第7話


 男子生徒二人を睨みつける遠坂。


 綺麗な人が放つ特有の威圧感も相まって、直にそれを受けている二人は圧に当てられて固まっていた。

 遠坂は隙も与えず続ける。


「聞こえてる? 早くどいて。愛佳、困ってるから」


 ぴしゃりと言ってのけると、宇佐美が瞳をキラキラと輝かせて「イケメン……」と呟く。

 

 宇佐美が見惚れるのも無理はない。

 遠目から見てもその遠坂のオーラは半端じゃなく、実際店内中の視線が、王子様な彼女に注がれていた。


 少しして、やっと時計の針が動き出したみたいに瞬きを繰り返す男たち。


「な、なんだよ。彼氏いたなら言ってよ~」


「しかもめっちゃイケメン……あはは、こりゃ勝てねぇわ」


 慌てて取り繕いながら、男たちがようやく立ち上がる。

 遠坂はもう一度男たちを睨みつけると、何事もなかったかのように宇佐美の横に座り、宇佐美に微笑みかけた。


「……リアル王子様だな、ほんと」


「遠坂のカッコいいって言われる所以は、見た目だけじゃないんだな」


 そりゃ女子からも人気出るわ、と自分の中でまた一つ腑に落ちる。

 

 さて、ちょっとした事件も解決したわけだし、本来の目的に戻ろうとした――その時。


「……ん? おい。ちょっと待て」


「な、なんだよ。早く行こうぜ? ここに居たら気まずいし……」


 一人の男が立ち去ろうとしてその足を止める。

 遠坂を頭からつま先まで見ると、顔の少し下――そう、胸の辺りで視線を固定した。


「……あ、ある。あるんだよ!」


「……え?」


「お、おいマジかよ! あるどころかありすぎるぞ!」


「ラピ〇タは本当にあったんだ!!!」


 おい。


「男にはない膨らみ! あるということはつまり――君、女の子じゃん!!!」


「は、はい⁉」


 男の視線に気が付き、急いで腕で胸辺りを隠す遠坂。

 しかし、その仕草は火に油を注ぐ行為そのもので、男たちは息を吹き返すように勢いを取り戻した。


「なんだよ言ってくれればいいじゃん!」


「ほんとそうだって~! 主張大事でしょ~!」


 何言ってんだこいつら。


「あ! ってかこの子知ってるわ! ここらへんの高校で有名な“王子様”って呼ばれてる子でしょ!」


「あぁー! あのめっちゃカッコいいって噂の! なるほどねぇ、確かにこれはカッコいいわ。正直、分かった今でも全然“男”に見えるし」


「アハハハハ! 確かに男だわ!」


 不良の言葉に、遠坂の顔が少し沈む。



 ――こんなにカッコいいカッコいいって言われるのは、ちょっと違和感なんだ。



「遠坂……」


 きっと他の人はその変化に気づかないだろう。

 しかし、遠坂の心の憂いを知っている俺だからこそ、それに気が付いた。


「いわゆるボーイッシュ的な? でもさ、せっかく顔綺麗なんだからもうちょっと女の子らしくしたらいいじゃん? 絶対もったいないって!」


「パンツスタイルも似合ってるけど、思い切ってスカートとか履いちゃってさ~!」


 男たちの遠慮のない発言にしびれを切らした宇佐美が、机に身を乗り上げる。


「ちょ、ちょっと! これ以上香子にとやかく言うのやめてくれる? 自分の格好なんて人それぞれなんだしさ!」


「いやいや! 俺らはアドバイスしてんのよ!」


「あ、でももしかして王子様って呼び名気に入ってるとか?」


「ってか、なんならそっち系的な? いや、俺は全然大丈夫よ! そういうのなんつーの? 多様性、みたいな? 今の時代色々認めていくもんだし!」


「そうそう! ちなみに俺も大丈夫だから! とりま一回俺らと話してみてさ~!」


 男たちの言葉が、一つ一つ確実に俺の中で積もっていく。

 

