学校の王子様に可愛いと言い続けていたら、学校一の美少女になっていた

本町かまくら

一章 春の終わり、そっと彼女は

第1話 


 昼休み。


 夏近づく春の陽気から逃れるように、涼し気な校舎裏にわざわざ足を運んだのだが……。



「あのっ! 私と、付き合ってもらえませんか‼」



 なんてタイミングの悪い。

 まさか避暑地が告白現場になっているとは……いやしかし、校舎裏は告白する場所としても優秀で、密かに引く手あまたなのは知ってのこと。


 ……仕方がない。場所を変えるかと踵を返そうとしたそのとき。ふと視界に入ったもう一人を見て自然と足が止まった。


「その……私とってことで合ってる、かな?」


「う、うん! 私、遠坂さんのことが好きなの!」


「そっか。そうだよね」


 苦笑いを浮かべながら、金色に輝くウルフカットの襟足部分を触る遠坂。

 すらりと伸びる長い脚はスカート……ではなくズボンに包まれており、スタイルの良さがより際立つ。


 一瞬戸惑ったが彼女、遠坂香子なら納得だ。

 だって彼女はこの学校で――“王子様”と呼ばれているのだから。


「私、遠坂さんにずっと憧れてて……。ボーイッシュでカッコいいし、身長はスラっとしてて顔も綺麗だし……それに何といっても美少年感がたまらなく私の性癖にぶ……すごくいいと思うんだ」


 一瞬性欲見えたな。


「だから、付き合いたいなって‼ ……どう、かな?」


 少し震える彼女の声が、沈黙を落とした校舎裏に響く。

 一拍置いて、遠坂は小さく息を吐いた。


「……ごめん」


 一言、遠坂の芯の通った声と共にぽつりと地面にこぼれ落ちる。


「わか、った。……っ!」


 パタパタと足音を響かせて立ち去る少女。

 取り残された遠坂は再度息を吐き、地面に視線を落とした。


 ……俺が見ていい場面じゃなかったな。

 心の中で一言謝罪して、その場を後にしようとした――その時。



 ――ぽきっ。



 静かゆえによく響く木の折れる音に、ダラダラと汗を流す俺。


「あれ? 藤田くんがどうしてここに?」


 予想通り背中に投げかけられた声に、俺は自分の運の悪さ、そして意地の悪さを呪った。


「ちょっと校舎裏で涼もうと思ってさ」


 コンビニの袋を上げて見せると、「なるほどね」と遠坂が呟く。

 そんな彼女の表情はいつもと違い、取り繕おうとして生じたぎこちなさが浮き出ていた。


「その……ごめん。さっきの見ちゃって」


「あぁ、うん。大丈夫。それは気にしてないよ」


 それは。


 その言い方と表情が気になって、いつの間にか俺は口を開いていた。


「遠坂、大丈夫か? あんまり体調よさそうには見えないけど……って、さすがに性格悪いか、俺」


 言ってて気が付く。

 見れば分かることを本人に聞いてどうするんだ。

 

 自分への戒めのために、コンビニの袋を地面に置き、両手を開く。


「藤田くん?」


 不思議そうに俺を見る遠坂をよそに、俺は――



 パチンっ!



