第2話


「ねぇねぇ香子! 昨日の韓ドラ見た?」


「見たよ。トッポギ? がすごく美味しそうだった」


「と、トッポギ⁈ 香子、あれは恋愛ドラマであって、料理番組じゃないよ⁉」


「でも美味しそうだったよね? トッポギ」


「そ、それはそうだけど……もう、香子は食いしん坊さんだなぁ」


 教室で一際目立つ二人の女の子。

 目立つと言っても意味は様々だが、この場合はもちろん“眩しいほどにキラキラしている”である。


「……うん、なんか尊い」


「なんだよ急に若者言葉使って。どこで覚えたんだ?」


「俺は老人か」


 俺のツッコみにケラケラと笑う、ガタイのいいこのハンサムボーイは、旭日玲央あさひれお


 中学からの付き合いで、若緑の短髪が特徴的。

 友達の中で一番モテる、いい男だ。


「ま、林太郎みたいに思ってる奴は多いだろうな。男女問わずに」


 周囲を見渡してみれば、俺たちと同じように彼女らを見ながら話している奴が多くいた。


「と、尊い……今日も王子様尊い……!!!」

「輝くオーラとはこのことか! うっ! 眩しいぃッ!!!」

「美の探求は、王子様から始めるべきなんだ……そうに違いないんだぁああああ!!!」

「目の保養っていうけどさ、あれ、単に感動で涙出てるから潤ってるだけだよなぁ!」

「……お前何言ってんだ」


 教室内だけでなく、廊下を通る生徒も王子様をちらりと見ては二度見し、立ち見する奴もいるくらいで、遠坂の人気が絶大であることがよく分かる。


「でもまぁ、この注目度は王子様だけのものじゃないか」


 玲央と同じタイミングで目を向けるのは遠坂と話すもう一人の女の子。


「なんかトッポギ食べたくなってきた! ってかト〇ポでもいい!」


「代替案が第一候補と別系統すぎる……」


 ニコニコと楽しそうに「ト〇ポ~♪」と口ずさむのは、宇佐美愛佳うさみあいか

 

