第24話 イケメン庭師と小さなお姫さま

その日の午前中、私とエリザは図書室の掃除を終えて、次に庭にあるガゼボの掃除に向かった。ガゼボとは、東屋のことで、緑に良く映える白い建物で、ティータイムが楽しめるように白く丸いテーブルと椅子が置かれている。


このお城の庭は、ファンタジーな異世界らしく、いろんな花が咲き乱れていて、広くどこも美しかった。


歌うような小鳥の声を聴きながら、空気も美味しいし、色とりどりの花と緑に囲まれて、こんなに景色の綺麗な職場ならいいなぁ~、……なんて思ってしまう。

心身ともに癒されて、穏やかに仕事できそう。


ここへ来る前に契約終了になってしまった派遣の事務の仕事も、業務内容は嫌いではなかった。

毎朝、同じ時間に家を出て、同じ時刻の電車に乗って、夕方まで景色も代わり映えのしないビルの中で昨日と変わらない仕事をする。

毎日同じことの繰り返し。

たまに、いや、2日に1回くらい?出勤途中に「ああ、やだな……。私はこれでいいの?」て日々心の中では葛藤していた。


だからと言って、毎日の生活を変えてしまうような変化に、自ら飛び込む勇気もない。

夢中になって打ち込んだり、目指したいと思うものもない。

唯一好きなオタ活のため、お金は稼がないとだし、なんとなく仕事する。

そんな自分の中で、何かが足りない……て言ってるような気がする。

それは、いったい何なのだろう。

私は、何を求めているの?

自分の中に、ぽっかりと空洞があって、そこを埋めたいのに、何で埋めたいのか、埋める方法も見つからない。


綺麗な風景に思考が吸い込まれていく。


いけない。仕事中だった!


清々しい空気をいっぱいに吸い込む。

小鳥の声に耳を傾けると、エリザがアッと小さく声をあげて、テーブル拭く手を止めた。

彼女の視線を辿ると、庭師のおじいさんと、その後ろからスラッとした若い庭師のイケメンさんが歩いていくところだった。


日除けのための大きいつばのついた麦わら帽子に、きなりの長袖シャツの袖は捲って、首にはタオルという出で立ちだ。


帽子とタオルで顔はよく見えないけど、細面に高い鼻、庭師さんというよりはパッと見た印象は洗練された騎士……ふっとそんなことを感じた。


隣でエリザが完璧フリーズしてる。

「エリザ?」

二度呼んで、エリザがハッとする。

「あ、何?呼んだ?」

「うん。呼んだ……かっこいい人だね」

私がにっこり笑って付け加えると、エリザはあからさまに目を泳がせた。

「え、な、何がだろ?」

はは、わかりやすいよ……

「ん?あの若い庭師さん?」

私がそう訊くと、エリザが頬をピンクに染めて俯く。

「あ、う…うん。そ、そうだね」

「ふふふ……エリザ、好きなの?」

「す、好きとか、ま、まだ……でも、素敵だな……とは思うけど」

「うん」

そう言って、私たちの離れたところの目の前を、通りすぎて行こうとする若い庭師の彼に、もう一度目を向けた。

「だって、かっこよくて」

エリザが照れながら、嬉しそうに言った。

可愛い~

中学生か高校生のようだ。

あ、年齢的にエリザは高校生か。


通りすぎてく彼をなんとなく見ていると、彼がチラッとこちらに視線を向けた。

それに、私はひどく驚いた。

まるで射抜くような、恐ろしく冷たい視線。

私が、えっ!?って思った一瞬だった。

彼はスッと目を逸らし、何事もなかったように歩いていく。

おそらくエリザは恥ずかしがってちゃんと見ていなかったら、多分気づいていない。


そのとき、私たちの背後からよく通る甲高い女の子の声がした。

「おまえたち!」

驚いて振り向くと、そこにはいかにもお姫様という格好をした女の子が立っていた。

レースがふんだんに使われていて、リボンがところどころについた可愛いピンクの、ふんわりとしたドレス。

歳は、日本だと幼稚園の年長さんか小学1年生くらい?

