第7話 腐女子と王子さま
私は彼に連れられて奥まったところにある重厚な扉の部屋の前とやってきた。
彼が扉を2回ノックして名前を告げると、部屋の中から若いけど凛とした威厳のある声で「入れ」と返事があった。
重々しい扉が開かれ中に入ると、正面の執務机の向こうに座る絵本に出てくる王子様のような金髪のイケメンと、その隣にこれまたスラリと背が高く紫の綺麗な長い髪を後ろで束ねた美人系のイケメンな男の人が立っていた。
その金髪の彼の顔を見て、私は息をのんだ。
なぜなら……
私の最推しの金髪碧眼の騎士様にそっくりだったから!
いや、そっくりとか言うもんじゃない。
髪型も同じだ。
瓜二つ。もしや本人ですか?ってほど、そっくり。
違うのは、ゲームの騎士さまは隊服の白い軍服だが、目の前の彼は真っ白なブラウスを着ている。
推しの騎士様!?
いや、違うよねっ
レイファスくんに促されて、私は緊張でもつれそうになる足を右、左と一生懸命動かし、部屋の中央まで進む。
それまで机の向こうからこちらをみていた金髪の王子様のような彼が、にっこりとまるで天使かなと思ってしまう綺麗な微笑みを浮かべた。
ああっ!すごい破壊力っ!!
私が彼の微笑みに倒れそうになっていると、金髪碧眼の彼はすくっと立ち上がり、そのまま机を回りこんで大きなスライドでこちらへとやってきた。
「待て、アレク」
「いや、俺はもう十分に待った」
レイファスくんが説明しようとしたけれど、その前に金髪の王子様が私の目の前に立つと、とても優雅に華麗に跪いた。
アーモンドアイの形したきれいな空色の瞳。
肌は白く滑らかで、金髪は緩やかにカール掛かっていて、前髪は少し長め。
そして、彼はまっすぐに私を見上げると、まるで花が綻ぶように微笑んだ。
完璧すぎてため息が出ちゃう。
絵本から飛び出してきたような王子様そのものだ。
アレクと呼ばれた彼は片膝をつき、その綺麗な白い手でわたしの右手を取ると、まるで騎士が姫に忠誠を誓うかのように言った。
「聖女様、私はこの国の王となるアレクシス・ルークス・アウレリオと申します。貴方様を心よりお待ちしておりました。どうか我らをお救いください」
あ、王様だったんだ。私と歳は変わらないくらいの若い王。
私をまっすぐに見つめる彼の
ダメだ。早く、違いますって否定しなきゃ。
そう思うのに、勇気がなくて、喉の奥に言葉がつっかえるように出てこない。
そんな私の代わりにレイファスくんが言った。
「彼女は聖女様ではない」
空気が一変し、時間が止まったようだ。
「……す、すみません」
何とかそれだけ言うことができた。
「どういう意味だ」
アレクシス様は信じられないというように、レイファスくんを見る。
「そのままの意味だ。彼女は花園美月。我らの求める聖女様とは違う。誤ってここへ来てしまった。だから何とか元の世界へ帰る方法を……」
「はぁ!?」
レイファスくんの言葉を途中で遮ったアレクシス様は声をあげる。
「言っている意味がわからないんだがっ!」
「どうやらそのようですね」
それまで後方に立っていた紫の髪色した綺麗なイケメンさんが、静かに言った。
少し間をおいて、ようやく事実を受け入れたのかアレクシス様は私の手をパッと離すと、すくっと立ち上がった。天使のような微笑みも掻き消えて、代わりに凍りつきそうなクールな
ええっ!?
えっと…、同じ人物でしょうか?
