第27話 魔女と対峙だなんて無理でしょう!?

私は月夜に浮かび上がるように立つミレイユと、私達二人の間にアンジェリカ姫を挟んで、対峙していた。

ミレイユの隣にいるドラゴンが、ほんと怖い(泣)

動物園のゾウ以上に大きな生き物って見たことないし。

小さめの竜っぽいけど、それでもゾウの3倍、4倍はあると思う。ううん、それ以上?暗がりに踞うずくまってて全体の姿はよくわからないけど、絶対に大きい!

なんか目を合わせたら襲われそうな気がして、なるべくそっちを見ないようにしながら、ミレイユから目を離さないでいた。


「へえ~、あんたなんて、お呼びじゃないんだけど」

昼間心配して、庭へアンジェリカ姫を探してやって来た侍女ミレイユのものより、どこか若く高い声。けれど、冷たく尖っていて突き刺してくるみたい。同一人物のものとは思えない。

気持ちで負けてしまわないように、両足で踏ん張った。


は、早く誰か来てくれないかな!

「アンジェリカ姫をどうするんですか!?」

落ち着いた彼女とは反対に、私は声が上擦うわずってる。情けない……

「アンジェリカ?そんなのどうだっていいわ。アレクシスはどうしたの!?」

アレクシス様が狙いなの!?

「でも、あなたは姫の侍女でしょう?」

「ふん。誰もこんな子供に使われるなんて、ごめんだわ。アレクシスをおびき寄せるためじゃない」

「そんな……」

昼間のアンジェリカ姫の表情が過る。自分を探しに来たミレイユを見た瞬間、嬉しそうな安心したような幼い姫らしい顔を見せた。

アンジェリカ姫は今も操られてるような、虚ろな目をしていて、私達の会話は耳には入ってないようだ。

良かった……。

こんなの、彼女に聞かせたくない。

「王族の身内に近づけば、アレクシスと接触ができると思ったのに、この子ったら城でも厄介者なのよ。道理で潜り込み易いと思ったのよ。ほーんと、とんだ誤算だったわ」

ミレイユは腕を組んで、蔑むようにアンジェリカ姫を見下ろす。

「厄介者?」

私はアンジェリカ姫の存在は、今日の昼間初めて知ったから、王族の中で彼女がどんな立場なのか解らない。

「まあ新人には、分からないわね」

う……。確かに使用人としては、彼女の方が先輩だ。

「どんな立場なのですか?よろしければ教えてください、先輩」

「は?先輩?あんたバカなの?」


…………。


「まあ、いいわ。教えてあげる。この子はね、別に望まれて産まれたわけではないのよ」

「え?そうなんですか?」

「この子についたって、得することはないから、みんな付きたがらない」

「得?」

「王妃の子ではなく、お手付きの子だからよ。母親は何処かの田舎貴族の娘。年老いた王様の目に留まって、たまたま出来ちゃったわけ。母親は側室として城に連れてこられたけど、もともと好いた男が居たとかで、王様とは続くわけでもない。今は頭がおかしくなっちゃってるし、そんなところの姫に付いたところで、将来どこかの国へ一緒に飛ばされるか、別に付く者を探すか、まあ自分の将来は明るく無いわよね」

なるほど……。そんな事情があったんだ。

「解りやすい説明、ありがとうございます」

ミレイユは満足げに、ふんって鼻をならした。


確かに昼間、彼女はミレイユが来るまで一人だった。

それがこの幼い姫の事実なのだ。

ミレイユはさげすむような冷たい目で、アンジェリカ姫を見下ろす。

「ほんと、使えない子」

確かに我が儘っぽい子だったけど、そんな言い方、なんかアンジェリカ姫がかわいそうだ。

けれど、私には言い返す言葉もなくて、唇を僅かに噛んだだけだった。


「アレクシスはもっとクソだけどね」

ミレイユは大きな溜め息と一緒に、吐き出すように言った。


えっ!?クソ!?


私だけかと思ってたけど……。

ここにも印象悪い者がいた。

アレクシス様って……いろいろと、ほんと残念。


「私もそう思います」

「へえ~言うじゃない」

意外そうに言いながら、ミレイユがニヤリと笑った。

「性格は難ありですよ。顔は良いのに」

私はつい溜め息混じりに言う。


「は?」

ミレイユがポカンとした表情をした。

え?何?違うの?

