第23話 ふたりに恋は難しい、かもしれない

昨晩はモヤモヤして、ほぼ、ふて寝状態でベッドに飛び込んだけれど、なかなか寝付けなくて、結局寝不足の朝を迎えた。

眠たい……

わが家なら、栄養ドリンク飲んで、シャキッとさせたいところだけど、あいにく無いので、ドリンクパワーは諦めて、ぼんやりしたままでいた。


そして、今は私とレイの二人が向かい合って、通勤電車ならぬ通勤馬車に揺られている。

彼はいつも、朝に馬車で一緒になると、寝ていることが多い。私達の世界でも、通勤電車の風景って、スマホを見てるか、寝てる人が多いし、そういうところは私達の通勤風景とあまり変わらないのかも知れない。


レイはよっぽど朝が苦手なのか、今朝も食堂には姿を見せなかった。

マリアンヌも早起きをして、私と一緒に朝食を取ってくれたのだけど、今朝も現れないレイの体調を心配していた。

でも、彼は見る限りでは、体調が悪いというよりは、単に朝が弱いだけに見える。


先日、朝食に現れなかったときにレイに聞いたら、起きてから部屋で紅茶を飲んで、城に行ってから簡単なパンを食べているって言っていた。


騎士っていうと身体が資本って感じなのに、朝食食べないで肝心なときに力が出るのだろうか。

それに早朝の鍛錬などもありそうだけど。

騎士なのに朝が弱いって……

ちょっと意外で、可愛いって思ってしまう。


斜め向かいに座るレイは、長い脚を組んで、今朝も壁にもたれて腕を組み、目を閉じている。

ほんと、カッコイイ……この狭い同じ空間に存在しているということが信じられない。

朝日を受ける横顔に、つい見とれてしまう。

滑らかなライン、滑らかな肌……

銀の髪がキラキラしてて。

わぁ、睫毛、長いんだ


ほんとに綺麗だなぁ~

……眼福です。


このまま寝ている彼をずっと見ていたいけど、ちょっと悪いことしているみたいで、なんとなくいけない気がしてきたので、馬車の外へと視線を反らした。


朝早い街並みは、まだ行き交う人の姿は少なかった。

昨夜、降った雨で濡れた石畳みや家の屋根や窓が、朝日を受けてキラキラしている。


こんなにカッコイイ人が、今、私と一緒にいるなんて夢みたい。

同じ家にいて、一緒に通勤して、同じ職場で。

もしかして、寝食ともにしてる?私たち……


あっ、でも、これって夢みたいなもの、だね……

この世界は、もともと私たちの世界の人間が、想像した物語から生まれて出来た世界で、そこに間違いで、私が偶然来てしまったのだから。

私は2週間ほどで元の世界へ帰るのだし、いつか覚めてしまう夢と同じ。

2週間っていう、期間限定の夢……。

夢から覚めたら、彼とはもう二度と会えなくなる。


あれ?なんでだろう。いま、少し寂しく思った?

