第6話


 体操着入れ替え大パニックから一週間が経った。


 何とかお互いに返却し終え、無事と言っていいのかはさておき愛すべき日常が帰ってきた。


 とはいえ、事件を経て変わったことは大きく分けて二つ。


「不純異性交遊……」


「…………」


 俺が教室に入ると、センサーが反応したかのように俺の方をサッ! と振り返ってはじろりと意味ありげな視線を向けてくる宇佐美。


「ちょっと愛佳。あれは誤解だって言ったでしょ?」


「私はね、より面白い方に舵を切るって決めてるの」


「それやめて」


 呆れるようにため息をつく遠坂。

 そして申し訳なさそうに俺に視線を送ってくる。 

 

 一つ目は、遠坂といつも一緒にいる宇佐美にこうして目をつけられたこと。


 そして二つ目は、


「おはよう、林太郎」


「お、玲央。今日は遅いな」


「成長期なのか白米が三杯目に突入してな」


「これ以上大きくなったら人口密度に影響出るぞ」


「俺がどこまでデカくなる想定してるんだよ……」


 控えめに笑う玲央。

 ふと、遠坂と宇佐美が俺を見ていることに気が付くと、俺と遠坂を見てから眉をわずかに上げた。


「……へぇ?」


「なんだその反応は。言いたいことがあるならはっきり言ってみろよ。あとで」


「そこは男として“今”って堂々と言って欲しい場面だけどな」


 二つ目は、玲央が遠坂関連のことで変に俺をからかおうとしてくるようになったことだ。


 全く、迷惑厄介なことこの上ない。

 

「…………」


「ん? どうした宇佐美」


 宇佐美が疑惑の目を持って俺と玲央を交互に見る。


「あ、愛佳?」


「……そっちもありか」


「愛佳⁉」


 変に納得して頷く宇佐美。

 言葉にされなくても、宇佐美がどんな想像をして、どんな意図で発言したのか分かってしまう。


 それは玲央も同じなようで、ぽかんとマヌケな顔をしては俺を見た。


「ありだってさ」


「面白いんだろうな、そっちの方が」


「何言っているの二人とも……」


 俺と玲央の言葉に、遠坂は少し困ったように呟くのだった。










 放課後。


「そろそろ体育祭だな」


「だなー。なんか夏って感じするわ、体育祭って聞くと。心なしかちょっと暑いし」


「な」


 玲央となんてことない会話をしながら、アルファベットが目印のファストフード店に入店。


 やっと涼しい、かと思えば店内は混雑していて密度の高い空気が代わりに出迎えてくれた。


「うわ、すごい混んでるな」


「見るからにうちの高校の奴らばっかりだな。ま、テスト期間で部活動も禁止だし、みんな考えてることは同じってわけか」


「家で勉強した方が絶対集中できるけどな」


「家で集中できないからここにきてんだろうが……」


 玲央があからさまにため息をつく。

 

 俺もため息をつきたい気分だ。

 だってこのままだと席に座って勉強ができない。

 それをより素直に言えば、ポテトを摘まみながら玲央に勉強を教われない。


「どっか席空いてないかな」


 店内を見渡す。

 駅前の一番大きな店にもかかわらず、どこのテーブルも埋まっていてやはり空いていそうになかった。


「んー……あ」


「どうした林太郎」


「いや、顔見知りを発見した」


「どこだ?」


「あそこのピンク色の頭」


「知らせ方としては失礼この上ないけど、的確ではあるな」


 俺たちの視線の先、四人テーブルに教材を広げ、「うぅー」と唸りながら格闘する宇佐美の頭が横に揺れる。

 

「もしかしたら相席させてくれるんじゃないか? 四人テーブル一人で使ってるし」


「いや、他に人いるだろ。テーブルの商品の残骸を見る限り、あと最低でも三人はいる」


「宇佐美が大食漢って可能性も捨てきれないだろ?」


「それと同時に四人席を一人で独占するモンスターカスタマーが確定するな。略してモンカマ」


「略すな造語を勝手に作るな」


 でも、俺の見立てだと確実にもう一人いると思うんだけどなぁ、なんて思っていると宇佐美の席に近づく二人の男子生徒が視界に入った。

 

 一人は金髪、もう一人は短髪。

 明らかに二人とも、宇佐美に狙いを定めている。


「ねぇ君、何してんの?」


「ちょっと俺たちとおしゃべりでもしようぜ?」


「……は?」


 警戒の色を瞳に滲ませる宇佐美。

 

「なんてベタな……」


「あれ西高の制服だな。通りで治安が悪い顔してるわけだ」


「治安が悪い顔って」


 玲央が俺の発言に呆れたようにため息をつく。

 その間に金髪が、薄ら笑いを浮かべながらテーブルに手を置いた。


「ってか君めっちゃ可愛いね! あははっ、びっくりしちゃったよ。なんかモデルとかやってるの?」


「やってないですけど」


「じゃあアイドルだ! 絶対芸能系でしょ」


「普通に可愛い女子高校生ですけど」


 今普通に可愛いって自分で言った。


「ってか、見てわかりません? 今勉強中なんで。忙しいんで他当たってくれます?」


 宇佐美が睨みつけるように男二人を見ながら教材を指さす。

 しかし、そんな敵意剥き出しの宇佐美など気にも留めず、男たちがグイグイ迫る。


「いいじゃんいいじゃん! ちょっと休憩っていうかさ」


「は? 休憩になんないんですけど」


「なるって! ほら、人と話すと心安らぐし?」


「人なら、ですけど」


「「…………」」


 宇佐美の言葉に若干一歩引く男二人。

 なかなかにパンチの効いた言葉だ。当たり所が悪ければ致命傷だっただろう。


「宇佐美強いな」


「あんな可愛い見た目してんのにな。ま、全く意外ではないけど」


 宇佐美は「もう話は終わり」だと言わんばかりに教材に視線を戻す。

 あまりに素っ気ない宇佐美の態度に面食らったのか、男たちは数秒固まった後、引き下がれなくなったのか強引に宇佐美の隣に座った。


「っ⁉ ちょっと、勝手に隣に座んないでくれる?」


「ガード堅いなぁ。でも、そんなところも可愛いって言うかさ?」


「分かるわぁ~! 俺攻略してくのとか大得意だし? ちょっとだけでいいから俺たちに時間頂戴よ~!」


「ほんと迷惑だから、早く帰って!」


「そんなこと言わずにさ~」


 しつこい男二人に、さすがの宇佐美も困惑したように顔を歪ませている。

 隣で見ていた玲央と顔を合わせ、同時に頷いた。


「さすがにこれ以上は傍観してられないな」


「だな」


 玲央と並んで宇佐美の席に向かう。

 そしてしつこい男たちに声をかけようとした――その時。





「そこ、私の席なんだけど」





 透き通った美声が、引っかかりのない喉を通って空気を震えさせる。

 男二人が声のする方に顔を向け、口をぽかんと開いたまま固まった。


 すらりと立つその姿はまさに“美”そのものであり。

 まるで白馬に乗ってやってきた王子様かのような登場の仕方に、思わず感嘆の声が漏れてしまった。


「早くどいてくれる?」


 遠坂は美しさが放つ鋭さを全開に出して冷たく言うと、男たちを睨みつけた。

 

 こんな平凡で飾り気のない店内でさえ、遠坂にかかれば一流の舞台に変えてしまう。

 美しさとは場所を問わないのだと、この時俺は思ったのだった。





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