「はあ!?何だよ、それ!信じられないんだけどっ」
「アレク、失礼ですよ」
「は?知るかよ。王子様キャラってのは疲れるんだ。聖女じゃないのに、やってられるか!」
「はあ~、馬鹿なのですか」
「おい、アレク」
二人がため息交じりに言う。
私は唖然として、彼の顔を見つめてしまった。
なるほど……
こっちが素なんだ。
絵本に出てくる白馬の王子様像が、音を立てて崩れていく。
まあ確かに王子様も四六時中、あの品行方正で美しくいるのはさすがに大変よね。
私だったら無理……。
「そもそも、なんで間違いなんか起こったんだ」
「それは」
「聖女は現れなかったのか!?」
「いや」
「じゃあ、なんのためにお前が行ったんだよ」
「悪い」
「悪いじゃないだろう、お前。これは…」
「あ、あのっ!……」
堪らず声を掛けたけれど、3人の視線が私に集中して思わず俯いてしまう。
「あの……彼は悪くないんです。私が、私のお節介で聖女様がこちらへ来るのを邪魔してしまいました……私が、勝手に来ちゃったんです」
「ごめんなさい……」
謝ってすむことじゃないと思うけど、私は深々と頭を下げた。
「………………」
沈黙が重たい。
そんな空気を変えてくれたのは、紫アタマの美人なイケメンさんだった。
「さあ、二人とも。レディが困ってますよ。レディ、ミツキと呼ばせていただいても?」
私が顔を上げて彼をみると、彼はにっこりと優しく口元に笑みを浮かべていた。
「……はい」
ため息交じりにアレクシス様が言った。
「おい、ミツキ、痛っ」
ぺしっと紫アタマのイケメンさんが通りすがりにアレクシス様の頭を叩いていく。
「おま……」
「アレクは黙ってようかな」
紫アタマのイケメンさんは、ルーセル・オライオン・ベシエール。この国の宰相らしい。
まだ完全に王位を継承しお披露目はされてないけど、この国の王となるアレクシス様を支えているのが、この二人。宰相のルーセルさんと側近で近衛騎士団長でもあるレイファスくん。
なぜ、聖女様の力が今必要なのかは、なんか濁されてしまったけど、何か重要な秘密があるみたい。
「まあ大丈夫ですよ、二週間後くらいにまた元の世界へ帰る方法はあります」
「あ、ほんとですか?よかった」
「はい。それまでは、ミツキは私達のお客様ということで」
「すみません」
「とりあえずそれまで滞在するのは、レイの屋敷でいいですか?」
「は?」
レイファスくんも初めて聞いたようで、めちゃくちゃ動揺している。
「な、ちょっと待て。それは無理だ」
「え?どうしてです、ランドルフ家の屋敷なら部屋など有り余っているでしょう。姫君が一人二人増えたところで」
「いや、そういう問題では」
これ以上、レイファスくんを困らせたくないし、慌てて手を振って遠慮する。
「あ、あの、私なら大丈夫です。期限までどこか町の宿でも泊めていただけたら、大丈夫ですので」
また三人に注目されて困ってしまう。
確かにそろそろ疲れたし、お腹も空いてることに気がついた。そう言えば朝ごはん食べて古書店に行ったきり、結局お昼ごはん食べ損ねてたんだっけ。
「そうですか。城も今はお客様を泊められない状況ですし。それでは、仕方ありませんね。ミツキは私の屋敷にお越しください」
「はあ!?」
なぜかレイファス様とアレクシス様が同時に声をあげた。
ルーセルさんはにこにこと上機嫌で笑みを浮かべている。
彼の紫の髪は絹糸のようにサラサラで、少し気だるげな垂れ目にその瞳はアメジストのようにキラキラとして綺麗だ。ほんと美人。
「私の屋敷には、私のお客様の姫君として、大切にお迎えさせていただきますよ」
「ルーセルさんの?」
「いえ、ミツキ。ルーセルと呼んでください」
「え、あ、わかりました。ルーセルのお屋敷に?」
「はい」
そう言って彼は胸に右手を当てて、にっこりと微笑んだ。
「では、二人とも私はこれからミツキとディナーがあるので、帰らせてもらいますよ」
ルーセルが私に歩み寄ろうとすると、私と彼の間にレイファスくんがさっと体を割り込ませてた。嫌でも、レイファスくんの逞しい背中が視界いっぱいに広がる。
「ま、待て!ミツキは俺の屋敷で預かる」
「は?何です、レイ。さっきから待てが多いですね」
犬じゃないんだから…とブツブツ言う。
「こいつは俺が面倒をみる」
「レイ。年上のお姉さんに向かって、コイツはダメですよ。いいですか、彼女はこの国にとって大切なお客様なんですからね、丁重に!ですよ」
え!?レイファスくんは、年下なの!?
しっかりしてるから、つい。
……てことは、じゅ、10代!?
あとでわかったことだけど、彼は19歳だった。
「ああ、わかってる。では、今日はこれで帰らせてもらう」
そう言うとレイファスくんはくるっと私の方を振り返り、私の手首を掴むと「行くぞ」とドアのほうへと向かう。
「あ、えっと、失礼します!」
私は引っ張られながら顔だけ二人のほうへ向ける。
ルーセルさんは相変わらずニコニコと笑って私に手を振り、アレクシス様は何も言わず複雑そうな顔をしたままこちらを見ていた。
慌ただしく二人が出ていき、部屋の中で主従が二人残っている。
「ルーセル、お前、わざと仕向けただろ」
「さあ、何のことだか」
「しらばっくれるな。ああ言えばレイが動くことくらいわかってただろ」
「ふふん、俺はほんとに彼女を客人としてお迎えしようと思ったけど」
「何、考えてる?あいつは何者だ?」
「まだ今のところはわからないよ。様子見ってとこかな」
ルーセルはニヤリと片方の口角をあげて、二人が出ていったドアを見つめた。
アレクシスは短くため息をつくと、再び執務机に戻るべく踵を返し言った。
「さあ、聖女を頼れないとなった今、予定変更だ。練り直さなければ」
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