第29話 絶体絶命っ!?

私はアレクシス様とドラゴンに気を取られている間に、すぐそばにミレイユが来ていたことに気づくのが遅れた。


あっ、と思った時には、私はミレイユに片手で首を正面から捕まれていた。

「 ぐっ……」

思わず声が漏れる。 完全に油断していた。


ミレイユの細くて冷たい指が、じわじわともてあそぶように私の首を締め付けてくる。

首を強く掴まれて、息が苦しい。カァーッと顔に血が集まるような感覚に苦しくて、顔が歪む。

彼女の薄紫の瞳が、歓喜のような光を帯びている。

楽しんでいるんだ。

彼女の細い手首を両手で掴むけど、びくともしない。

「ミツキ!!」

アレクシス様が叫ぶ声が聞こえたけれど、彼はドラゴンから離れることが出来ない。彼ばかり頼れない。自分でなんとかしなくちゃ……


ふとミレイユの薄紫の瞳が、氷のように冷たく光る。

「今回、アンジェリカは使い物にならなかったけど、思わぬ収穫があった」

ふっと唇の片端かたはをあげて、低い声で言う。

「お前のようなものが、アレクシスの傍にいたとはね。イヴェール様への土産話とするわ」


……ど、どういうこと!?

私はただの人間で、数日後には元の世界へ帰るんですけど!?

私、聖女様じゃないですよ!

なんのメリットも得もないですよ!!


違うって否定したいけど、苦しくてミレイユの細い手首を掴むだけしか出来ない。細いのに凄い力だ。

涙が滲んでくる。

「あら、何か言いたそうね」

少しだけ、指が緩んだ。

「わた、し…聖女、さ、ま、じゃ…」

「ないことくらいわかってるわよ。どうみたって、モブだし」

地味に傷つく……

「白銀の姫。それ以上に価値がある」


「でも、そうね。とは言え、あんたのような女は、ここで芽をほうがいいのかもしれないわね」


どういう意味……!?

摘むって……

まさか、ですよねっ!?

モブなんだから、放っておいてくださいよぉ


ミレイユは、私からドラゴンのほうへと視線を向けた。

「そろそろ遊びの時間は終わりよ。お前っ、おいでっ!」

ドラゴンが返事をするように咆哮する。

「さあ、アレクシス!お前が白馬の王子様かどうか、運試しをしようじゃないの」

「なに!?」

「この女を殺すか生かすかは、お前しだい」

面白そうに言ったミレイユは、私を掴む腕をぶんっと振ると、私の身体を空中へ放り投げた。


嘘でしょぉ!?

情けないことに、私の身体は無抵抗のまま空中くうを飛んだ。

そのまま建物の端まで飛んでゆき、身体のはるか下のほうに緑と土の地面が見えた。

そのまま、スローモーションのように、落ちる。


必死に伸ばした片手が、建物の端を掴んだ。

ずんっと重みがかかって、指が耐えきれず、滑った。


もうダメっっ!!


落ちるーーーっ!! !


おもわず目をきつくつむった。


諦めかけた時、ガシッと力強く、右腕を掴まれた。

え!?と思って、恐る恐る目を開けてみる。


すると、掴まれた腕の先に、アレクシス様の力強い空色の瞳があった。

「くっ……」

私のつま先が空中くうを泳ぐ。

アレクシス様が城壁から身を乗り出し、落下寸前の私を掴まえてくれたのだ。彼のお陰で、落下は免れた。


「アレク、シス様……」

私が滑り落ちないように、彼が両手で私の右腕を掴み直す。

「っ……」

アレクシス様の表情かおが歪む。

私を掴む左腕から彼の血が流れて、私の掴まれた右手を濡らした。

さっきの怪我、やっぱり出血がひどいんだ。

アレクシス様の形よい額に汗が滲んでいて、苦痛の表情だ。 アレクシス様は滑りそうになる私の手を、掴まれたところが痛いほど、必死で掴んでいてくれた。


ミレイユの笑い声が響く。ドラゴンの背中に跨がり、空を背に旋回する。

「さあ、王子様、もうすぐ夜が明けちゃうけど、どうする?王子様と小娘一人の命じゃ、比べる必要もないかしら。あんたなら、その手、離しちゃうかもね~」

アハハハ……と笑い声を残し、彼女はドラゴンとともに飛び去っていった。


「アレクシス様!手を離してください!」

私は無意識に叫んでいた。

彼がいま、いなくなったら、この国は、この世界は、 崩壊してしまう。失ってしまうかもしれない。

私には、そう思えた。

光属性の力を強く持ち、なんだかんだ言っても、やっぱり彼は王様になるべき人なんだ。少なくとも、ミレイユのいうイヴェールとかいう魔法使いではない。

ランドルフ家の人々の顔が浮かぶ。優しくて可愛いエリザ、タリアンさん、ルーセル、それに優しくしてくれたレイ……

ほんの数日だったけど、私はたくさんの優しさに触れて、いつのまにか、みんなのことが好きになっていた。


「アレクシス様には、王様になって頂かないといけないんです。みんな、あなたがいないと困るんです。私なんかより、大切な命……」

「ふざけるなっ!!」

私の言葉を遮って、アレクシス様が声をあげた。

「俺は言われなくとも王になる!だがな、お前もこの国にいる今は、俺の大切な民の一人だ。民の一人を守れなくして、何が王だ!命に違いはない!いいかっ、わかったら、つまらんこと言ってないで、さっさと腕掴んで、よじ登ってこい!」

「アレク、シス様……」

「重いんだよ!わかったら早くしろ!」

「はいっ!!」


私はアレクシス様の手を掴み直し、空中で泳いでた足から、滑りやすい靴を脱ぎ捨て、裸足で城の壁につま先を引っ掻けるように登った。

やがて、離れていた片方の手もアレクシス様に届く。なんとか私は上へ戻ることができ、その場に倒れこんだ。

アレクシス様も疲れたのか、肩で息をしながら、血に染まった腕を押さえて座り込んでいる。

辺りがすっかり薄明かるくなってきていた。

慌てて東の空を見ると、陽が今にも昇ろうとしている。

「アレクシス様!!朝日が…っ」

私は地面にいつくばったまま、アレクシス様を見ると、彼もまた東の空をにらんで、顔をしかめていた。

その表情かおは蒼白で、疲労困憊ひろうこんぱいなのがわかる。


彼を陽の光から、隠さなければ。 何か方法はないのだろうか。

そう思って辺りを見回したとき、ふと自分の羽織りの長い裾が目に入った。

私は急いで上着を脱ぐと、彼の全身を隠すように頭からすっぽりおおかぶせた。

さらに陽が当たらないように、その上から私自身で、覆い被るようにして、彼をぎゅうっと抱き締める。

「アレクシス様!大丈夫です!絶対ルーセルが来てくれます。もう少しの辛抱ですから!それまでは私が守ります、絶対にっ!!」


それからすぐに駆けつけてくれたルーセルによって、アレクシス様は助けられた。 気を失ったままのアンジェリカ姫をベッドに寝かし、アレクシス様の部屋へ行き、腕の傷も大丈夫だと聞くと、私は安心したのか急に全身の力が抜けて、気を失ってしまった。

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聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します! 夕浪 碧桜 @mozu4648

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