第8話 ランドルフ家の人々
城を出た後、レイファスとミツキは再び馬車に揺られていた。
ゴトゴトと、すっかり夜になってしまった町の中を抜けていく。
彼は相変わらず無口で、馬車の窓枠に肘ついて外の景色を眺めていた。
ほんとに、気まずい……。
「……あの、レイファスくん」
「レイ」
「はい?」
「レイだ。俺はあんたのことをミツキと呼ぶ。だから、あんたもレイでいい」
あ、そこ。…こだわってたんだ。
「わ、わかった。あの、レイ。ごめんなさい」
「は?なんで謝る?」
ようやく彼が、紺青の
深い湖の底のような冴え冴えとした紺青の色が、冷たい水を連想させるのか、クールにも見えてしまう。
「あ、あの……色々迷惑かけちゃって。勝手に私がこの世界に来ちゃったし、聖女様の邪魔もしちゃったし、二週間お世話になることになっちゃって……」
なんか言ってて自分が情けなく思えて、膝に乗せた両手を拳でぎゅっと握りしめる。ダメだ、声が震えそうになる。スカートに寄った皺をぼんやり眺めた。
深呼吸をして、私は顔をあげて笑顔を作った。
「あの、ほんとに私のことはお構いなく。町の宿屋さんで大丈夫ですので!」
「………………」
「あ、お金は持ってないので、少しお貸しいただければ有り難いのですけど…アハ、ハハ……」
「無理して、笑わなくてもいいんじゃないか?」
「え?」
「いや、いい。……あんたはうちに来るの嫌なのか?」
「いえ!決してそんなことないです。だって、今のところ一番のお知り合いはレイだけだし。でも、あまりノリ気ではなさそうだったから」
はあ~
レイは深くため息をついた。
「そうではない。あんたが迷惑だからとかじゃない。俺はあんまり愛想よくとかできないから」
「あぁ、それで」
思わず肯定してしまって、慌てて両手で口を塞ぐ。
けれど、彼にはしっかり聞かれていて、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされてしまった。
「ほんとはルーセルみたいなヤツがいいのだろうけど、ルーセルはあの顔とあの性格だから、女のトラブルが多い」
わあ、多いってすごい強調して言った!
でも、すごく納得。
「だから、まだ俺の屋敷へ来てもらったほうがマシだと思ったんだ」
「私も女性トラブルは嫌かも」
まあ、でも、私はそんな対照にはならないと思うけど。
「俺は普段、騎士の仕事が多いし、男ばかり相手にしてる。正直、世辞を言ったり姫君達の相手は苦手だ。だから俺と居たってつまらないと思うが、女同士のトラブルよりはマシだろうから、我慢してくれ」
「えっと、わかりました」
「それから、その敬語もなしだ」
「はい」
急に喋るようになったな、彼。
「俺はあんたより年下だ」
「あ!そういえばルーセルがそんなこと言ってた」
聞けばルーセルは私より3つ上で、あのやんちゃそうなアレクシスは同い年。同い年で王様ってすごい大変そうって思っちゃうけど。
そして、レイは私より1つ下の、まさかの10代だった!19歳で近衛騎士団長として、上に立って纏めてるのってすごくない!?
