第26話 闇の中の2つの影
ふと夜中に、パチリと目を覚ました私は、見慣れない薄暗い天井が目に入った。
そっか……。私、お城に泊まってたんだ。
ベッドの右側に顔を向けると、大きな窓の向こうに大きな明るい月が見える。
異世界の月。
自分たちの世界で見上げていた月よりも大きくて、さらに黄色く輝いているように見える。
レイ達は、無事に魔物を退治出来たかな……。
そんなことを考えながら、ぼんやりと大きな月を眺めていると、ある異変に気がついた。
なんか、部屋の外が騒がしい?
私はベッドを抜け出て、裸足のまま廊下のほうへ向かう。
少しドアを開けて隙間から覗いて、顔を出してみる。
キョロキョロと伺っていると、私の名を呼ぶ声がして、慌ててそちらの方を振り向いた。
「ルーセル!」
ルーセルが珍しく、駆け寄ってきた。
彼でも走ることあるんだ。
「どうしたの!?何かあったの!?」
「キミが無事で良かった。裏門で侵入した魔獣がいて、少し暴れているらしい。あいにくレイも今夜はいないから、俺がちょっと行ってくるよ」
「魔獣!?」
ルーセルは騎士ではないのに、大丈夫なのだろうか。
私の顔に心配だと出ていたのだろうか。
彼は私を安心させるように頭に大きな手をぽんと乗せて、微笑んで言った。
「大丈夫だよ。俺はこう見えて魔力は強いからね。キミは部屋から出ないように、ここで待っていて」
私はコクリと大きく頷くと、彼に部屋の中へと促されて戻った。
部屋の外の音は去っていき、あたりは再び静寂に包まれた。
耳をすますと、何やら獣の声のようなものと人々のざわめきが聞こえるのは、裏門だろうか。
私は目が冴えて、布団の中に戻る気にもなれず、大きな窓の傍に立った。
そこから何気なく、自分のいるところから続いている城の建物の上の方を見たとき、2つの人影が見えた。
見間違い?そう思って、目を凝らして見る。
城の屋上らしきところに、やはり誰か二人向き合って立っている。
こんな真夜中に、誰?どうして?
ここからじゃ遠すぎて、顔も姿もわからない。
私は、必死で目を凝らして、二人の姿を見る。
対峙しているように向き合っている。どちらもドレスのような長いものを着ていて、片方は子供なのか、小さい。
もう一人はシルエットからして、大人の女だ。
私の持つ少ない情報をかき集める。
確かあちらの棟には、王様の家族、つまり何人かいる夫人とその子供たちが住んでいたはず。アレクシス様は第一後継者で皇太子だから、執務を行う城の中心にあるこの建物で生活しているけど。
小さい人物は、姫なのだろうか。
ふと昼間、庭園で出会った幼ない姫の姿が過る。ええと、確かアンジェリカ姫っていったっけ!
そう思い当たると、もうそれは、あの幼ない姫に見えて仕方がない。
私、どうしたらいいのだろう……
ルーセルにこの部屋にいるように言われたし。
でも、もし……
これを放っておいて大変なことになったら……
私は腹を決めて、傍にかけてあった丈の長い羽織を薄いネグリジェの上に着ると、慌てて廊下に出て、影の見えていた建物の方へ走り出した。
ルーセルは裏門に出た魔獣のため、そちらへ今はいる。だから、一度アレクシス様に知らせようと向かったが、執務室にも私室にも彼は居なかった。
仕方がない、そこで時間を費やすわけにはいかない。
アレクシス様は諦めて、私は再び走り出した。すると、途中で顔見知りの使用人に出会った。ルーセルかアレクシス様に伝言を伝えて貰うよう頼む。彼は引き気味に「わわ、わかった」と了承してくれた。もしかして私の形相が必死すぎて、恐ろしくやばかったのかもしれない。
私は、もう一度「よろしくお願いします!」と勢いよく頭を下げると、慌てて駆け出した。
長い廊下を駆け抜けて、城の上部へと続く木の扉を開ける。
鍵は掛かっていなかった。冷えた石の階段が続く。窓は無いが、なぜか蝋燭に明かりが灯されていた。先程、屋上に見えた影が付けたのかも知れない。
普段、運動しない私は、いい加減息切れもして、心臓も煩いほどにバクバクしてたけれど、今、立ち止まるわけにはいかない!と自分に𠮟咤して、足を前に一生懸命出し続けた。
ああ、自分の太ももが重たい(泣)
もっと運動して鍛えておくとか、もう少し脚が細ければ良かった……
内心、泣き言を言いながら、なんとか階段の一番上までたどり着いた。
そして、息を整える間もなく、私は上に辿り着いた勢いで、重い木の扉を身体で押し開け放った。なぜ、なんの躊躇いもなく、私にそんな事が出来たのか、いつもならそんな勇気はないと思うのに不思議だった。
きっと異世界に来て、聖女や勇者のように私にも何かが出来る、そう思ったのかも知れない。
……としか思えない。厨二病だわ。
でも、眼の前の光景を見たとき、今すぐ扉の中へ回れ右をしたくなったのは言うまでもない。
月明かりに照らされた2つの影。1つは女の子。やはり昼間見たネグリジェ姿のままのアンジェリカ姫。対峙している女は、見覚えがある。今は長い髪を下ろし靡かせているけれど、昼間、姫を探して迎えに来た侍女だ。なんて名前だっけ。
……ええっと、そうだ。ミレイユとか言っていた。
そして、ミレイユの横に控えるように
ゆっくり開けた目だけで、こちらを見る。黒い塊の中に光る金色の目。
たぶん、ドラゴンってやつ!
嘘でしょ!?私なんかにどうにかできることじゃない!
ごめんなさい!って、扉の中に戻りたいところを叱咤して、なんとか踏みとどまる。
こ、ここは、大人として、アンジェリカ姫を助けなければっ。
「な、なにしているんですか!?」
甲高い声になってしまった。ダメだ、声ですでに負けてる。
ゆっくりと数歩近づくけれど、隣に控えてたドラゴンがのっそりと顔をあげたので、私はそこで足を止めた。
でも、二人の表情が見て取れるまでに近づいていた。
アンジェリカ姫は、ただぼんやりと前だけを見つめていて、目は虚ろだった。
おそらく操られているようだ。
ミレイユは白く長いドレス姿で、細い身体が月夜に浮かび上がり、冷たく光る薄い紫色の瞳が、いっそう神秘的に見せた。
少し落ち着いてきて考えられるようにもなった。大丈夫。伝言頼んだから、このことを知ったルーセルかアレクシス様がきっと来てくれる。それまでの時間稼ぎだ。なんとか足止めをして、そこまで耐えればいい。
それなら私にも出来るよ。ううん、やらなければ。今、幼ない姫を助けられるのは、私だけだから。
私は身体の横で握りしめた手に、グッと力を入れた。
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