茶色の髪はツインテールでドレスと同じピンクのリボンでくくられている。

長い睫毛で縁取られた大きな猫目型の瞳の色は、綺麗な空色。

色白で可愛くて、負けん気の強そうな顔は誰かに似ているような気もする。


隣でエリザが慌てて頭を下げるのを見て、私も急いで頭を下げた。

「もう、そうじはおわったの!?」

凛とした、幼い声。

それだけで、この女の子はお姫様として育てられてるんだってことがわかる。

「いえ、まだ少し……」

と、エリザが頭を下げたまま答えると、女の子はさらに不機嫌そうに

「はあ?なんでおわってないの!?あそんでるからでしょう!?」

「申し訳ございませんっ」

……うわあ、世の中のお母さんが言ってそう(笑)

この子も周りの大人たちに言われてるのかな。

と、エリザには申し訳ないけど、心の中でちょっと笑ってしまった。


「もういいわ。ここはあたしがつかうから、おまえたちはもう行って」

幼いお姫様は腕組みをして、偉そうに言った。

虚勢を張っている、そんなふうにも見えた。

「はい!」

エリザは答えると、私に目で「行こう」と言ってきた。

私は小さくうなづきながら、ふと思った。

「あの、お一人ですか?」

「はあ!?」

慌てたような、鋭い声が返ってきた。

『ミツキ?』

エリザも小声で私の名を呼ぶ。

身分の高い人にこんな事言うのは、口答えになるのかも知れない。でも、こんな小さな子供が、この広い庭の人目につかないこんな場所に、一人ぼっちでいて、それを置いていくなんて、大人として放っておいてよいのだろうか。

「お一人では、危ないかと思うのですが」


「おまえ、どこの者?」

小さなお姫様は腕を組み、仁王立ちでまっすぐに見上げてきた。

やっぱり小さいながらも、身分の高い者なんだと思う。

「も、申し訳ございません。こちらの者は名をミツキといいます。レイファス・アエラス・ランドルフ様のお客様なのですが、勉強のため、城で使用人見習いをしているのです」

「レイファスの?」

お姫様の目が、訝しげにこちらを見る。

なぜ!?と、とても問いたげだ。

怒りも感じる(汗)

うん、わかるよ。こんな地味な私と、あんなハイスペックなイケメン騎士団長さまが、何をどうやったら、彼のお客様になるのか、不思議ですよね。

わかります!私もそう思います。


一応、私は城の客人となっているけれど、メイドとして仕事をさせてもらうのに、ランドルフ家の遠い親戚で、見聞を広げるため遠い国から勉強に来ているということにしてもらっている。


「おまえ、よく見たら、けさもレイファスといっしょに来てたわね」

お姫様が一層、不愉快そうな表情かおになる。

見られてたことに驚いたけど、今朝もということは、見られたのは一度じゃないってこと?

「っ、……ええと、はい。ランドルフ家にお世話になっておりますので」

すると、ムスッと聞いていたお姫様が、ニヤリと口角をあげると、腕を組みフンと鼻を鳴らして言った。

「ばしゃからおりるとき、エスコートしてもらえてなかったわね」


うわっ!そこまで見てたんだ!……ていうか、地味に傷つくから、言わないで。

何も答えられない私を、嬉しそうに見ているお姫様は、きっとレイのことが、たぶん好きなんだ。

幼いけれど、こういうところ、しっかりと女だよね。


私の負けが決まったところで、幼い姫を呼ぶ声がした。

「アンジェリカさまっ!こんな所にいらしたんですかっ!?」

アンジェリカ姫っていうのか……

「ミレイユはどこにいても、あたしを見つけるのね」

姫様はしかめっ面をしながら、でも少しだけ嬉しそうにミレイユと呼ばれた女性に言った。

ミレイユは色が白くほっそりとしていて、肩より上で切り揃えられたサラサラの黒髪が印象的の若い女性だ。

「はい。姫様がどこにいても、わたくしは見つけられますよ」

ミレイユは、優しく答えた。

なんだ。ちゃんとお付きの者がいたんだ。

「さあ、アンジェリカさま、昼食の前に歴史の先生がお待ちですよ」

「ええー。やだあ。ミレイユ、おねがい!きょうは、そんな気分じゃないの」

「やだぁと言われましても……」

「おねがい!」

アンジェリカが一生懸命手を合わせてお願いをするのを困ったように見ていたけれど、やがてミレイユは観念したというように、息を吐いた。

「仕方ないですね。少しお庭をお散歩して、戻りましょうか。ちょうどご昼食の頃に」

そう言って、にっこりと笑う。

「わあい!ありがとう、ミレイユ!」

幼い姫は無邪気に喜ぶと、ミレイユと仲良さそうに何やらお喋りをしながら去っていった。

そんな二人の微笑ましい後ろ姿を、しばらく見送っていたけれど、

「私たちもお昼までに、ここの掃除終わらせちゃおっか」

とエリザがそう言ったので、私たちも掃除を再開した。

「そうだね。お腹空いちゃった」

「ほんと。早く済ませちゃお!今日のお昼は何のスープかなあ」

私たちはそんな他愛ないお喋りをしながら、お昼ご飯を楽しみに、せっせと掃除をした。


このときの私は長閑な庭の中で、その日の夜、まさかあんな恐ろしいことが起こるなど、思いもしなかった。

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