私は、ちょっと自分に動揺して、馬車の窓の縁に頬杖をつく。


いやいや、そんなことは、ナイナイ。

きっと海外旅行みたいなものよね。

旅先で、二度と来れないかも?て思うから、期間限定なところあって、旅してる間はめいっぱい楽しみたいし、味わいたいって思う。

旅の終わりが近づくと、なんとなく寂しく思っちゃうアレと、感じ似てる、よね?たぶん。

それに、もとの世界に帰ったって、無職っていう現実も待ってるし。

待ってくれてる家族もいない。

きっと心のどこかで、帰ってもなぁ……ていう気持ちがあるのかも。

正直、帰れなくてもいいって、思ってるのかな、私。


……でも、私はここに居ても居場所はない。

大好きなスマホゲームも推しもいない。

あ、推しに顔だけそっくりで、性格は騎士様と似ても似つかない、王子様がいるけど……

アレクシス様と仲良くなるのは、ハードル高そう。

それなら、まだレイとのほうが、少しは仲良くなれたかな。

一日、街へデートらしきお出掛けもできたし。

でも、縮んだと思った距離も、昨日の帰りの馬車で、また微妙になっちゃった。

へこんじゃうなぁ~ 


けど、凹んだところで、そもそも彼のようなイケメンな騎士様と、地味な私とでは釣り合わない。

もっと綺麗で可愛いお姫様とか、そう、マリアンヌのような……


ふと彼女の姿が自然と脳裏に浮かぶ。

マリアンヌ……かぁ~

大人の女性らしく落ち着いていて、所作も優雅で、綺麗なのに可愛くて。

性格も明るくて、優しいし、笑顔が素敵だ。

得意とする能力魔法も、花が舞ったり踊ったりさせることっていうのも、堪らなく可愛い。

きっと、守ってあげたくなるような存在って、ああいう女性のことなんだろうな。

思わず、溜息が零れる。


マリィて、昨夜親しげに呼んでいた。

私の入れない、二人だけの雰囲気がそこにはあって。

マリアンヌはレイのこと、大切な弟、って言ってたけど。

出会った頃は9歳だったレイも、今は大人の男だ。

マリアンヌのような女性とずっと一緒にいたら、好きにならない理由りゆうがない。


血の繋がっていない男の子が引き取られていった先で、面倒を見てくれたお姉さんに初恋をして、イケメンに成長して溺愛するって、よくあるパターンよね。

私もそんなシチュエーション、好んで読んでた。


異世界に来て、イケメン4人と出会って、私が体験しているシチュエーションもまるでゲームかネット小説のようだけど、現実はそううまくはいかない。


あ、私……

またレイとマリアンヌのこと、考えてる。

イケナイ、イケナイ。

私、レイのこと、好きになったりなんかしてないよね。

好きになっちゃったりしたら、すごい辛いだけだもん。

だって、私たちは結ばれることが無いから。


私は思考を押し出すように、大きく息を吐き出した。

考えるのはよそう。

吹っ切るように、私は馬車の中に視線を戻した。


何気に見たレイと、バッチリ目が合った。


えっ……


きっと、いま私は、口を開けたまま、間抜けな顔をしてると思う。


「え…ええっと、起きてたんだ?」

「ため息ついてた……」

彼はいつにも増して無表情で、気だるげに私を見ていた。

「悩み事?」

ハイ、あなたの事です。

「よかったら訊くけど?」

では……、なんて言えるわけないじゃん。


「あ、ダイジョウブ、ハハ…ハハハ」

すごい不自然だったかも。

「……そうか」

彼は納得したのか、やっぱりその表情かおからは何もわからなかったけど、短くそう答えた。


そのあと、気まずい雰囲気と思っていたのは、私だけかもしれないけど、会話もないまま馬車は城に着いた。


馬車から降りるとき、扉の横に立ったレイは手を差し出してくれることはなく、少し寂しさを感じながら、私は地面に降りた。


そこへ偶然ルーセルが通りかかった。

「おはよう、二人とも」

彼は朝も変わらず元気で、笑顔が美しい。

ルーセルは私たちの傍にやって来て、私の隣りを歩き、レイが私たちの半歩あとに続いて、玄関へ3人で向かった。


「おや?レイがぼんやりなのはいつもの事だけど、ミツキも寝不足なのかな?」

鋭い

「うん…あまり眠れなくて」

「それは良くないね。寝不足はお肌の敵だよ~」

「…ですね」

彼、フフ…なんて笑ってる。

昨日、闇の精霊とかって黒豹をけしかけた人と同じ人とは思えないなぁ……


玄関ポーチの階段を上ろうとしたとき、スッとルーセルが手を差し出してくれた。

「足元、雨で濡れてるから気をつけて」

「あ、…ありがとう」

私は彼の気遣いが嬉しくて、自然と微笑んでいた。

彼の差し出した綺麗な手に、自分の手を重ねる。

美人で宰相だから、勝手に女性のような細い手のイメージだったけど、その手は大きくて男の人の手だった。

確かに背も高いし、肩幅も広いもんね。

そう言えば、私、この人の胸で大泣きしたんだっけ。

庭で大泣きした夜のことを思い出して、ちょっと恥ずかしくなってしまった。


そんな二人のすぐ後ろで、レイが複雑な顔をしていた。

彼女が初めて自分の屋敷へ来た夜、馬車から降りる彼女に手を差しのべた時の事を思い出していた。

自分が差し出した手を取ってくれなかったのは、他人ひとに触られるのが嫌なのか、それとも自分の事が嫌なのかと思っていた。

でも、彼女はルーセルの手は躊躇うことなく取った。あの夜も、彼女はルーセルの腕の中で泣いていた。

別に、他人ひとに触られるのが嫌なわけではないんだ。

……そういうことか。

自分に問題があるのかという答えになった。


この日の近衛騎士団の訓練が、団長の機嫌がすこぶる悪く、いつにもまして厳しかったという話だ。

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