第9話


 昼過ぎ。


 テストが午前で終了したため、そのささやかな報酬と言わんばかりに普段より早めに学校を脱出できた俺と玲央は、空かせた腹に従ってカトウドーカノーの上にあるレストラン街に来ていた。


「西原も来れたらよかったんだけどな」


「あいつはしょうがないだろ。実家の手伝いがあるんだし」


「だな。また次の機会か」


 次回の西原に思いを馳せて、ぶらぶらと飲食店が立ち並ぶフロアを歩く。

 店は特に決めておらず、その場のノリでビビっと来た店に入ろうと思っていたのだが……これが決まらない。


「もう駅前のラーメンでよくない? 腹減りすぎて目から胃が出てきそう」


「目から飛び出るのは目ん玉か鱗くらいだって相場決まってるから。勝手に覆すな常識を」


「常識は覆すもんだろ」


「どこの革命児だお前は。簡単に覆らないから常識なんだよ」


「俺が通る。敬礼しろ」


「誰が軍隊版コム〇ットやれって言ったんだ!」


 強めのツッコみを玲央からもらったところで、「これでオチがついたな……落ち着いた」と満足げに呟いていると、ふとエスカレーターを上がってきた遠坂と宇佐美の姿が目に入った。 


 思い出されるのは、今日の放課後での二人の会話。



 ――愛佳、分かってるよね?