 目に映る、遠坂の表情。



 ――もう随分と女の子から遠ざかったなぁって、今少し思った。



 一見気にしていないような様子の彼女の奥底に、悩みが隠されていることを俺は知っている。


 ふつふつと湧き上がる感情。

 確かに熱を持ったソレが、今にも外に飛び出しそうになっていた。


「もし違かったら、俺らが色々教えてやっからさ!」


「そうそう! 男が大好きな“可愛い”を教えてやるよ!」


「っ……」


 遠坂の顔が一瞬歪む。

 俺はその変化を、一秒たりとも見逃さなかった。



 ――君にはなんだか……つい話したくなっちゃったんだ。でも全然、忘れてくれていいから。



 ビリリッ、と電流のように脳内を駆け抜け、思い出されるのはあの時の遠坂の言葉。

 

 俺はあの言葉の意味を、実はひそかに考えていた。

 結局、意味とか本音とかは分からなかったけど、俺が、何の力も持たない俺が彼女の言葉を受け取った意味が“今”あるような気がした。


 それに気づいた刹那。

 せき止めていた感情がようやくと言わんばかりに溢れ出ていった。


「……林太郎?」


「悪い玲央。ちょっと行ってくる」


 一歩踏み出し、男たちに近づいていく。


「だからさ、俺たちとちょっと話そうぜ? 何なら連絡先の交換だけでもいいからさぁ!」


「な? 安心しろって! 素材はマジで一級品なんだから、絶対工夫次第で可愛い感じになれ――」


「何言ってんだよ」


「……へ?」


 男二人が俺に気が付き、振り返る。

 俺はためらわず続けた。


「あのな、一つ……いや、たくさん言わせてもらうけどな」


 ごくりと唾を飲み込み、息を肺に溜め。

 そして俺は、心の中に渦巻くモヤモヤを一言で表せる“本音”を言葉にしてぶつけた。

 





「もう遠坂は、十分すぎるほど可愛いだろうがぁあああああ!!!!」






「「っ⁉」」


 店内の空気を切り裂くような声が響き渡る。

 

「ふ、藤田くん……?」


 遠坂が困惑した様子で俺に眼差しを向ける。

 しかし、彼女に一言渡す時間さえも惜しいと思う俺がいて、男二人と対峙することを選んだ。


「お前ら偉そうに色々アドバイスとかしてたけどさ、なんでお前らが教えてあげるスタンスなんだよ!」


「は、は? 急にこいつ何言って……」


「ってか、そんなに詳しいなら店の迷惑になるような店内でナンパとかしないだろ! おまけに何回も食い下がるはずがない! 余裕のない証拠じゃねぇか!」


「っ!!! な、なんだとてめぇ!」


「ふざけんじゃねぇぞコラァ!!!!」


 今にも殴りかかってきそうな男たちを前に、俺は躊躇なく人差し指を突き出す。


「いいかよく聞け。確かに遠坂はカッコいい。でもな、“可愛い”も確かに持ってる女の子なんだよ!」


「っ! ふ、藤田くん何を言って……!」


「遠坂、今は黙って俺の話を聞いてくれ!」


「えぇえ⁉」


 動揺する遠坂は置いといて、何もわかっちゃいない男たちに叩きこまなければいけない。これは遠坂を知る俺の使命だ。

 