ていうか、3人とも若いのに、国の中心で国を動かしてるってすごすぎる。
さらにレイはランドルフ家の当主っていうから、そりゃあ私よりしっかりしてるよね。
そんな話をしてるうちに、私達を乗せた馬車はレイの家、ランドルフ家の屋敷に着いた。
馬車を降りるとき、レイは馬車の横に立ったけれど、今度は手を差し出してはくれなかった。きっと私が嫌だと思ってるとか思われてしまったのかもね。
ちょっと残念に思いながら、私も続いて降りると、執事みたいな格好をした白髪混じりの年配の男性がお迎えに出て待っていてくれた。
「おかえりなさいませ。レイ様」
「ああ」
「そちらの方でございますね?整っております」
「そうか、すまない」
「いえ。お珍しいことなので、屋敷の者たち喜んでおりますよ」
はあ~、明らかにレイはため息を吐いて、だからそんなんじゃないってと嫌そうな顔をしていた。
「いえいえ、今までご友人もあまりお呼びにならない方が、お客様をお連れになるとは私も嬉しゅうございますよ」
若いのに?と私は思いながら、二人の会話を聞いていた。
友達とか、遊びに招いたりしないのかな。
「しかも、こんなお可愛らしいお嬢様とは。私も長生きしてみるもんですな」
「おい」
レイは立ち止まって突っ込むも、怒ってるふうではなかった。
「だから、そういうんじゃないって」
ため息混じりにブツブツ言いながら、彼は私の先を歩いて行った。
「レイお兄さま!」
「にいさま!おかえりなさい!」
私達が屋敷の玄関を入ると、何人かの使用人の人たちが頭を下げて並ぶ中、男の子と女の子の可愛い声が響いた。
いかにも貴族のお嬢様とお坊ちゃまって感じの、10歳くらいの可愛い女の子と7歳くらいの男の子が駆け寄って来る。
わあ~っ!お姫様と王子様だっ!ピッタリと当てはまるくらい二人とも可愛い。
二人ともレイと少し違って、明るい栗色の髪に瞳の色は綺麗な緑色だ。
元気で可愛い妹弟は、レイの腰に抱きついて嬉しそうにお出迎えをしていた。
レイも嬉しそうに笑って二人の頭をなでている。
「ああ、ただいま」
あ、そんなふうに笑うんだ。
一人っ子ですでに家族もいない私は、ちょっと一瞬寂しさを感じた。
「ねえ、レイお兄さま!そちらのお姉さまがお客様なんでしょ?」
レイの腰に抱きついていた女の子が目をキラキラさせて私のほうを見た。
「ねえ、ねえ。早くご紹介してください」
弟くんも興味津々な感じで、私を見てニコニコしている。
「ああ、ミツキだ。大切なお客さまだから、二人とも頼むよ」
レイが優しい声音で二人に言うと、二人とも元気にハーイって返事する。
「ミツキのお洋服はなんだか変わってるのね」
そう言ったのは、やっぱりお洒落が気になるのか、女の子のほうだった。
この国の女性はみな足首まである服を着ていて、貴族はドレスを着ている。やっぱり女の子も足首まである可愛らしいレモン色のドレスを着ていた。
私のように膝を出しているなんて、きっと驚きに違いない。
「ミツキはね、ここから遠い国から来たんだよ。ミツキの国の服装なんだ。だからこの国のこと、知らないこともあるかも知れないから、その時は教えてあげて欲しいな。できるかな?」
「もちろんよ!」
「ボクにもまかせてよ!」
「ミツキ!」
二人はそれぞれ私の名前を呼びながら、目をキラキラさせて今度は私に抱きついてくる。
「大丈夫だよ!」
「困ったことがあったら、私に言ってね!」
二人とも、可愛すぎる~~~っ!
「ふふ…ありがとう。よろしくね」
私も緊張がほぐれて、笑みが自然とこぼれる。
二人はお兄さんとずいぶん違って、とても人懐っこい性格のようだ。
そんな妹弟の後ろから、とても綺麗というか可愛らしいという言葉がピッタリ当てはまりそうなすごい美人が姿を現した。
若く見えるけど30歳くらいだろうか。とても可愛らしいけど、落ち着きがある。
白レースのフリルがたくさんあしらわれたピンク色のドレスに、胸元が大きくあいていて、ふくよかな胸だとわかるけど、いやらしさを感じない。
「お出迎えに遅れてごめんなさい」
「マリアンヌ」
「おかえりなさい、レイ」
「ただいま」
そう言って、二人はさりげなくハグをする。
私は、なんかここにいてはいけないような、見てはいけないような気がして、心の中でおどおどと慌ててしまった。
ど、どど、どうゆう関係!?
レイのお母さんにしては若すぎるよね!?
それに、マリアンヌさんは小さな妹弟と同じ栗色の髪で緑色の瞳をしている。
マリアンヌと挨拶を交わしたレイは私の方へ振り向き、彼女の腰に手を添えて紹介してくれた。
「ミツキ、彼女はマリアンヌ。この屋敷の女主人だ。困ったことがあったら、彼女に相談するといい」
お、おんな主人!?って、もしかして奥様がいたのぉ!?
いや、子どもたちはレイをお兄さまって言ってた。
婚約者とか!?
あーっ、だから私の滞在を拒んでいたのかっ!!
「マリアンヌです。ミツキよろしくね。どうぞここにいる間は我が家だと思って、過ごしてね」
とても優しく挨拶してもらったのだけど、あまりの予想していなかったことすぎて、そのあとのことは残念ながらあまり覚えていない。
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