 ――分かってる。誰にも言ってないから安心して


 ――ならよかった。これは極秘ミッションだから。――よし、誰にもバレないように行くよ


 ――うむうむっ



「……レストラン街で極秘ミッション?」


「これ以上ボケるのはやめろ林太郎。物足りないなら〇本に行ってくれ」


「そうじゃなくて、あの二人」


 指を差すと、玲央も二人のことに気が付いたようで「あ」と声を漏らす。


 二人は俺たちに気づいている様子もなく、何やら楽しそうに会話をしていた。 

 特に遠坂は今までにないくらいに興奮気味で、薄っすらと声が聞こえてくる。


「早く愛佳! ほら走って!」


「廊下とレストラン街は走っちゃダメなの~」


「で、でも~」


 実に楽し気で、普段のキリっとした遠坂を知っている俺たちだからこそ見ているだけで和んできてしまう。


「……俺、将来は大型犬を飼おう」


「いつ決意してんだお前は」


 できればシュッとした足の速そうな犬がいい。


「あぁーもう! 楽しみ過ぎてほっぺが落ちそうだよ」


「むふふーっ! そしたら私が拾ってあげよう!」


「あとで返してよね? というか、どれくらいの種類があって――あ」


「「…………あ」」


 ぶつかる視線。

 俺がメドゥーサだったのかと思ってしまうくらいに固まった遠坂に、宇佐美が「どうした?」と声をかけながらその視線の先を辿る。


 やがて俺にたどり着くと、宇佐美は口角をニっと上げた。


「あ、藤田だ! おーい!」


 無邪気に手を振ってくる宇佐美。

 ひとまず振り返しておくと、石化が解除された遠坂が焦ったように宇佐美の肩を揺らす。


「なな何してんの愛佳! これじゃ極秘ミッションじゃなくなるって!」


「……香子。知ってるよね、私のポリシー」


「あ、愛佳? 私たちの間での約束は?」


 がくがくと震える遠坂に対し、宇佐美はニヒりと笑い、そして――



「面白い方に、面舵いっぱーい!!!!」



「うわぁああああああ!!!」


 涙を浮かべて叫ぶ遠坂。

 遠坂とは対照的に「ワハハハハハ!!!」と笑う宇佐美を見て、愉快な人たちだなと思わずにはいられなかったのだった。










 キョロキョロと店内を見渡す。


 全体的に色合いがポップで装飾も可愛げがあり、まさに“女の子”感が満載。

 実際店内にいるほとんどの客は女子高校生ばかりで、男子禁制のような雰囲気が漂っていた。


「これが俗にいうスイパラか……確かにスイーツのパラダイスだな」


 思わず思っていることが口に出てしまう。


「絶対、俺たちだけじゃ来れなかっただろうな」


「だな」


 玲央に圧倒的に同意する。


 ――そう、俺たちは男だけではなく、彼女たちの連れとしてこの店に来ていた。


「わぁーすごいね! 噂通りお店の雰囲気も最高だ! ね、香子?」


「……そ、そうです、ね」


 やけに元気のない遠坂。

 席の配置が俺の横に玲央、正面に遠坂、その横に宇佐美といった感じなのだが、入店してから一度も遠坂と目が合っていない。


 俺たちに会う前はあれだけテンションが高かったのに、だ。


「やっぱりよかったのか? 俺たちいて。こういうのって女の子だけで楽しんだ方が……」


「いいのいいの! 私から誘ったんだし、人数が多い方が美味しいって言うじゃん? その……三人寄れば文殊の知恵、だっけ?」


「うん、ちが――」


「あ、違う違う! ふぅ、危ない危ない。まさに万事休すだネ!」


「この子全部間違えたよ……」


 呆れたように呟く玲央。

 とうとう訂正すらせず、宇佐美は「え? 私何も間違ってないよね? ってか私が正解!」と言わんばかりの顔をして突っ切る。


「ま、そっちの方がスイーツも美味しいからさ! ね?」


「でもな……」


 ふと、恥ずかしそうにする遠坂に眼差しを送る。

 すると俺の視線に気が付き、慌てて顔を上げた。


「い、いや! 別に二人が嫌ってことじゃないんだよ! ほんと、それは全然いいんだけど……ただ」


 ギロッ、と睨みつけるように宇佐美を見る遠坂。


「これは極秘ミッションだって言ったよね⁉ 話が違うじゃん!」


「私はただ、どうせならみんなと食べたいなって思っただけで~」


「ここに来ることバレたくないからコソコソしてたんだよ⁉ わ、私がこんなファンシーなスイパラなんて恥ずかしいし! ……似合わないし。それも特に藤田くんには……」


「え、俺?」


「……あ、あ! いい今のナシで! とにかくナシで‼」


「あ、う、うん」


「旭日くんも!」


「うん、もちろん!」


「その澄んだ表情は絶対嘘だ!」


「もちろん!」


「ほらやっぱり!」


 遠坂が慌てている。

 いつもクールで何でもそつなくこなす遠坂だからこそ、珍しいものを見てる気分だ。


「もう、最悪だぁ……」


 机に突っ伏して項垂れる遠坂。

 ボロボロな遠坂を目の前にして、さすがに可哀想だという感情が湧いてくる。


 ここは一つ「特に」と言われてしまった俺からフォローすることにしよう。


「遠坂、安心してくれ」


「……何が」


「バレたくないってさっき言ってたけどさ、俺はスイパラに行く遠坂のこと――」


「あ、ふ、藤田くん! それ以上は……!」




「すごく可愛いと思うよ?」




「っ!!!!」


「むしろ遠坂なんてスイパラにぴったりだよ。そのカッコよさに隠れた可愛さが分かりやすく出てきてるみたいな?」


「く、くっ……!!! ふ、藤田くん……やめ……」


「だから恥ずかしいとか自分に似合わないとか言うな。俺はむしろ遠坂のこと、スイパラに適した人だと思ってる!」


「スイパラに、て、適した……っ!」


「それにここ食べ放題だろ? 食べることが好きな遠坂にとっては最高の場所じゃんか。ポ〇モンで言うところの水属性に有利なフィールドみたいな」


「ぐはっ!!!」


 食らったように天を仰ぐ遠坂。

 俺の言葉が遠坂の心に届いてる証拠だな。よし、この調子でいこう!


「ってかもはや、スイパラに行くことを隠してることもプラス査定だよな。そういうの、めっちゃ可愛いと思う」


「っ~~~~~~~!!!! も、もう勘弁してっ!!!!」


 机に身を乗り上げ、涙目で遠坂が俺に訴えかけてくる。


「え、それは感動しすぎたとかそういう……」


「なわけないでしょ⁉ 全部間違えてるから! 全部逆効果だから!」


「そ、そんな……!」


「そんなだよ! 君は自分の見当違いさに気づくべきだ!」


「見当違い……お、俺の助太刀が……」


 がくりと肩を落とす。

 俺の全てが間違っていたというのか……。


「林太郎、今のフォローのつもりで言ったんだろうな」


「藤田くんって何気に香子のこと分かってるようで全然分かってないよね」


「ほんとにそう思う!」


「猛バッシング……あぁ」


 裏目に出るとはまさにこのことか。

 でも、全く分からない。俺はただ自分の思っていることを素直に言っただけなのに。


「なんかもう吹っ切れた! 私ずっとこのお店楽しみにしてたし、こうなったらとことん楽しむしかない! よし!」


 遠坂は怒ったように立ち上がると、一度俺を睨んでからお皿を持って行ってしまった。


「……なぁ玲央、俺悪いことしたかな?」


 救いを求めるつもりで、俺は玲央に聞いた。

 ……しかし。


「お前が全面的に悪い。でも、シナリオ的には大正解だ」


「花丸だね!」


「どういうことか、全く分からないんだけど……」


 今度は俺が机に突っ伏し、項垂れる。


 そんな俺を見て、宇佐美と玲央は楽しそうにケラケラと笑うのだった。



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