第31話 ヒスイの森 ①

翌日、私はつややかな栗毛色の馬を前に、レイと対峙していた。


「これから行く森は馬車では行けない」

「うん、それは理解した」

「こいつはうちの馬の中でも、一番気性も穏やかでおとなしい」

「そだね、とても、優しい目をしてる」

「だろう?」


でも、それとこれは別です!

優しい目をしてるけど、馬って傍で見るとのよ。

だって、今まで一人で馬なんて乗ったことないし、テーマパークや牧場みたいに誰かが手綱を引いて、ゆっくり歩いて回ってくれるわけではないでしょう?

森の中は馬でしか入れないことは解ったけど、は違うんです。


「一人で乗るのが難しいなら、俺と一緒に乗って行くしかないけど」

「え?」

「俺の馬に一緒に乗るか、一人で乗るかどうする?」


レイと一緒に乗る!?

私は目をいて、涼しい顔をしている顔面偏差値高スペックな彼の顔を見る。

それって、私が前に座った場合、背中にずっとレイを感じているってことで、後ろからハグされてる状態ってこと?

私が後ろに乗った場合、レイにずっと抱きついているってことよね!?


そんなの前も後ろも無理です!

無理無理無理……心臓が持たない。


「よい機会なので、馬の乗り方教えて下さい」

すごい棒読みになってしまった。

レイは心なしかムッとしてるように見えるけど、すみません、私の心の平穏のためにお願いします。


彼は、はあぁ~と溜息をついて、わかったよ、と短く言った。

うう、時間かけちゃって、聞き分け悪い子でごめんね?


今日の私の格好はドレスではなく、ズボンだ。

メアリが用意してくれたのを見たとき、森へ行くのに動きやすいようにかなと思っていたのだけど、馬に乗るためだったのね。

よく見る乗馬用の身体のラインが出てしまうズボンでなく、アラビア風のたっぷりとした柔らかい生地で足首で絞るタイプで、若草色で可愛い。ちなみにトップスは淡いクリーム色のゆったりとしたブラウスで、胸元はリボンを結ぶタイプ。これも可愛い。


髪はメアリが桜色のリボンで、ポニーテールにしてくれた。

昔、ヨーロッパの貴婦人たちは、横乗りで馬に乗っていたそうだけど、私はズボンだし、パカッと脚を開いて、馬にまたがっていいみたい。

良かったぁ~、横乗りなんて余計に怖いし、難しそう。


私はレイに教えて貰って、馬に乗ってみたけれど、なかなか私に才能があったのか、馬がおとなしくてとっても良い子だったのか、すぐに乗れるようになった。

なんか私のスキルが上がった気がして嬉しい。

「へえ、初めてなのに、なかなか上手いのな」

レイが馬を横に並べてそう言ってくれた。やっぱりめられると嬉しい。

「ふふふ、そうかな」

「やっぱり俺の教え方が上手いからかな」


最初、私が躊躇ためらいなく、脚開いてまたがるのを見て、レイが驚いたあと笑ってたけど、またがらないと乗れないし、またぐなんて自転車と同じじゃない。

失礼しちゃうなー。

そう思っていたら、やっぱりこの世界でも、貴族の女性は横乗りされる方が多いそうで。

私には、もともと男の人達と同じ乗り方を教えてくれるつもりだったみたいだけれど、そういうことは先に言っておいて欲しかったわ。


レイと私は、広い野原を軽く走らせながら、ヒスイの森へと向かった。

ヒスイの森は、古い森だと聞いていたから、鬱蒼うっそうとした森を想像していた。

でも意外にも木漏こもれ日が差し込み、ところどころ草の上に光が落ちて、小鳥たちの楽しげな鳴き声も聞こえてくる、明るい印象の森だった。

空気が清々しく、とても気持ちいい。

神聖な場所って肌に感じた。


私たちはゆっくり馬を歩かせながら、森の中の小道を進んでいく。

時々、レイは降りて木の幹に手を当てたり、周りに集まってきた妖精たちと話をしたりして、森の声に耳を傾けているようだった。


私も妖精が見えたりはするけど、彼ほど自由に会話したりできない。やっぱり彼って、すごい能力を持ってるんだなぁって感じる。

ランドルフ家の当主で、近衛騎士団長で、きっと強い能力も持っていて、先日みたいに急に魔獣を退治に行ったりしなきゃならないし、毎日がほんと忙しそうだ。

子供の頃、海の向こうの国へ行ってみたいって言ってた彼は、今の自分をどう思うのだろう……


森の中をずいぶん進んで、私たちは開けた明るい場所に出た。

目の前に青く澄んだ泉が広がる。

「うわぁ~、綺麗」

思わず感嘆の声をあげる。


「ここで昼にしよう」

そう言ってレイは馬から降りると、近くの木に結ぶ。彼の愛馬は白馬だ。

銀髪で紺青色の瞳の彼にはよく似合っていて、これまでの道中、かっこよすぎて、もう眩しさが倍増だった。


私が降りようとすると、馬の背ってずいぶんと高い。

馬を結び終えたレイが私のところへ来て「ほら」って腕を広げて差し出す。

これは、やっぱり、また「おいで」っていうやつ、だよね?

「う、うん」

私は思い切って手を伸ばし、彼の腕の中に飛び込むように、首に腕を回して抱きとめて貰った。

柔らかな草の上に足先がつく。

彼の首に腕を回したまま顔を上げると、すぐ傍に彼の綺麗な紺青色の瞳があって、私と彼の身体がぴったりと密着していることに気がつく。


「あ、ありがとう」

頬に熱が集まるのを感じて、顔を伏せ気味になるべく意識してないフリしながら、離れる。

「あ、うん」

いい加減、馴れなきゃ、ここの世界じゃこれくらい普通、普通。

貴族なんだから、なおさら。普通、普通。

ふと顔をあげると、後ろを向いたレイの耳もほんのり赤く見える。


ええ~、ちょっとぉ。余計恥ずかしくなるから!

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