 俺は一度息を吸い、再び口を開いた。


「ほんとは俺の思う遠坂の『可愛い』の全てを叩きこみたいところだけど、尺の都合上、最近の三つにまとめる!」


「尺の都合上‼」


「三つ⁉」


 驚く男たちの方へ、また一歩踏み出す。


「一つ! 遠坂は照れるとめちゃくちゃ可愛い! 男前な性格してるから普段は滅多に照れないが、照れるとめっちゃ女の子だ! すごい可愛い!」


「藤田くん⁉」


「そして二つ! ずっと思っていたが、所作の一つ一つが上品で女性らしいんだよ! たぶんお母様が最高の教育を施してくれたに違いない! サンクスマムッ!」


「……藤田ってこういうキャラだっけ」


「実はな……」


 呆れる宇佐美すらも、一旦ステイ。


「ラストッ! とにかく見ろこのテーブルの上の商品の残骸を!」


「っ!!! ふ、藤田くんそれは……!」


 遠坂が隠そうとするも時すでに遅し。

 男たちの視界にばっちりと捉えられる、たくさんのハンバーガーの包み紙。


「ま、まさかこの量を一人で……」


「す、すげぇ……食いしん坊キャラだ……! 美人なのに、食いしん坊キャラだ!!!」


「そうだ! 遠坂はよく食べる! しかもその上、よく食べることを恥ずかしいことだと思って隠そうとするんだ! な、可愛いだろ!」


「「は、はぁうんッ!!!!!!!」」


 食らったように天を仰ぐ男たち。

 どうやら脳内に、新しい価値観が挿入されたみたいだ。


 これを人は“革命”というのかもしれない。


「分かってくれたみたいだな」


「……あぁ、分かったよ。俺たちが間違ってた」


「浅かった。何もかもが浅かった」


「俺たちが知る女の子の魅力は、氷山の一角だったのかもしれないな……」


「一角どころか先端だよ、全く」


「ハハハハハッ」


「……この人たちの変わり身が怖い」


 宇佐美が怯えたように呟く。

 産業革命並の衝撃を受けた男たちは鞄を肩にかけ、遠坂たちにぺこりと頭を下げた。


「すみませんでした! 失礼なことを言ってしまって!」


「これで美味しいものでも食べてください! そしてぜひ、そのキャラを守ってくださいッ!!!」


 千円札をテーブルに置き、澄んだ笑顔を浮かべる二人。


「では、自分はこれで! 帰って勉強があるので!!」


「失礼しましたッ!!!」


 二人が俺たちに背を向けて、店から出ていく。


 騒然とする店内。

 言いたいことを余すことなく言えた俺は、満足感に浸りながら「ふぅ」と額に滲んだ汗を拭った。


 一仕事終えた時に流れ出る汗は、苦難と努力の結晶なんだな。

 今この瞬間だけ煩わしい汗が輝いて見える。


 なんて清々しい気分でいると、背後で強烈なエネルギーを感じた。


「藤田くん……?」


「あ、遠坂。俺――」



「分かってるよね?」



「え、え?」


 先ほど男たちに放っていた以上の威圧感を俺に出してくる遠坂。

 背筋がキュッと凍り、不思議と呼吸がしづらくなる。


「俺、何もしてないっていうか……」


「へぇ? そう。ふぅん?」


「遠坂⁉」


 ヤバい俺何かしたか⁉

 遠坂がこんなにまで怒る理由がまるで分からない。

 

「林太郎って馬鹿だからさ、ああいうこと平気でしちゃうんだよね」


「馬鹿のレベル越えてるでしょあれ! ……でもまぁ、藤田の発言に共感はしたけどさ」


「ま、それに関しては同感だな」


 遠坂に詰められる俺を他所に、一歩引いたところで楽しそうに傍観する玲央と宇佐美。


「もう私、藤田くんのこと許さないから」


「えぇ⁉」


 顔が一切笑ってない遠坂に、絶望する俺。

 俺だけじゃどうにもできないと思い、玲央に救いを求める視線を送るも……。


「うん、知らん。自業自得だ」


「そ、そんな……」


 救いの手を躊躇なく払いのけた玲央がいつものようにケラケラ笑う。

 そうだった。こいつは人の不幸、特に俺の不幸を嬉しがるような奴だった。


 項垂れる俺。

 そんな俺を見てそっぽを向いた遠坂が最後に一言、誰にも聞こえないくらいの声量で呟くのだった。





「ほんと、藤田くんったら……ばか」





 遠坂の表情は俺には見えない。

 俺のことを見て面白おかしく笑う玲央も宇佐美も、誰も彼女の表情は見ていなかった。



 ――それ故に、静かに物語は動き始める。


 

 音もせず、そこに自覚もなく。

 人知れず散りゆく桜の花びらのように、ひらひらと次の季節の風を受けて。


 奥深くでふわりと、芽吹き始める。


 

 




 春の終わり、そっと彼女は――









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