 身長は女子にしては高く、ピンク色のゆるっとパーマのかかった髪が特徴的で派手な見た目。

 アイドルのようにキラキラしていて、まさに可愛いという言葉がしっくりくる雰囲気だ。


「宇佐美も目立つ容姿してるからな。王子様より宇佐美派って奴も多いし」


「へぇ、そうなのか」


 確かに、系統は明らかに違うもののどちらもビジュアルで総合的に見たら甲乙つけがたい。

 どちらかを選択するとなったら、好みの問題になってくるだろう。


「あの二人が仲よくて、しかもいつも一緒にいるんだからこの注目度になるよなぁそりゃ」


「これがいわゆる箱推し、ってやつか……」


「……無理して覚えなくていいんだぞ?」


「俺はまだまだティーンエージャーだ」


 不満げに玲央を睨んでおく。

 玲央は嬉しそうに笑った後、再び遠坂に眼差しを向けた。


「それを差し置いても、ウチの王子様は今日もすごい人気だな。ま、実際カッコいいし、名実ともにって感じはするけど」


「へぇ、玲央から見てもカッコいいのか」


「そりゃそうだろ。俺もあんな美男子タイプに生まれてみたかった」


「……お前が言うのはどうかと思うぞ」


 確かに遠坂のような美少年タイプには分類されないが、玲央は別カテゴリーで圧倒的人気を誇っている。

 今の発言は聞く人が聞けば嫌味に捉えられてもおかしくない。


「でもさ、間違いなく遠坂はカッコよくはあるけど、それと同時にやっぱり……“可愛い”よな?」



「へぇっ⁉」



「「…………ん?」」


 悲鳴のような短い声がした方を見ると、遠坂がほんのり顔を上気させ口を手で押さえていた。


「どうしたの香子。急に声なんか上げちゃって」


「い、いや……なんでもない。それよりキムチが……」


 首を傾げつつも、視線と話題を元に戻す。


「それにしても驚いたな。林太郎が妹以外に可愛い、なんて言うとは」


「そこまで珍しいものでもないよ。しょっちゅう可愛いって言ってる」


「へぇ、例えば?」


「妹が書いた俺の似顔絵とか、粘土で作ったガスタンクとか見せられて連呼してる。控えめな女子高校生よりは口馴染みいいんじゃないか?」


「やっぱり妹関連なのかよ……」


 当たり前だ。


 ――妹が関与したものは皆可愛いと言え。


 俺はそう教育されている。妹に。


「まぁ、確かに林太郎の言いたいことは分からんでもない。そりゃ顔はモデルみたいに整ってるし、容姿は抜群だけど……“可愛い”よりは“綺麗”とかだろ」


「そうかなぁ」


「どっちかって言ったら可愛いは宇佐美みたいなタイプじゃないか?」


「それもそうなんだけど、なんていうか……うーん」


「煮え切らないな……。じゃあ林太郎はどうして王子様を可愛いって思うんだよ」


「う~ん……」


 その理由を探ろうと、自然に遠坂の方に視線が向く。

 ――その瞬間。


「っ⁉」


 遠坂もちょうど俺に目を配っていて、偶然にも視線が交わった。

 俺の視線が遠坂の顔に注がれているかのように、みるみるうちに頬が朱色に染まっていく。


「か、香子?」


「はっ! た、タンタンメンだっけ?」


「ちゃんこ鍋の話だよ⁉」


 どんな話だよ。

 女子高校生二人がどうしたらちゃんこ鍋の話をするんだが……そんなことより。


「ほら、今のとか可愛いくない?」


「いや確かに可愛いけど、そんなことより……なんでお前照れられてんの?」


「分からん」


「お前なぁ……あ、もしかして林太郎。お前、まさか王子様まで……」


「ん? なんだ?」


「……はぁ、なんでもねーよ。別に林太郎に鋭さ勘の良さは求めてないからな。というかむしろキャラ崩壊の原因になりかねない」


「……何言ってんのお前」


 不満げに言うと、玲央は再びその余裕っぷりを顔に滲ませて、ケラケラと笑うのだった。










 放課後。


「失礼しましたー」


 職員室を出た俺は、少し傾いた太陽にため息をつきつつ、ようやく帰路についた。


「進路……ねぇ」


 高二になると、急に進路だの就職だの受験だのと周囲が騒がしくなってくる。

 周囲と言っても俺の場合、うるさいのは学校なのだが。


「ヤバいヤバい! 早く行かないと全体合わせ間に合わないよ!」

「ちょっと! 早いって~!」


 俺の横を女子生徒が駆け上がっていく。

 部活って大変だなぁ、なんて他人事のように思いながら階段を一段ずつ降り、平地に足をつけてささやかな達成感を感じた。


 普段から運動をしていないと、階段を下るのさえめんどくさい。

 さて、早く帰ってスーパーに行かないと、と曲がり角を曲がろうとした――その時。


「あ、遠坂」


「え、うわぁあっ!!」


 出会い頭にぶつかりそうになったのを寸前で回避――したのだが。




 ――ペシャっ。




「ああああっ!」


 遠坂の声と、余韻のように響く缶のカランっ、と地面を転がる音。

 見てみれば遠坂のズボンには茶色のシミがいっぱいに広がっていた。


 どうやら俺との衝突を避ける際、手に持っていた缶の中身をぶちまけてしまったらしい。


「だ、大丈夫……じゃないよな」


「ど、どうしよう……」


 芸術品のように整った顔が狼狽さに歪む。

 ルビーのような瞳には薄っすらと涙が膜を張っていた。


「それにしても茶色って……しかもこの匂いは……」


「……あ。こ、これは違くて! その、なんて言うか!」


 ふと、地面に転がった缶のラベルが目に入る。


「カレーのルーだけ、か。……の、飲み物?」


「…………何も見ないで。うぅ……」


 遂には泣き出してしまいそうな遠坂を横目に、俺は気まずさを逃がすように頭を掻く。




 夕陽差し込む廊下に、泣きそうなカッコいい女の子とぬぼーっとした男が二人。


 そして、校内に立ち込めるには似つかわしくない、食欲をそそるカレーの匂いがほのかに漂っていたのだった。

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