第22話 なぜだかモヤモヤします……

アレクシス様の秘密を知り、私たちは夜遅くランドルフの屋敷に帰宅した。


帰りの馬車の中で、レイは窓の外にしとしと降る雨を見ながら、ごめんな、とポツリと言った。

何のことかと、首をかしげる。


「俺たちの問題にあんたを巻き込んで」

「あ……」

アレクシス様の秘密の話?


「大丈夫!むしろ言ってもらえてよかった。私、聖女様かもしれない女子高生が召喚されるとこ、邪魔しちゃって、私なんかが来てしまったから、本当に申し訳ないって思ってたの。だから、少しでもお手伝いさせてもらえたら、嬉しい」

少し前のめり気味に私が言うと、彼は何も言わず少し私の顔を見ていた。

「?」


フイッと顔を背けて、再び、雨の降る外へ目を向けた。

「でも、危険かも知れない。あんたを入れるかは迷ったんだ。けど、俺たちの目が届くところにいた方が、安全かも知れないとも考えたんだ」


どういうこと?


「妖精はいいヤツばかりじゃない。中にはズル賢いのもいる。それに……」

レイは少し言葉を切って、私を見る。

「あんたは本が白く見えたと言った。妖精も見える、そんなあんたが何者かもしれないし、偶然かも知れない。だから傍にいた方がいいと思ったんだ」


「それは、私が敵かもしれない…てこと……」

目を合わすことが出来ず、俯いてしまった。

「あんたを怖がらせるかもしれないし、言いたくなかったんだけど、場合によっては、あんたが狙われるかも知れないから」

レイはそう言ったけど、敵かも知れないことについても、否定はしなかった。

私が、狙われるなんてことは、ないよ。

だって、全然普通のパッとしない女子だよ?

それは、無いって……


そのあと口数が少ないまま、私たちを乗せた馬車は、ランドルフ家に着いた。


その頃には先程までの雨も小雨になった。

私の前に彼が降りて、いつものように馬車のドアの横に立つ。

私が降りて、雨に濡れた地面に片足が着いたとき、つるっと滑った。

きゃ、と小さく叫ぶと同時に、レイも、あっ!と手で支えようとしてくれた。

でも、なんとか転ばず、自力で体制を立て直すことが出来た私は、彼の手に掴むことも支えられることもなく、彼はそのままスッと手を引っ込めて、「滑りやすいから」と言って背中を向けてしまった。


ここへ来た初日の夜、あれ以来、馬車から降りるとき、手を出してエスコートしてくれない。

あの時、彼の手を掴むことが出来なかった私には、必要ないと思われてるのかも知れないな。

まあ、お姫様じゃないから、いいのだけど……

なんか、ちょっと寂しく感じてしまう。

私、我が儘だな……


夜遅かったので、屋敷は静まり返っている。

子供たちはもう寝てしまっていたので、老執事とマリアンヌの二人が出迎えてくれた。


レイとマリアンヌが軽くハグをして、彼女は心配そうにレイの顔を見上げて言う。


「レイ、大丈夫?最近、帰りが遅いし、帰ってからも仕事してるようだけど、頑張りすぎてない?」

「大丈夫だよ」

「ほんとに?」

「明日の夜もちょっと帰れないかも知れないから、今夜は早めに寝るよ」

「え?ちょ…」

マリアンヌが何か言おうとしているところを、レイは遮るように彼女の頬にキスをする。

「おやすみ、マリィ」

そして、私の方へ振り替えると、「おやすみ、また明日」と言って、さっさと自室のある方へ続く階段を、上って行ってしまった。


い、今のは、おやすみのキス、だよね?

それにしては、親密にも見えたけど。

日本人の私には、見慣れない抱擁とキスで、刺激的で、まるで恋人同士にも見えてしまう。

忘れかけてたけど、初めてこの屋敷に来たときにも見た、親しげな二人の姿を思い出した。


レイとマリアンヌは、家族だけれど、血の繋がりはない。年も8歳程しか違わないし、マリアンヌには二人の子供がいるけれど、どちらかと言えば可愛い系の美人さんで、まだ27歳だし、全然OK!

レイにとって、そういう対象でも全然おかしくない。


あれ、なんか、ちょっと、いま……


……ずきってした?


ホールに残されたマリアンヌと私は、レイの姿を見送る形になった。

彼の姿が見えなくなってから、振り返ったマリアンヌと目が合う。

「あ……えっと」

思わず小さく口ごもる。先程の親しげな二人の姿がなんだか刺激的?いや、衝撃的で、なんか心臓がドキドキしてる。

いや、このドキドキは違う意味で、なのかな。


一人、そんなことを自問自答してる。

元の世界へすぐに帰ってしまう私には関係ないのに、バカだな。

そもそも私なんか、恋愛対象外だから。

彼氏いない歴、二十年。告白されたことも、ない。

したことも、ない。

恋愛の要素なさすぎて、すっかりひねくれてるようだけど、仕方がない。

イケメン貴族にこんなに綺麗なお姫様達が溢れてる世界だもん。私なんて厚かましすぎるでしょ。


うん!

心の中で吹っ切るかのように、ふんっと鼻息荒く、ドキドキを無かったことにする。


マリアンヌが困ったように、首をかしげてくすっと笑った。

「誤魔化されちゃったわ」

私は、ハハ……と乾いたような中途半端な愛想笑いしか出来ず、私もおやすみなさい、と告げて、足早にその場を離れてしまった。


部屋に戻った私は、なんだかモヤモヤしていた。

馬車の中での会話といい、さっきのようにエスコートしてくれない彼と私との間にまだ壁があるのかな、そう考えると悲しいような切ない気持ちになった。

恋愛にたいして、自分に自信がないから、すっかり後ろ向きになってる自分にも苛立つような、モヤモヤしてる。

そして、レイとマリアンヌの関係にも。二人の間に恋愛感情はあるのかな……

ふと、そう考えるとなおさらモヤモヤしてきた。


ああ、もう。きっと疲れてるんだ!

こういうときは、とりあえず寝よう!私は、そそくさとベッドに潜り込むと、ばふっと勢いよく布団を頭から被った。

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