 


 

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