「え?……顔は最高ですよ」

だって私の最推しである騎士様と瓜二つなんだから。顔は誰がなんと言おうと、絶対に美麗びれいだ。

「あんたの目、おかしいわよ」

ミレイユが眉間に皺を寄せて言った。でも私も最推しと同じ顔に、ここは譲れない。

「おかしくないですよ。顔は最高級です」

思わず握り拳で熱く言ってしまった。

「大したことないわよ」

「いいえ、大したことあります」

「あんた見る目ないの!?」

「あなたこそ」

「絶対にっ、顔はイヴェール様のほうが数倍上よっ」


そう強く言ったあと、ミレイユはしまった!って顔をした。余計なことを言ってしまったって様子だ。


「イヴェール、様?」

初めて聞く名前だ。誰?……って気になる。


……騎士さまより、数倍上って言う程の美しい顔だなんて。ちょっと見てみたい。


あ、いやいや!そうじゃなくって。

きっとアレクシス様に敵対する側の人物だもんね。それは、危険な存在かもしれないし、心配で気になる!


……と誰に言うわけでもないけど、心の中で訂正した。


「イヴェール様は偉大な魔法使いよ。この世界を素晴らしいものに変えてくださるのよ」

「偉大な魔法使い?この世界を変える?」

「この見せかけだけの作り物の世界なんて、反吐へどが出るわ」

ミレイユの顔に浮かんだ苛立ちが、いくつかのことを教えてくれた。

この国のこと、この世界のこと、まだ私は少ししか知らなくて、この綺麗な世界の一部分しか知らないのかも知れないけど、ミレイユが慕うイヴェールという魔法使いは、反対組織か何かで、この世界にとって危険な存在だってことはわかった。


「そろそろ無駄な話も終わりにしましょうか。白馬の王子様も来ないみたいだし」

不敵に笑ったミレイユが、スッと左手をあげる。すると、傍に控えるようにいたドラゴンがゆっくりと立ち上がる。


私はその瞬間、少しずつ近づいていたアンジェリカ姫の腕を引っ張り、すばやく抱きかかえた。

私の身体で幼い姫を覆い隠すように抱き締める。目だけは、ミレイユとドラゴンから逸らさない。


「そんな子、守ったってなんの得もないわよ」

侍女だったはずの彼女は、こちらを蔑むように見て言った。

「得とかそんなんじゃない。私は、アンンジェリカ姫が好きだから。産まれてきた意味がないなんて、そんなことないから!この姫にだって、幸せになる権利はあるし、幸せになって欲しいから」

叫ぶように私はそう言って、幼い体をぎゅうっと抱き締めた。


「あっそう」

ミレイユは興味なさそうに言った。

「どうしようかしら。あんたたちじゃ、イヴェール様の土産にもならないし、お前、お腹空いた?」

ドラゴンがグルルル…と喉の奥を低く鳴らしている。

「あまり美味しくなさそうだけど、別にいいわよ」

ミレイユが口元に笑みを浮かべながらそう言うと、ドラゴンの赤い舌が見える口から、よだれがぬたりと垂れ落ちてく。


どうしよう!誰も来てくれない。

考えなきゃ!

守れるのは、私しかいないっ!

諦めちゃダメだ!


そのとき、ふと自分の右手が視界に入った。

なんか手首あたりに熱を感じる。


白銀の姫……


ふと、その名前が脳裏を過った。数日前に夢かわからないけど、思念を使って私に会いに来て、私を守り力を貸す者って言ってくれた。


『困ったときは、私の名を呼んで。呼べないときは、念じて。そうすれば、あなたの宝石いしが力を貸すでしょう。力は弓に、守りは盾に。あなたならきっと使えるはずです』


夢だったとしても、中二病でもなんでもいい!

望まないより望んで、やらないよりやったほうがいい!少なくとも、今はっ!


お願い助けて!!白銀の姫っ!!!


ふいに右手がもっと熱く、いつの間にか金の鎖が強い光を放っていた。




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