「……へ?」


 ヒリヒリと痛む頬。

 遠坂は呆気にとられたように口をぽかんと開いていた。


「な、何してるの……というか、何したの?」


「いや、人付き合いが苦手すぎる自分に対する戒めをな。気にしないでいい」


「そう言われても……その、大丈夫?」


「大丈夫だ。むしろこれで大丈夫になったな」


 言うと、遠坂はぱちくりと長い睫毛を上下させた後、キリっとしていた瞳をいくらか丸くして、息することを思い出すようにぷっと吹き出した。


「あはははっ! やっぱり変だなぁ、君は」


「やっぱりってなんだよ。まるで前から思ってたみたいな言い方だな」


「前から思ってたよ。でも、今年同じクラスになってより強く思った。君は変わってる」


「心外だな。一応は人類の平均値って感覚で生きてるんだけど」


「ぷっ、何その視点。平均値を意識して生きてる人は、普通じゃないと思うよ」


 腹を抱え、目尻に涙を浮かべるくらい無邪気に笑った後。

 先ほどとは打って変わってリラックスした様子でブロックに腰を掛けると、遠坂は自然に話し始めた。


「私さ、さっきも見てもらったら分かる通り女の子に好かれることが多いんだ。カッコいいって言われたり、いつの間にか王子様なんて呼ばれるようになってて」


 実際、今の遠坂は王子様というあだ名がふさわしいほどに絵になっていた。

 男の俺でさえ嫉妬してしまうほどに。


「もちろん、嫌じゃないよ? 私にいい印象を持ってくれてることは確かだし、今どき性別がどうとか、そんなのは違うからね。……でも、さ」


 遠坂の表情に真剣さが滲む。


「こんなにカッコいいカッコいいって言われるのは、ちょっと違和感なんだ」


「違和感、か」


 確かに、もし俺が可愛いと言われ続けたら遠坂と同じような気持ちを抱くかもしれない。


「私だって女の子だし、カッコいいより可愛いの方が嬉しい。でも、女の子らしい振る舞いなんてもうずっと分からないし、それこそ私には可愛いって言葉すら似合わないなぁって自分でも思うし。スカートとかも、恥ずかしくって履けないしね」


 諦めにも似た表情で、遠坂がふっと笑みをこぼす。


「もう随分と女の子から遠ざかったなぁって、今少し思った」


「……そう、か」


 なんて答えていいのか分からず、曖昧に返すと遠坂がにっと口角を上げた。


「つまり、そんな矛盾した気持ちを抱えるわがままな自分に嫌気が差したのと、あと単純に人の気持ちに応えてあげられないことにモヤッとしてたんだ」


「だからあんなに浮かない顔してたのか」


「うん、そう」


「誰にだって、等しく悩みはあるもんなんだな」


 世の中に悩みがない人なんて存在しない。

 非情だけど絶対的な、この世の決まり事だ。


 

 ――キーンコーンカーンコーン。



「あ、もう昼休み終わりだね。そろそろ教室戻らないと」


 よっ、と立ち上がり、身だしなみを整える遠坂。


「ごめんね、急に重い話して。君にはなんだか……つい話したくなっちゃったんだ。でも全然、忘れてくれていいから」


 遠坂は小さく笑うと、優し気な視線を俺に渡して、横を通り過ぎていく。


「遠坂」


 名前を呼ぶと、澄み切った顔で遠坂が振り返る。


「ん? どうしたの?」


「さっき可愛いが似合わないとかどうとか言ってたけどさ」


 ふわりと風で緑色の葉が舞い上がる。




「俺は可愛いと思うよ、遠坂のこと」




「…………ッ⁉」


 ずしりと地面を踏みしめ、教室に向かって歩き始める。

 

「え、え? か、可愛いって、その、いや、で、でも……」


 顔を両手で押さえ、立ち尽くす遠坂。

 はらりと煌めきながら揺れる髪から、ひょこっと顔を出した小ぶりな耳はじんわりと赤く、細い指の隙間から見える頬もまた赤みが差しているように見えた。


「早く行かないと、四時間目に遅れるからな」


「か、かわ、かわい、わいい、か、かか」


 なんか遠坂がバグったロボットみたいになってるんだけど。

 

「……先、行っとくぞ」


「…………あっ、う、うん」


 俯く遠坂を一瞥して、再び歩き始める。

 

「……あ、昼飯食べるの忘れた」


 仕方がない。

 授業中、こっそり食べよう。





     ♦ ♦ ♦





「わ、私が、可愛い……」


 私の顔は、血が沸騰しているのかと思うくらいに熱く、その熱は全く冷める気配がなかった。


 頭の中を駆け巡るのは、彼のたった一言。




 ――俺は可愛いと思うよ、遠坂のこと。




 思い出し、その言葉に触れるたびに熱はどんどん上がっていく。


「か、可愛い……カッコいいじゃなくて、可愛い……わ、私が、そ、そんな……そんなことって……っ!」




「っ~~~~~~~~~~~~!!!!!」




 声にならない叫び声が、澄み切った青空に高く昇っていく。

 

 春の終わりを感じさせる匂いが、影の滲んだ校舎裏にほのかに香っていた。



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