第8話 金髪碧眼の王子様の表と裏
絵本に出てくる白馬の王子様像が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
まあ確かに王子様も四六時中、あの品行方正で美しくいるのは、さすがに大変よね。
私だったら無理だと思う。
「そもそも、なんで間違いなんか起こったんだ!?」
「それは」
「聖女は現れなかったのか!?」
「いや」
「じゃあ、なんのためにお前が行ったんだよっ」
「悪い」
「悪いじゃないだろう、お前!これは…」
今にもアレクシス様は、レイファスくんの胸ぐらを掴みかかりそうだ。
「あ、あのっ!……あ…」
堪らず声を掛けたけれど、3人の視線が一気に私に集中して、思わず俯いてしまう。
「あの……彼は悪くないんです。私が、私のお節介で聖女様がこちらへ来るのを邪魔してしまいました……私が、勝手に来ちゃったんです。……ごめんなさい」
謝ってすむことじゃないと思うけど、私は深々と頭を下げた。
「………………」
沈黙が重たい。
そんな空気を変えてくれたのは、紫アタマの美人なイケメンさんだった。
「さあ、二人とも。レディが困ってますよ。レディ、“ミツキ”と呼ばせていただいても?」
穏やかな声音に私が顔を上げて彼をみると、彼はにっこりと優しく口元に笑みを浮かべていた。
「……はい」
ため息交じりにアレクシス様が言った。
「おい、ミツキ、痛っ」
ぺしっと紫アタマのイケメンさんが、通りすがりにアレクシス様の頭を
「おま……」
「アレクは黙っていようかな?」
紫アタマのイケメンさんは、ルーセル・オライオン・ベシエール。この国の宰相らしい。
まだ完全に王位を継承しお披露目はされてないけど、この国の王となるアレクシス様を支えているのが、今ここに居るこの二人。宰相のルーセルさんと側近で近衛騎士団長でもあるレイファスくん。
なぜ、聖女様の力が今必要なのかは、なんか濁されてしまったけど、何か重要な秘密があるみたい。
「まあ大丈夫ですよ、二週間後くらいにまた元の世界へ帰る方法はあります」
「あ、本当ですか?よかった」
「はい。それまでは、ミツキは私達のお客様ということで」
「すみません」
私はぺこりと頭を下げた。
「とりあえず、それまで滞在するのはレイの屋敷でいいですか?」
「は?」
レイファスくんも今、初めて聞いたようで、なんだか動揺している。
「な、ちょっと待て。それは無理だ」
「え?どうしてです?ランドルフ家の屋敷なら部屋など有り余っているでしょう。姫君が一人や二人、増えたところで」
「いや、そういう問題では」
これ以上、レイファスくんを困らせたくないし、私は慌てて手を振って遠慮する。
「あ、あの、私なら大丈夫です。期限までどこか町の宿にでも泊めていただけたら、大丈夫ですので」
また三人に注目されて困ってしまう。
確かにそろそろ疲れたし、お腹も空いてることに気がついた。そう言えば朝ごはん食べて古書店に行ったきり、結局お昼ごはん食べ損ねてたんだっけ。
ルーセルさんは綺麗な指を顎に当て、少し小首を傾げて考える素振りを見せた。
「そうですか。城も今はお客様を泊められない状況ですし。それでは、仕方ありませんね。ミツキは私の屋敷にお越しください」
「はあ!?」
なぜかレイファス様とアレクシス様が同時に声をあげた。
ルーセルさんはにこにこと上機嫌で笑みを浮かべている。
彼の紫の髪は絹糸のようにサラサラで、少し気だるげな垂れ目にその瞳はアメジストのようにキラキラとして綺麗だ。ほんと美人。
「私の屋敷には、私のお客様の姫君として、大切にお迎えさせていただきます」
「ルーセルさんの?」
「いえ、ミツキ。ルーセルと呼んでください」
「え、あ、わかりました。ルーセルのお屋敷に?」
「はい」
そう言って彼は胸に右手を当てて、にっこりと微笑んだ。
「では、二人とも私はこれからミツキとディナーがあるので、帰らせてもらいますよ」
ルーセルが私に歩み寄ろうとすると、私と彼の間にレイファスくんがさっと身体を割り込ませてきた。嫌でも、レイファスくんの逞しい背中が私の視界いっぱいに広がる。
「ま、待て!ミツキは俺の屋敷で預かる」
「は?何です、レイ。さっきから待てが多いですね」
犬じゃないんだから…とルーセルがブツブツと言う。
「こいつは俺が面倒をみる」
「レイ。年上のお姉さんに向かって、コイツはダメですよ。いいですか、彼女はこの国にとって大切なお客様なんですからね、丁重に!ですよ」
え!?レイファスくんは、年下なの!?
しっかりしてるから、つい。
……てことは、じゅ、10代!?
あとでわかったことだけど、彼は19歳だった。
「ああ、わかってる。では、今日はこれで帰らせてもらう」
そう言うとレイファスくんはくるっと私の方を振り返り、私の手首を掴むと「行くぞ」とドアのほうへと向かう。
「あ、えっと、失礼します!」
私は引っ張られながら顔だけ二人のほうへ向ける。
ルーセルさんは相変わらずニコニコと笑って私に手を振り、アレクシス様は何も言わず、複雑そうな顔をしたまま、こちらを見ていた。
慌ただしく二人が出ていき、部屋の中で主従が二人残っている。
「ルーセル、お前、わざと仕向けただろ」
「さあ、何のことだか」
「しらばっくれるな。ああ言えばレイが動くことくらいわかってただろ」
「ふふん、俺はほんとに彼女を客人としてお迎えしようと思ったけど」
「何、考えてる?あいつは何者だ」
「まだ今のところはわからないよ。様子見ってとこかな」
ルーセルはニヤリと片方の口角をあげて、二人が出ていったドアを見つめた。
アレクシスは短くため息をつくと、再び執務机に戻るべく踵を返して言った。
「さあ、聖女を頼れないとなった今、予定変更だ。練り直さなければ」
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